第104話 獣の末路
▽第百四話 獣の末路
「ぷまい血いいいいいいいいいいいいいい!」
「うるさい」
槍をぶんぶんと振り回す美食家が、華奢なアトリを追い回します。槍が振るわれる度に木々が薙ぎ払われ、土砂が崩れ、巻き込まれた動物や魔物たちの血飛沫が舞い散ります。
その攻撃はてんでデタラメでした。
今のアトリのスペックならば、余裕を持って躱すことが可能です。しかも、敵は理性もなく、技術もなしに突撃してくるだけです。
アトリも【狂化】を用いているため、この戦闘、圧倒的にアトリが有利でした。
まあ、しかし、固有スキルの【狂化】なので真正面から打ち合うのは危険です。ステータス差がしゃれになっておりません。
これ、【狂化】も同時発動していたら、アトリでも押し切られていたかもしれません。
「しかし、中々にタフですね。毒でかなり削っていますけど」
「鬱陶しいです!」
アトリが樹を足場に飛びます。直後、その樹が美食家に破壊されてしまいます。獣のような咆吼が後を追いかけてきます。
アトリの身のこなしは軽快。
私の【クリエイト・ダーク】で作ったワイヤーを巧みに利用して、あらゆる地形を味方につけております。ジャックジャックの稽古が役立っております。
私はカウントを告げます。
「十秒です」
「はい! 追加、ですっ!」
アトリが身を翻して、美食家の大振りな突きを回避。大鎌を一閃しました。その一撃は美食家の肉体を薄く斬り裂きます。
それによって【禁治刃】のデバフ効果が延長されます。
吸血鬼が有する回復スキルが効果を失います。
あとは毒で弱らせて殺害することが可能です。正直、《スゴ》の状態異常は強すぎてボスには効きづらいですけど、対策していない敵は一方的に屠れたりします。
徐々に美食家は動きが緩慢となり、五分もしないうちに膝を屈しました。
「……あ、あ! あれ? どうしてバフが解除されてるんだ? アトリたーん、何をしたー!」
どうやら【血酔い狂化】の効果が切れたようですね。
スキル名通り、継続的に血液を摂取せねば解除されるのでしょう。首を傾げながらも、美食家が【血啜り刃】を発動しました。
槍系アーツ。
アトリと同系統の刃に効果を付与するアーツのようです。ネーミングから察するに、斬撃した対象の血液を摂取できるようになるアーツでしょう。
本来ならば【血啜り刃】と【捕食】【吸血鬼の因子】による再生のシナジーに、狂化系を増し増しで暴れ回るスタイルのようでした。
最悪なことながら、ちょっとアトリとコンセプトが被っている敵のようです。
ただし。
アトリには【奉納・授滅の舞】があります。
敵のいつもの必勝戦略は通用しません。同じ戦闘スタイルながらも、敵は一方的にアトリとの相性が悪いようですね。
そして、三騎士の一画……美食家はその事実を理解したようです。
「これ、勝てないな……逃げるお」
判断能力も高いようです。
正直、ルックスや言動で理解したくはありませんが……強敵ですよね。
アトリが告げます。
「逃がさない」
「熱烈! アトリたーん、俺のこと好きすぎ!」
「嫌い」
「ツンデレって言うんだろ、こっち陣営の精霊から聞いたぞお!」
「死ね」
「かわいい」
美食家が背を向け、その膂力で地面を打撃します。
凄まじい速度で宙を飛んでいく巨体ですけれども、もちろん、アトリはまったく逃がす気がないようでした。
「ロゥロ!」
ロゥロの召喚範囲は、アトリの視界内です。
つまり、美食家が飛んでいる空中にさえも呼び出すことが可能です。突如として出現したロゥロは、その全力で以て美食家を打撃しました。
「ぐべえ!?」
内臓を吹き飛ばしながら、美食家がこちらに飛んできます。
アトリの大鎌にはすでに【血導刃】【殺生刃】【吸命刃】が付与されております。また、【死を満たす影】のライフストックの半分を使って攻撃能力も上昇させていきます。
つまり、
「開け【死を満たす影】……!」
濃密な闇を湛えた、大鎌。
アトリの純紅の瞳が爛々と輝き、敵を冷たく見据えます。
「万死を讃えよ! 【
闇の奔流が――、
「残念だなあ、アトリたん! 【霧化】」
