第75話 アトリのトラウマ

▽第七十五話 アトリのトラウマ

 ならず者たちの固有スキルが発動してしまいます。


「止められそうにありませんけれど」

 

 私は咄嗟にスタークに【クリエイト・ダーク】を仕掛けます。相手の固有スキルは不明ですけれども、もしも「発動条件が視認」だった場合にマズいです。


 どうにか闇のカーテンで視界を封じれば――、


 しかし、私の最速の動作よりも、敵の【顕現】が一歩、上回りました。


「想像せよ」

「刮目せよ」

「【悪夢再発トラウマ・ビジョン】」

「【心眼鏡】!」


 アトリに何かが付与されてしまいます。

 からん、とアトリが【死を満たす影】を取り落としました。アトリのグルグルとした目が、すべての色を失っております。


 アトリが頭を抑え、そして――、


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 叫び出しました。

 目には涙が溢れ、虚空を何度も掴もうとします。まるで捨てられた子犬のように、アトリは絶望したように、見えぬ何かに手を伸ばします。


 動画では解りませんでした。


 ですが、私はアトリのことでしたらよく理解できます。なるほど、これは防ぐことが難しいのも頷けますね。

 敵の固有スキルの正体は「何かを見せる」こと。


 それだけです。


 デバフではありません。

 厳密には、私の《シャドウ・ベール》に似たスキルでしょう。言ってしまえば「網膜を対象としたスクリーン上映」です。


 幻覚を見せるなら薬や脳への攻撃が必要です。

 ですが、彼らの攻撃は比喩するならばVRゴーグルを強引に装着させるかのような攻撃でした。ジャンルが違う所為で防げません。


「捨て、捨てないで……神様! 神様神様神様かみさまかみさま……ボクは、神様がいないと。ああ、ああああああ」


 私が想定していたよりも、敵の固有スキルは「しょぼかった」のです。

 しかし、二人が矮小なスキルを組み合わせることにより、何かしらの大きな妨害行動となるのでしょう。


「シヲ、少しだけ時間を稼ぎましょう。敵のレベルは低い。私と貴女が時間を稼げば、アトリも回復するでしょう。無制限に映像を見せ続けられるものでもないでしょうからね」

『――!』


 シヲが触手を伸ばし、私は神経を研ぎ澄まします。


 まだ生存している盗賊ども。

 盗賊に与するプレイヤーの集団。さらには復活したスタークたち。


「三分です、シヲ。三分守り切れなかったら――」


 ――全力の防衛戦が開始されました。


       ▽

 ボクには何もない。

 生まれてきたことが間違いだった。


 周りの子どもたちは家族や友達に囲まれて、嬉しそう。

 家族や友達のほうだって、子どものことを見て幸せそう。


 でも。

 でも、ボクの家族だけは……苦しそう。ボクが生まれなければ、ボクのような魔物の子を産むような家だから……暗い暗い闇のような景色。


 何度もぶたれた。

 何度も蹴り付けられた。


 床を転がされ、水を掛けられ、棒で叩かれ、罵詈雑言を浴びせかけられる。村の掟で殺されることはなかったけれども、村で飼われている家畜が羨ましくなるほどに、ボクはただ生かされているだけだった。


 そんな毎日。


 逃げ場はない。

 ボクのような子どもが外に出ても死ぬだけ。いや……死んだほうがマシだったのだろうけど、幼い頃から魂に刻まれるように「外に出るな」と教えられてきた。

 

 暴力と暴言、「外に出るな」


 それだけがボクの人生で家族から教えてもらったことだった。


 多分、ボクは死にたかった。

 ある日、母が病気に罹った。それがボクには嬉しくてしょうがなかった。ざまあみろ、ではなかった。


 これでボクが母を治せれば……ボクだって笑えるかもしれない。


 周りの子どもが当たり前のように浮かべていた表情。

 ボクが生まれてから一度だって見たことのない、家族の――ボク自身の笑顔。それが見られるかもしれない、そのチャンスだと思った。


 あとから神様が言うには、よくある心理状況だという。


 虐待される子が親の虐待を隠す。

 そこには色々な心理があると言うが、ボクの場合は……愛がもらえると思った。世に無償の愛なんてなく、ならば有償ならば――なんて。


 愚かな思考。


 でも、きっとボクはあの日、死んでも良かったんだ。


        ▽

 あの日の決断のお陰で、ボクは神様と出会えた。

 神様はすごい。


 ボクのようなただの無能に、何もかもを殺す力を与えてくれた。ただの無力だったアトリはもういない。


 神は言った、、、、、


『少女よ、聞こえますかね?』


『少女よ、力がほしいですか?』


『その醜悪なる魔物から身を守る、そのような力がほしくはないですか?』


『諦めるのはまだ早いです。私と契約すれば――貴女は自由になれるのです』


『力があれば何をしても良いのです。貴女は貴女の望むままに生きてよろしい。この私がそれを許しましょう』


 神の言葉は誰よりも慈愛に満ちていた。

 優しく、熱く――すべての言葉がボクの心を焼いた。今までの人生がすべて嘘だったかのような、新たな命を吹き込まれたような――熱い息吹。


 力があれば何をしても良い。


 その言葉を耳にした時、ボクは――ぞわりとした。


 それだ。

 家族や村がボクに何をしても良いのは、虐げてくるのは――ボクが弱いからだ。弱い者はむしり取られる。奪われる。壊される。苦しめられる。いたぶられる。


 ボクが強くなれば。


 神はボクに答えを教えてくれた。その答えを手に入れる方法まで用意してくれた。大好きだ。この世界で神様だけが、ボクを、ボクを助けてくれた。


 その時、ボクは理解した。

 ボクは愛されたいわけじゃなかった。誰かを心の底から愛したかった。敬愛したかった。そういう感情を知らなかったボクの中から、それは自然に湧き出した。

 ボクの中にも、そういう感情があったと教えてもらった。


 神様はすべてを与えてくれる。


 ボクが魔物の子じゃなくて、普通の人間だって……教えてくれた。


 だから。

 だから、ボクは怖かった。


 もしも。

 もしも、もしも。

 もしももしももしももしももしももしももしももしももしももしももしももしももしももしももしももしももしも。


 ――神様から見捨てられたら。


        ▽

 シヲと共に時間稼ぎに動きますが、さすがに無理がありましたね。


 私もシヲもどちらもクラウドコントロールに特化しています。動けないアトリを狙われてはどうしようもありません。

 色々と準備しましたが、敵のほうが上手だったと認めましょう。


 今回の勝負、アトリの敗北です。

 ですが、アトリの敗北とは決して私たちの敗北じゃない、、、、、、、、、、


「時間稼ぎはもう終わりです。シヲはアトリの守護を」

『――?』

「いい加減、私も本気でフルダイブVRを体験してみたくなりましたよ」


 この世界は、私が本気を出すに相応しい。

 つまらない現実などよりも、よっぽど生きている気がします。しかしながら、私の価値観と盗賊たちの価値観は致命的なほどに合致しません。


 私のために排除せねばなりません。

 何よりも。


「泣き喚くアトリを見ているのは――面白くない」


 だから。

 私は言いました、、、、、、、


「死ね、愚物ども」


 暴言はゲーマーの嗜みです。


 溜息を吐いた私は、ふよふよと動くの辞め、諦念と共に呟きました。

 空気が、空間が心臓のように鼓動を始めます。まるで世界そのものが――この時を待っていたかのように。


「【神威、、


 膨大な闇の力を感じます。

 所詮、作り物のデータでしかないはずなのに、まるで本当に神の力が肉体に満ちていくような、万能感。


 言葉を紡いでいく度、私の周囲に夜が広がっていきます。


 その、システムから授かりし、私の公式チート固有スキルは。


顕現、、】」


 世界が闇に飲まれ、その後――、

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