第105話 第七遊撃隊の休暇
▽第百五話 第七遊撃隊の休暇
大活躍です。
敵の主力に何の成果も挙げさせずに撃破しましたからね。軍部は大喜び。もはやアトリのことを戦姫として将軍に! みたいなオファーがたくさんです。
面倒ですよね。
私も現役時代はこういうオファーに辟易したものです。
……ま、まあ、私はそういうの全部を月宮に任せていましたけど。彼亡き今、誰が芸術家としての私のマネジメントをしてくださるのでしょう。
私の性格を熟知した月宮以外、私の気に入らないお仕事を持ってきそうです。芸術に関しての私は仕事をかなり選びますし、王族に脅されても首を縦には振りませんでしたから。
芸術以外は……忘れましょう。
ともかく、あらゆるオファーを蹴ってアトリは未だに最前線。
しかし、さすがに休暇はいただけるようでした。作戦の実行が数日後なので長いお休みは取れませんけれどもね。
ここはアトリを雇っている都市の一角です。先ほどまで領主と軍議という名の褒められ会に参加していました。
ちなみに、アトリに腕を切り落とされた彼は、まだ生存していたようでした。アトリと目を決して合わせようとしませんでした。しょうがないと思います。
第七遊撃隊のために用意された豪邸。
その庭先でアトリは絶えず大鎌を振り回しております。やはり、その動きは美しさの領域に踏み行っております。
ちょっと血が騒いでしまい、私も動きたくなってしまいますね。
「そろそろ休憩しましょう、アトリ。今日は何をしますか?」
「神様とずっと一緒……ですっ! 最高の日、ですっ!」
「毎日が最高の日ですねえ」
「です! ……です!」
いえ、私は睡眠や休憩でログアウトしているので、アトリ目線では一緒ではない日もあるのでしょう。
ハッキリ言って、アトリも私も病的ですよね。
私の時間、大半がアトリに注ぎ込まれております。廃人ですよ。
普通の人ならログアウトしているお休み期間、移動時間まで一緒です。べつにアトリのことが気に入っているので苦ではありませんけどね。
それにしても暇な時間です。
受けられる依頼もありませんし、レベル上げも今更な感があります。何よりもアトリの休日です。
アトリは無表情ながらも、ニコニコした雰囲気を発しております。
「とりあえず【理想のアトリエ】へ――」
「――アトリ隊長!」
土埃とともに駆け寄ってくるのは、隻眼の少年兵……ゼラクでした。彼がお姫様抱っこで連れてきているのは、四歳くらいの女の子でした。
ゼラクの速度に目を白黒させています。
アトリの手前で急ブレーキ。土をかけられそうになったので、寸前で【クリエイト・ダーク】で防御しておきました。
「なに」
私の手間を取らせた所為かもしれませんが、アトリが不機嫌に呟きます。まあ、アトリの不機嫌さはゼラク少年には伝わらなかったようですが。
興奮した様子で少年が主張します。顔が真っ赤です。
「隊長! こいつ、俺の妹です! っていっても本当の妹ってわけじゃなくて、妹分みたいな……うちのパーティの公認妹っていうか」
「なに」
「あ、えっと、その紹介したくて! こいつ、アトリ隊長の話を聞く度に目をキラキラさせて! こいつにとってアトリ隊長は英雄なんですっ! 俺にとってもですけど!!」
「そう」
アトリはまったく興味がなさそうでした。
アトリくらいの年齢なら、そのようなことを言われたらもっと調子に乗りそうなものですけどね。あらゆる意味で規格外です。
「ほら、アトリ隊長に挨拶しな?」
女の子が目を輝かせて、しかしながら、恥ずかしそうにしております。まだお姫様だっこをされたままなので、ゼラクの胸に顔を埋めております。
アトリは首を傾げてから、背を向けようとしました。
「あ、あとりたいちょー!」
背後での呼びかけに、アトリが振り向きました。
真白の髪がぶわりと揺れます。
そこにはお姫様だっこをされたまま、ほっぺたを朱色に染めた女の子が、必死に腕を伸ばして……アトリに花を向けておりました。
「お兄ちゃん、たすけてくれてありがと! これ、あげる!」
「……解った。もらう」
「かっこいい、あとりたいちょー」
「?」
アトリは不思議そうにしながらも、子どもからお花を受け取りました。しきりに首を傾げ、確かめるようにお花を見つめております。
黄色い、素朴な花弁。
微かな甘い香りは鼻腔に優しい。
「……」
アトリは難しそうな顔をして、渡された花に困惑しているようです。
私と同じタイプかもしれませんね。
好意で行動をされた時、どう返して良いのかが解らないのでしょう。彼女の人生のうち、他者から好意を受け取る、という経験は乏しいですからね。
窺うように、アトリが私を何度もチラ見します。
私も解りませんからね。
敵だったら強めに相対するだけで構いませんけれども……好意的に迫られては対応が解りかねます。
私はもう諦める、という結論を有しております。
されども、アトリの答えを知りたいところですね。今更、私は自分のスタンスを変えられませんけれども、自分が正しいだなんてこれっぽっちも思っていないわけで。
アトリにはアトリの最善があります。
「……ボクは訓練する、から」
「頑張ってね、あとりたいちょー!」
「さすがはアトリ隊長ですね! あんなに強えのにまだ努力するんですね」
「うん」
こくり、とアトリが頷きました。
なるほど。
どうやらアトリは対応を「後回しにする」という選択をしたようです。それもまた悪くないでしょう。
そうです、と私は【アイテムボックス】からアイテムを取り出していきます。これは【理想のアトリエ】で働いているゴーレムが準備し、私が作った試作品です。
アイテム名は【反応石】です。
その石は二つで一つのアイテムです。メインの石を持っているアトリに、サブの石の位置が伝達されるというアイテムです。
また、アトリが魔力を流せば、巨大な音が鳴り響きます。
位置特定アイテムですね。
軽くて小さいピンに石をはめ込んでおります。これがあれば危機的状況の時、アトリが駆けつけやすくなります。
「アトリ、これをゼラクに差し上げましょう」
「はい、神様……これ、神様から授けられた。大切にすると良い」
アトリが軽くアイテムについて説明しました。
その後、アトリは軽くゼラクに稽古をつけ(女の子は稽古の過激さを見せられないので、呼び出したシヲに相手をしてもらいました。シヲはどこかで仕入れてきた、謎のマジックを見せて女の子を湧かせておりました)ました。
その後、あらためて私たちは【理想のアトリエ】に入りました。
内部ではゴーレムがせわしなく走り回っています。最上級ゴーレムであるセックは、鍛冶工房に引きこもって鍛冶仕事中です。
今は大量のスコップやツルハシを生産してもらっています。
この【理想のアトリエ】内では、ポイントを支払えば採掘場や庭も造ることが可能です。そこで素材回収するゴーレムもいずれは量産する予定なので、事前に採取ツールを揃えておく魂胆ですね。
ゴーレムたちでは低級アイテムしか取れないでしょうが、ゼロよりは遙かにマシです。
この【理想のアトリエ】、本来ならばクラン単位で管理するのでしょうね。
私のように【錬金術】スキルが高くなければ、中々にメリットを活かしきれないような気がします。ゴーレムたちは成長もせず、しかもスキルレベルも低いので一概に有利とは言えませんが……
シヲが木工工房へ駆け出すのを見送りました。
私はソファの上に座ります。座るというよりも、乗っかるや鎮座する、という表現のほうが適切でしょうかね。
アトリに向けて言います。
「アトリも座ったらどうです? 今日はよく休みましょう」
「! 神様の隣、ですっ!」
大きめのソファですが、アトリは詰め詰めの距離でした。
今日は休憩日。
私はソファで映画を鑑賞することにしました。時間加速がある世界なので映画鑑賞も捗ります。二時間くらいの映画でも、時間加速があるのですぐに観られます。
なるほど。
最後のコマは止まらなかったようですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます