第81話 文化祭一日目

▽第八十一話 文化祭一日目

 いよいよ文化祭が始まりました。


 今回は生産職がメインのお気楽イベントです。それぞれが楽しそうに配布された学生服や体操着、また騙されたのでしょうスクール水着をまとって歩いております。


 この配布衣装は「スキンシステム」が適応されています。


 いつもの装備の上に着れば、見た目だけが変更され、装備能力だけは保たれるようですね。


 この文化祭島は、広大な敷地の中、大きな学校がひとつございます。その学校内で開催されている様々な催し物が楽しめるわけですね。アトリはオーソドックスなセーラー服を来て、私は闇精霊体に学帽を乗せております。


 アトリ可愛いです。

 スクリーンショットをいくつか撮らせてもらい、クルクルと回ってもらいました。


 私はテーマパークなんて行きませんけど、やはり仮装は必須ですよね。


 ああいうのは冷笑されがちですが、楽しんでいる人のほうが人生を生きるのが得意そうです。私はリアルの肉体なら被りませんでしたが。

 昔、会社の企画でメイド服を着せられたときは、屈辱で倒れてしまいそうでした。もうあのような思いは二度とごめんですね。私が涙と土下座に弱いと勘違いされていたのが問題です。


 学内を歩けば、クラス毎にたくさんの催しがございます。


 メイド喫茶やお化け屋敷、部活動の展示までございます。

 部活動(クラン)ですが。


 アトリは目に付いた飲食系、すべてに足を運びます。さすがに全部を平らげるわけにはいきません。また、私たち黒組以外に大貢献するわけにもまいりませんからね。

 とりあえずメイド喫茶に入りました。


 メイド服を着たエルフたちが出迎えてくれます。

 凄いです。

 現実では滅多に見られないような美形たちが、妙にデフォルメされたチープなメイド服を着ています。本物のメイドがいる世界なのに、あえて現代日本風のメイド服は……いけないことをしているようで良いですね。


 ミニスカートからチラリと覗く、白い太ももが眩しいです。


「お嬢様、こちらメニューとなっております。美味しくなる呪文は無料です」

「? 美味しくなる……呪文。すごい。なんのスキル?」

「いえ、スキルではなく……」

「ボクは知っている。情報は秘匿すべき。言わなくて良い」


 アトリが奇妙な勘違いをして、首を左右に振りました。即座にメニュー表に目を落とし、それから無言でジッとします。

 いつもなら「ぜんぶ」で終わらせるアトリです。

 しかし、今回はそうもいきません。私が適当なメニューを教えてあげました。


「アトリ、復唱してくださいね。オムライス、果汁百%リンゴジュース、イカリングです」

「オムライス、果汁百%リンゴジュース、イカリングです」

「かしこまりました、お嬢様! 少々、お待ちくださいね」

「うん。楽しみ」


 アトリがご機嫌に首を左右に揺らします。

 私は現在、居ないことになっております。私はリアルでそこそこに知名度があり、話掛けてくる人たちが多すぎました。


 相手するのが面倒です。


 ゆえに、居留守を使っているわけですね。私が操作しているか否かを把握できるのは、この世にアトリ一人だけなのです。


 やがてオムライスたちが届けられました。


「これ、なに?」

「卵料理でございます。精霊様たちが課金? というスキルで呼び出した卵は、ちょっとすごいですよ。新鮮さが違います」

「すごい」


 アトリが機嫌良さそうにスプーンを手にします。

 すう、とオムライスを掬おうとする直前、メイドエルフがケチャップを取り出しました。アトリの手が止まります。


「では、ハートを描かせていただきますね。おいしくなぁれ、きゅん、きゅん、にゃん」

「?」

「美味しくなる呪文です」

「すごい……」


 完成したオムライスをアトリが食べます。

 ハッキリ言えば、素人の料理でした。いくら日本の卵が美味しいとはいえ、アトリは一流のシェフの料理も食べてきていますからね。


 思ったよりは美味しくなかったようです。

 しかし、それでもアトリは何でも美味しく食べる子でした。美しい所作で以て、あっという間にオムライスを食べ終えました。


 続いてイカリングを食べます。


 しゃくり、と揚げたてらしいイカの感触。

 こちらはかなり美味しかった上、珍しさもあって気に入ったようです。リンゴジュースもこのクオリティは異世界にはないでしょう。

 ごくごくと飲みます。


 控えていたメイドエルフが言います。


「ご一緒にチェキはどうでしょう」

「チェキ? ってなに?」

「写真です。こちらも精霊さまが課金で生み出したアイテムですね」


 そう言ってエルフが腰のポーチから取り出ししは、インスタントカメラでした。異世界ファンタジーがみるみる浸食されていきますね。

 しかし、アトリが写真を撮りたがるようには思えませんけど。

 そもそも写真が何かを理解していないご様子です。


「アトリ、写真というのは一瞬でできる絵のようなものです。今の光景をずっと残しておけるわけですね」

「……記憶を弄る魔法、です、か?」

「イカレ魔法ではありません」


 私は写真術もそこそこにイケる口です。自分で描いたほうが偉大な作品を生み出せますが、写真というのも面白いものです。

 絵のように無限の可能性はありませんが、限られた中で試行錯誤するのは素晴らしい。


 ある意味、絵よりもセンスが求められる世界ですね。


「一枚、撮ってみましょう」

「はいです。一枚、撮る」

「では、ぴーす」


 メイドエルフが顔を寄せて、アトリとの自撮りツーショットを撮ります。アトリの頭上には私の姿もございますね。

 インスタントカメラから写真が吐き出されます。

 ギョッとした顔で見つめていたアトリは、やがて渡された写真を見て打ち震えます。


「か、神様がいる……ですっ! ボクと神様!」

「そうですね、これが写真ですよ」

「写真……もっとほしい、です。このエルフ要らないです」

「……あとでカメラ、買ってあげますね」


 エルフメイドは悲しそうな顔をしていました。

 ちょっとアレなのでチップを多めに渡させました。料理のクオリティに対し、お料理の値段はそこそこです。

 チェキもお高め。


 ですが、リアルであの美人エルフに接客してもらえるなら、十倍払える人もいるでしょう。


 わざわざリアルエルフ(ゲームですけど)にチープな偽物をさせるの、ちょっと楽しいです。


 アトリは満足したように写真を抱き締め、とてとてと廊下を進んでいきます。


 中央を歩くアトリ。

 アトリを知っているNPCたちは、逃げるように端に行きます。リアルでもよく見る光景ですね。有名人やカースト上位に道を空ける光景。

 まあ、アトリはカーストというよりも、カースとか、そういう感じですけどね。


 避けられているだけ。


 文化祭を楽しんでいきましょう。

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