第103話 三騎士・美食家
▽第百三話 三騎士・美食家
「神様!」
アトリは戦場を巧みに利用しています。周囲の木々に飛び移り、時に気配を消し、吸血鬼たちに姿を探らせません。
ジャックジャックより習得した、外技。
気配の遮断と隠密行動の組み合わせです。
結局は小手先でしかありませんけれど、確実に戦闘は楽になっているでしょう。
「【フラッシュ】」
アトリが閃光を放ち、私が【クリエイト・ダーク】でスモークを焚きます。
吸血鬼十人のうち、七人に毒、美食家以外に沈黙を与えています。ちなみに美食家にも毒は通じました。ジリジリとHP を削りますが……吸血鬼の再生能力のほうが上のようです。
「アトリたーん! 良い匂いがするよおー!」
弾丸のように美食家が飛んできます。
手には長槍。
その玉のような肉体からは想像もつかない、巧みな槍術が放たれます。樹木の上のアトリは、それに応じることなく、地面に降り立ちました。
美食家が激突した樹木がガラスのように砕けます。
「まず、雑魚たちを仕留めます」
私たちは無警戒に待ち伏せしていたわけではありません。
山岳戦闘の可能性も考慮し、事前に罠を張り巡らせていました。同格の美食家+九体の吸血鬼と相対し、負けていないのは事前のトラップの成果です。
どうやら沈黙が解けたようです。吸血鬼たちが話し始めます。
「我々がダディ様に殺されてしまう! 早く幼女の意識を奪え!」
「でも、あの【再生】は精霊が使っているのでは? 幼女の意識を奪ったところで【再生】は止まらぬでしょう。生け捕りは……」
「精霊は眠る! 意識を奪って拘束すれば良い!」
「なるほど!」
敵の発想は正解ながらに恐ろしい。
五対の吸血鬼が同時に飛び掛かってきます。アトリは一瞬だけ目を閉じ、次の瞬間、スキル名を呟きました。
「【狂化】」
大鎌が目にも見えない速度で乱れ狂いました。
その華奢な肉体から放たれるのは美しい死の舞い。
圧倒。
五対の吸血鬼を純粋なステータスの暴力でぶった切ります。口元には僅かな笑み。どうやら、戦闘中に【狂化】を使うと、ちょっとだけ感情が豊かになるようですね。
死神幼女がゾッとするような声音を放ちます。
「神様に……死を捧げよ」
吸血鬼は下半身と上半身を分けられながらも、平然と攻撃に移ってきます。いえ、痛みで動きに繊細が欠けてはいますけどね。
それぞれの攻撃がアトリを貫きます。
けれども、気にせずにアトリは吸血鬼を【閃光魔法】で焼き払いました。私は聖水ポーションをばらまいて妨害します。
弱った吸血鬼をアトリが殺害しました。
二体の滅殺に成功しましたね。しかし、敵の数は、
「残り八ですか」
「……全部、潰す、です!」
「そうですね。そろそろでしょう」
こくり、とアトリが頷けば吸血鬼の一体の頭部を矢が射貫きます。
また、続いて大規模な土魔法が放たれ、その土砂によって吸血鬼たちが地面になぎ倒されます。
「シヲ、拘束。攻撃されたら回復してもらう。【リジェネ】」
アトリがシヲに【リジェネ】を掛け直します。
我々もソロではありません。戦力的にアトリ一強ではありますが、こっちだってパーティは組んでいるのです。
こちらには頭のおかしい神官もいるので、シヲの拘束も有用でしょう。
これで八体の敵のうち、五対が封じられました。
残りは三体。
取り巻き吸血鬼と美食家だけです。
「アトリ、取り巻き二人は生かしておきましょう。回復リソースにできます」
「はい、です! 神様にお任せする……ですっ!」
致命的な攻撃だけ、私が防いでしまえば……取り巻きなんて回復アイテムと化すのです。しかも、アトリの称号も加味すればバフアイテムにもなりますね。
吸血鬼と死神幼女、どちらが化け物なのかを知っていただきましょう。
いえいえ、この際です。
私がかつて第二回イベントの【錬金術】部門で三位を叩き出したアイテムも使いましょう。その名を【植物超変異ポーション】です。