空を破壊するような闇の奔流が、彼方へと消えていきます。大ぶりの一撃はアッサリと回避されてしまいました。
代わりとでも言うように、美食家の槍がアトリの顔面を狙い、加速しています。
「【血爆突き】ぃ!」
「【ダーク・リージョン】、アトリ」
アトリは私のことを信頼し、回避も防御もせずに鎌を振るっておりました。美食家の首に大鎌が炸裂し、防御無視とダメージ5倍によってHPを全損させました。
宙を舞う頭部。
「よくもお!」
即座に再生する美食家へアトリが飛びかかります。
刃に【禁治刃】と【吸命刃】を備えた状態です。ダメージを受けたくないので【狂化】は使いませんでした。
代わりに【ダーク・オーラ】を起動しています。
近づくだけで状態異常をまき散らし、体力を削り、MPを奪ってしまいます。凶悪な状態ですね。
対する美食家もまた【血啜り刃】を起動。
吸血鬼と死神幼女――全力の削り合いが始まりました。
美食家の槍術は大したものです。変幻自在にして臨機応変。距離を一切近づけさせず、巧みな歩法でアトリの接近を許しません。
小さな傷がアトリにつけられていきます。敵は必死に首だけは死守しているようですね。大鎌の仕様上、それでは大ダメージは与えづらいです。
ただし、毒が敵の持久戦を許しません。
「くっ! なんと強い幼女であるか!」
美食家の口調が変化し、凄まじい技術の槍術が繰り出されます。
ですが、アトリの速度は尋常ではなく。
槍は空を切り、アトリの斬撃だけが炸裂していきます。もはや手数で圧倒しております。
「【眷属召喚】!」
美食家が大量のコウモリを生み出しました。そのコウモリを槍で突くことにより、【血啜り刃】でのHP増加バフでの疑似回復を行っております。
ですが、近づくだけで【ダーク・オーラ】の効果でコウモリがバタバタと死んでいきます。
ゆっくり、ゆっくり、美食家の表情に恐怖が染みついていきます。吸血鬼が再生能力で負ける日が来るなんて、そういう思いがひしひしと伝わってきますね。
長時間の斬撃合戦。
徐々に空が白んできております。気持ちの良い朝霧の香りが……山を満たしつつあることに、ようやく美食家は気づいたようでした。
「あ、あああ! ああああああ!」
吸血鬼は夜ならば強力無比。
しかし、太陽光さえ用意してやれば……その性能はぐんと落ちてしまいます。基本的に吸血鬼は夜以外は戦闘せずに逃げるのが厄介なのですけどね。
長い戦闘時間で……夜が明けそうになります。
露骨に美食家の動きが精密さを失っていきます。焦っているのでしょう。やがて、自身の死を悟ったのか。その恐怖をかき消すようにスキルを起動しました。
「【狂化】【血酔い狂化】!」
「【狂化】」
しかし、美食家は勘違いしているようですね。
アトリは負けず嫌いです。私が指示をすれば朝を待つでしょうけれども、お任せすれば――朝の到来なんて待たないのです。
真っ向からの斬り合い。
しかし、いくらステータスが上昇しようとしたところで、技術力と理性とを失った敵なんて一瞬打ち合うだけなら恐ろしくありません。
すでに敵は毒や斬り合いによって弱っております。
正直、この場面ならば美食家は狂化を使わないほうが厄介だったでしょう。
まあ……恐怖に負けて理性をなくすことに逃げる。そういう相手にはお似合いの固有スキルではありました。
美食家の凄まじい一撃が、アトリの真横を通り過ぎます。
「終わり」
黎明の時。
月が地平に沈む、その寸前。
漆黒の刃が吸血鬼の首を落としておりました。地に落ちた頭部に向け、【狂化】を解除したアトリが【シャイニング・スラッシュ】を叩き込みました。
それが決着でした。
怪物の死骸が廃となり、さらさらと夜風に溶けていきます。その景色を見つめて目をすぼめ、アトリが小さく呟きました。
「死は邪神ネロ様の元に平等なのだ」
「そうなんですね……」
こうして三騎士の一人、美食家のダディはロストしたのです。
せめて逃げずに戦士として戦い続ければ……もっと勝機はあったでしょうにね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます