第82話 鬼ごっこ
▽第八十二話 鬼ごっこ
次にアトリが足を運んだのは、黒組の教室でした。
そこは広い空間があり、もはや教室というよりも体育館といった様相です。異様に大きい学校が遺憾なく活かされておりますね。
内部では、黒いローブを纏った人々が逃げ惑っております。
「いやあ! ようこそいらっしゃい! ここは1年黒組の出し物のひとつ! 大鬼ごっこ大会だよ! ……って黒組の人か」
いきなり現れ、つらつら口上を述べたのは獣人です。
初めて会話しますね。相手は犬系の獣人のようでして、歳の頃は20くらいでしょうかね?犬耳系の男子です。
身体はごつく、あまり可愛い系の耳は似合っていません。
「俺はゴメス! ここの受付だ。お嬢ちゃんは遊びに来たのかい?」
「違う。呼ばれた」
アトリの所属は厳密には、一年黒組なのでした。
つまり、ここです。
各クラス毎にお店を開いたり、開かなかったりするイベントです。強制参加ではありませんが、参加しておいたほうがイベントは楽しいでしょう。
報酬も良くなるはずですね。
わりと自由なイベントです。
ただ見て回るだけの人もたくさんいますし、自分のクラスだけではなく、個人で店を開いたり、展示物を出したりする人も散見されます。
プレイヤーはずいぶん楽しんでいますね。
一部のNPCは「第一フィールドが大変な時に……」という顔をしています。
「ボクは」
アトリが写真をアイテムボックスに預けてから、背の大鎌を指さします。
「ボクはアトリ。神様の使徒」
「おお! あんたがアトリ! うちのクラスのエースだな」
このクラスの出し物は「鬼ごっこ」です。参加料を払い、時間内に鬼を捕まえると商品がもらえます。捕まえられる鬼は一人だけ。鬼毎にポイントは違うので、弱い鬼を捕まえると損をするそうですよ。
スキル、アーツの使用はご自由に。
ただし、ダメージを与えようとすれば、それはアウト行為となっております。クラスに居る全黒組が総出を挙げて、違反者を袋だたきにするようですね。
アトリは手渡された、黒ローブを被ります。
一歩、教室に踏み込んだ瞬間、教室の空気が一変してしまいますね。受付をしているゴメスがテンション高く叫びます。
「いよいよメインの登場だ! 死神幼女のアトリ! こいつを捕まえられれば、報酬は一等良い奴を得られるぜっ! 捕獲ポイント10点だ!」
「10!? 嘘だろ。速度系の固有スキル持ちでも8点だったんだぞ?」
動揺した様子のNPCたち。
私も初耳ですね。アトリは強いですし早いですけれども、さすがに速度に特化した固有スキル持ちには及びません。
レベルもまだまだカンストではありませんしね。
これは……客寄せでしょうかね。
あの噂のアトリが登場するのです。しかも高ポイントで。客足は相当見込めることでしょう。実際、掲示板に書き込みでもされたのか、教室にはゾクゾクとNPCが現れます。
「お、おい、例の幼女が参戦するらしいぜ」
「そんなに強くないだろ。子どもだぞ」
「うちの精霊がお熱だ。あんなガキが好きとは、変わってやがるな」
「いやいや……ヤバいだろ。なんだこの存在感。俺よりレベルが低いはずなのに、俺の経験が俺の死を告げて来やがる……悪いが俺は帰るぜ」
「何あの子、かわいいー!」
アトリが自身に多様なバフを付与していきます。
そこには光魔法【スピード・アップ】や神楽アーツ【奉納・天降ろしの舞】もございます。私のスキルである【敏捷強化】もありますね。
「アトリ、【狂化】もいきましょう」
「うん……はいですっ」
スキル【狂化】は大幅なバフスキルです。
その代わりにアーツは使えなくなりますけれども、単純な速度アップは尋常ではございません。床を蹴る威力が上がる=速くなる、ですね。
さあ、行きましょう。
▽
十数名のむくつけき男どもが、幼女一人を必死の形相で追いかけております。
「捕まえろ! 相手は幼女一人だぞっ!」
「早過ぎる! てか、なんだよ、こいつ!」
「上手すぎるだろ」
「勉強になるなあ! 参加費十万に不服いってた俺、馬鹿だったぜっ!」
アトリの鎌系スキルの総量は、優に百を上回っております。鎌を持った時のアトリの技術は、もはや人智を超越したところにあるようです。
ゆえに、鎌を持っているアトリの動きは達人級でした。
それが莫大なバフによって、身体能力も伴うのです。
五人の戦闘職たちが同時に飛び掛かってきますが、アトリは身をひらりと躱し、横を瞬時に抜けていきます。いつもならすれ違い様、大鎌で首をぶった切っているでしょう。
また、【狂化】を使う前に【イェソドの一翼】も使用しておきました。
未来さえ見通すアトリは――、
「捕まえたぞ! 固有スキルまで使わせやが――はあ!?」
瞬間移動でしょうかね?
突如、アトリの背後に現れた男性が、虚空を抱き締めております。そこにすでにアトリはなく、彼女は教室を縦横無尽に駆け回ります。
アーツが使えずとも、私がサポートせずとも靴の効果で二段ジャンプも可能です。
縦横無尽に跳ね回る、死神幼女。
冷たさすら感じる無表情。
アトリが汗ひとつ垂らさぬ中、男たちは全身から湯気が出るほどの熱気。
正直、私が思っていたよりもアトリは鬼ごっこが得意のようでした。仕掛けられた罠を看破し、投げられた縄を大鎌で斬り裂き、放たれた拘束魔法さえも【魔断刃】で無効化します。
彼女の周囲には【ダーク・オーラ】があります。
なんの効果もありませんが、その朧気なオーラによって、アトリの肉体は隠匿されます。
状態異常が怖かったですけど、【ホドの一翼】の状態異常耐性バフが役立ちました。
「時間がもうない! 最後だっ! 俺のプライドを喰らうが良い」
先程、瞬間移動してきたNPCが、腰のベルトを外します。それは長大な縄でした。何かを呟いた男が縄を振りかぶります。
「捕縛術アーツ【急縛の顎】!」
縄が超高速で乱打されます。それはもはや攻撃アーツのようでした。
目にも止まらぬ縄の猛攻。
複雑に絡み合った編み目のような残像のみが見えます。
これは回避不可能技かもしれません。
観客たちも「ズルいぞ、そんなの!」と口々に男をブーイングします。
ただし、アトリと男性のみが違う表情を浮かべていました。
「ぜんぶ見た」
「――っ! これほどかよ!」
アトリの敗北を確信する会場。
が、ですが、アトリはまるで意に介さず、縄をぴょんぴょんとジャンプで回避します。一瞬で理不尽な拘束攻撃が、大縄飛びに変化したのです。
これにはアーツを放っている男性側も絶句。
とすん、と縄を落としてしまったようです。
「そこまで! タイムアップ!」
ガッツリと逃げ切ったアトリは、汗一つ掻くことなく戻ってきました。
騒然とするNPCたち。
まだ【イェソドの一翼】の使用効果を知らない彼らは、アトリの動きが理解できないのでしょう。未来が見えているなら、アトリの敏捷値なら楽々逃げ切れたようですね。
クールタイムの関係上、今日はもうできませんけれど。
いえ【テテの贄指】を使ってクールタイムをキャンセルすればもう一度だけ可能でしょう。無駄なのでやりませんけど。
どうやら、参戦者の中には実力者もいたようです。
あの瞬間移動の固有スキルの人です。
あの人は厄介でした。敏捷値がバフ付きのアトリよりも高く、移動系の【アーツ】も駆使しておりました。
おそらく「捕らえることに特化」のキャラ構築です。
罠や縄なども、アトリの未来視の前では無力だったようですね。
わあわあ騒ぐNPCを余所に、嬉しそうな顔をしたゴメスが寄ってきました。
「さすがはお嬢ちゃんだ。かなりうちも稼げた」
「そうなの? ボクは一回しかしてない」
「賭けをしていたのさ。さすがにこの広いとはいえども閉鎖空間。そこで幼女が【絡み糸】や【無空】、【走魔】……そういった連中から逃げられるとは思わなかったのだろうな」
「?」
「あんたが凄かった、という話だ。集客は十分。あんたを見に来た奴らも、かなりの数が残りの出し物も見ていくだろう。負けを取り返そうと賭ける! ウハウハだ! 本当は、こっちは損してでも客を増やすつもりだったのに、あんたはマジで勝ちやがったからな!」
「ボクは強い」
「あんだけ凄い動きを見せられちまったら萎えることもねえだろ。最高だな、あんた」
このクラス、じつは賭博場だったようです。
鬼ごっこでわいわいするレジャーではありませんでした。競馬とか、コロッセオとか、そういう感じの催しだったようですね。
総合的な収益がイベントポイントになります。
以外とイベントに貢献したかもしれませんね。アトリは明日も一度だけ参加すると表明し、一年黒組を出て行きました。
ゴメスからは参加料と称して、けっこうな額をもらいましたよ。どうやらゴメスはイベント外でも「賭博場」のオーナーをしているそうです。
気に入られたアトリは、参加チケットをもらいました。
ギャンブルも面白そうですね。
楽しまなければゲームではございません。ついでにこの文化祭も謳歌するべく、我々は本当の体育館に向かいました。
劇とかやっているそうですね。
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