第12章 神なき世界の使徒

第106話 神なき世界

▽第百五話 神なき世界

「神様がいない……」


 爽やかな早朝の日を浴びながら、ボクは絶望とともに呟いた。

 神様は数日おきに、一日くらい姿を隠す時がある。神様はお忙しい。それでも依り代を残してくれるので、ボクはいつでも神様の加護を得られる。


 ボクのような小さな女でも、神様の力があれば強くあれるのだ。


 神様が居ない日。

 ボクは決まって訓練を行っていた。しかし、最近の行動には変化が生まれている。ただ一人で訓練するよりも実戦を積む。


 クエストを受けるのだ。


 神様は【錬金術】が使える。人の文明を変化させてしまわないように、神様は人の規格に合わせた術をお使いになる。本来、神様くらいの力があれば、ゼロから何でも生み出すことが可能だろう。

 でも、神様はボクたち人類種のために力を抑えているのだ。

 つまり、神様が【錬金術】を使うためには素材が必要。その素材を集めてくることこそが、神様がいない時のボクの使命だと言える。


「シヲ」

『またでございますか、主さま。おそらく旦那さまは特に何も考えてございません。主さまが寝て過ごそうとも、訓練して過ごそうとも、素材を集めてこようとも気になさらないのでは? ならば、頑張るだけ損というものでございましょう。私も馬となり野を駆けるのは面倒にございます。それでしたらば、木工、芸術活動に勤しまさせていただければと存じます』

「うるさい。いく」

『はああ、我が主の報われぬ献身に献身することくらいに無為なことはございませんね』

「だまれ」


 シヲはエルフの肉体で肩を竦めてから、ようやく馬の姿に変化した。ボクはこいつが嫌いだ。怖い。あと神様と仲が良いような雰囲気を出すのが上手い。

 ボクのほうが神様とは仲良しなのに。

 でも、神様が言うようにシヲは使える。便利だ。


 きっと神様は優しいから、便利なだけのシヲが嫌な気分にならないように、優しくしてあげているのだ。だって、神様から嫌われて生きていける生物は存在しないから。

 ボクはさいきん思う。

 ボクの家族や村の人たちはかわいそうだった、と。


 彼らは神様に仕える喜びを知らなかった。全能の存在の手足となり働く。自身が尋常ではない存在の欠片となれる高揚感。この至上の悦びを知れないのだ。このような幸せも知らないからこそ、彼らはつまらないことに時間を使っていたのだろう。

 だとすれば、彼らはとても憐れだ。

 ボクはそう思う。


       ▽

 シヲに乗って駆け出す。

 馬状態のシヲの速度は目を見張る。戦闘の速さではなく、移動の速さに於いてならばボクは負けてしまうだろう。


 ボクはジャックジャック先生から走り方を教わった。


 だからこそ理解できる。

 この神様が考案した走ることに特化した肉体は、とことんまで走ることに最適化されている。さすがは神様だと思う。神様はお馬もお作りになられたのですか?


 そうして到着したのは、ギリギリ半日で戻れるような距離にある都市だった。


 この第三フィールドは特性として、すべての街や村が壁に囲われている。そうしなければドラゴンが襲ってくるらしい。

 ボクは神様にドラゴンを捧げたい。のでドラゴンが来ないのは残念だ。

 神様神様かみさま神様かみさまかみさまかみさま。


 ボクは神様の依り代に触れ、神様に声を届ける。


 神様。

 かみさま……

 神様がいない状況に、おそらく、ボク以外の人間は一秒も耐えられないだろう。ボクは神様に選ばれた強靱な魂の持ち主だから、この苦しみになんとか耐えることができるのだ。


 神様が無闇に他者に話し掛けないのは、ボク以外の人類種なら発狂してしまうからだろう。ボクはそう確信している。ボクは神様のことならば大抵のことは理解できるのだ……

 ボクが門前で待っていれば、やつれた様子の門番が話し掛けてくる。


「……身分証、ならびにステータスの開示をお願いします」

「ボクはアトリ。Aランク冒険者」


 冒険者カードを差し出す。

 Aランク冒険者の権威は強力だ。大抵のことは許される。

 かつて神様が言った。


『冒険者とはならず者候補者です。放置すれば世界の敵。ですが、優遇と立場を与えてあげるだけで、あっという間に人類の戦力になるわけですね。ですから、Aランクともなれば圧倒的に慎重に優遇されるわけです』