植物をボスモンスターに変化させるという劇毒。
そして、この戦場は山――つまり自然の宝庫です。魔物は我々も襲いますけれども……だからなんだというお話ですね。
ポーションをばらまきました。
▽
戦場はカオス。
やり過ぎました。すでに取り巻きの吸血鬼たちは全滅し、ボス同士がぶち殺し合い、最終的に残ったのは――アトリと美食家、ボスが一体だけでした。
シヲが拘束していた敵たちでさえも捕食される始末。
かなり強力なポーションでした。これ、敵の拠点を破壊するのとかにも使えそう……やはり魔女の言うとおり、このポーションが三位はおかしかったかもですね。
『ぐおおおお!』
「俺とアトリたんの食事会、邪魔するなあああ!」
最後のボスは美食家がへし折りました。
濁った瞳がだらりとアトリを凝視してきます。
「ふた、二人っきりだねえええ、アトリたーーん!」
「神様もいる」
「?」
血塗れのアトリが、息も切らさずに敵を睨み付けました。乱戦はアトリの独壇場ですけれども、もっともダメージを受けていたのもアトリでしょう。
それでも幼女の殺意は止まりません。
手の内の大鎌をギュッと握り締めます。
「【
「諦めて俺のものになるんだあ、アトリたーん。【霧化】」
ふわり、と美食家の姿が霧となり消えてしまいます。
アトリは背後に跳躍しながら、何度も【ボム・ライトニング】を放っていきます。私も投擲用のポーションを放ちます。
ですが、霧にダメージはなく、ぐんぐんと接近してきます。
ゼロ距離。
すでに腕を振りかぶった状態の美食家が真後ろに湧きました。ぶん殴られます。頭部にダメージを受けそうだったので、私が【クリエイト・ダーク】でアトリの姿勢をずらしました。
拳がアトリの右肩をぶち抜きます。
出血。
その血を舐め取りながら、美食家が蹴りを放ってきます。
「ああああああああ! この血ぃ! こんな、こんな美味いものなのか!?」
「うるさい」
アトリは蹴りを避けることなく、喰らいながらバックハンドで大鎌を叩き付けました。
腹を潰されたアトリ。
足を薄く斬り裂かれた美食家。これで敵のHP回復は止まると思いきや、近場を飛んでいた蝶が報告してきます。
『美食家のHP回復、止まりません……いえ、これはおそらく【捕食】の効果でHPの最大値が増えるバフがついていますねー。事実上、HPの回復と同様です』
「なるほど。アトリ、血を飲まれるのは危険です」
「ボクの血は神様だけのもの……ですっ」
血は要らないのですけども。
美食家が溜息を吐きながら槍を取り出しました。
どうやら腹に槍を突き刺して携帯していたようです。腹から槍を抜き、悲しそうな雰囲気を放ってきます。
「アトリたーん……強すぎるよお。こんなん、こんなんもう殺すしかない。ヨヨ様に殺されたくないからね。その十年以上、熟成された血液……もっと飲みたかったのにぃ。レアな血なのにぃ」
美食家の槍、その穂先が赤く灯りました。
「【血槍術】スキル……【啜り刃】! ああ、運命は運命の二人を引き裂くもの! ああ、悲しや! 【狂化】【血酔い狂化】ああああああ! ぷわあああああ!」
「アトリ、【神楽】アーツを使いましょう」
私の指示に従い、アトリがクルリと優美に回って手を叩きます。それによって発動したのは【奉納・授滅の舞】でした。
それは周囲の自他を問わず、あらゆるバフ・デバフを消去するアーツです。
翼のアーツである【ホドの一翼】の使用状態と異なるのは、固有スキルや強力なスキルは消去できない、ということです。
つまり、現状の美食家は【血酔い狂化】だけが残った状況となりますね。
しかも精神がいかれているので、解除してバフを掛け直したりはしない様子。
「狂化系は安易に切ってはいけませんよ」
ただ【狂化】しただけの敵との戦闘が開始されます。
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