 そう。

 Aランク冒険者ともなれば、ボクのような子どもの女でも丁重に扱われる。扱うしかなくなる。

 けれど、門番の表情には一気に緊張が走っていた。


「……きゅ、吸血鬼かどうかを改めさせていただいても?」

「解った」


 今、この世界の脅威には吸血鬼が存在している。

 一匹でも都市に侵入させてしまえば、あっという間に住民を食い荒らされてしまう。しかも住民の大半が吸血鬼になってしまうようだ。


 ボクはよく解らない魔道具を使われる。

 この門番が信用できるかは解らない。ゆえに、ボクはなるべく状態異常対策、精神攻撃、精神支配対策を使わせてもらった。


 結果。


「……そう」


 門番は敵だったらしい。

 鮮血が舞った。いつもなら神様がガードしてくれる。でも、今の神様は現し身の状態だ。だから、ボクは真っ向から血飛沫を浴びる。


 神様は血汚れを気にするけど、ボクはまったく気にならない。


       ▽

 ボクは都市へ入ることにした。

 慌てたように衛兵たちがボクを囲むけど、そんなことはどうでも良い。ボクは魔道具を拾っておく。


「【鑑定】」


 神様に現し身を預けられたボクは、神の力の一旦を自由に振るえる。その力で見極めたところ、この魔道具は「洗脳」効果を持っていたらしい。

 固有スキルでの攻撃ならばともかく、魔道具くらいならば対策はしてある。

 神様から与えられた【天使の因子】にもそういうアーツはあるのだ。


 神は言っていた。


『一撃必殺は対策せずに喰らうほうが悪いのですよ。さあ、私の【じわれ】連打を喰らいなさい! なにが害悪パですか。え、【みが――』


 魔物を育成して戦わせるゲーム? というのをやりながら神様はボクにだけ教えてくれたのだ。そうボクにだけ教えてくれたのだ。

 しかし、対策していようとも攻撃されたのは事実だ。


「ボクは攻撃された。お前たちも攻撃するなら敵」

「Aランク冒険者というのは詐称ではないようだな……」


 門番の中でも一番に強そうな人間が前に出てくる。

 屈強、と表しても良い肉体をしている。見上げるほどに大きいのは、小さなボクにとってはいつも通り。でも、いつもよりも首を上に向ける必要はある。


 やはり、大きい肉体は強そうだ。


 でも、ボクは今のままで良い。神様はボクをよく「かわいい」と言ってくれる。ゆえに、ボクは世界で一番かわいいのだと思う。

 神様が愛玩してくれるこの肉体は、気に入っている。

 ボクはその点に関しては両親や祖先たちに感謝しているのだ。


 リーダー格が言う。


「お帰りくだされ、Aランク冒険者。今、我々は貴女に構っている場合ではない」

「攻撃された」

「その点に関しては謝罪いたしましょう。ですのでお帰りください」

「どうでもいい」


 ボクは構わずに都市に入る。

 いきなりAランク冒険者を攻撃してくる門番。必死にボクを帰そうとしている。現在の第三フィールドの状況に鑑みれば、戦力を歓迎することはあっても叩き帰すことはしない。


 ボクが吸血鬼、だとは思っていないみたいだし。


 まあ、ボクが仮に吸血鬼だったとしたら、すでにこの都市の全滅は確定している。ただでさえ強いAランク冒険者が吸血鬼の力まで持っているのだ。

 諦めるだろう。

 つまり、敵はボクが人間側である前提で動くしかない。


「なのに何故?」

「……この非常時に冒険でもなかろう? 貴女は何を目的に来た。どちら側だ……?」

「? ボクは常に神様の側」

「神官だと?」

「違う。ボクは使徒」


 歩く。

 門番たちは何もできない。下手に攻撃しても全滅することを理解しているのだ。ある意味、優秀なのかもしれない。


 壁の内部は村のようだった。

 まったく栄えていない。どころか寂れた様子が伝わってくる。家などもボクが住んでいた村の家よりも質素だ。


 ロゥロではなく、シヲが殴っても壊れそうな家屋。


 藁の匂い。

 やせ細った牛が悲しそうに俯き、何も生えていない地面を見つめている。その隣では疲れ果てたように座り込む子どもがいた。


「ようこそ、Aランク冒険者のアトリ殿」


 背後でも疲れ果てたような男の声がする。先程のエリート門番だ。


「ここは【逢魔都市テーレ】……腐敗した土地さ」


 神様ならばこう言うだろう。


『イベントの香りがしますね』――と。

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