第8章 邪神降臨編

第70話 とある社会人の脱落

▽第七十話 とある社会人の脱落

 脱サラしてゲームで食べていこうと思います。


 ありとあらゆる社会生活について、私は堪えることの優位性を感じません。つまらない、くだらない、面白くない――現実。

 ネット小説の世界のようなワクワクのない世界。

 しかし、よもや私が生きているうちにVRMMOが実際に生まれるだなんて……ずっとやりたかったです。


 ようやくプレイできる環境が整った頃には、すでに私は第三陣と遅きに失しております。


 それでも!

 それでも、理想の世界を生きていくことができる。それだけを心の支えに会社を辞めてきました。先輩たちの情報は収集済み……生活していくだけなら、わりと簡単とのこと。


 私は闇精霊を選択しました。


 やはり、現時点でもっとも成功しているプレイヤー・ネロは参考にするべきでしょう。まあ、絶対に必要な【顕現】は取得いたしましたが。

 問題は契約対象です。

 第三陣から選択できるようになった混沌都市群メテオアースは、今までのフィールドよりも広大だそうです。


 エルフだけの街、ヒューマンだけ、ドワーフだけ、獣人だけ、その他、混合――と都市ごとに特色が異なるようですね。

 できればエルフ、しかも美少女と契約したところです。

 むさい男はNGです。


 ……しかし、です。


 私がとある都市のスラム付近を浮遊していた時です。一人の青年が必死の形相で逃げ惑っています。スラムの薄汚れた、汚物さえ撒き散らしてある路地裏。


 真っ黒な夜の中、月夜に照らされた世界の舞台端での一幕でした。

 顔面を腫らした青年が、ど派手に転んでしまいます。


「う、うう……どうしてだ。どうして俺は何もうまくいかない。嫌だ、こんな人生……嫌だ、こんな――クソみてえな世界!」


 無様に転がる青年の姿に、私は胸を打たれました。

 この青年は私だ。

 くだらない世界に絶望して、退屈して、飽き飽きして……でも世界を作り替える知恵も力もなく、意志もなく、ただ漠然と心が腐っていく。


 私にはきっとVRゲームがある。

 でも、この青年には何も。

 思わず、私は汚れた青年の元に向かいます。ボロボロと情けなく涙を流す青年に、私は、闇精霊のミリムは囁きました。


『青年、世界を、くだらない世界をぶち壊す力がほしくはないですか?』

「な、なんだおまえは。俺は死ぬのか?」

『契約しましょう、青年。そうすれば貴方は世界に勝てる』

「は、はは……いよいよ俺も頭まで壊れちまった。勝てるわけねえ。俺は生まれてから一度だって、何かに勝ったことがねえんだ」


 でも! と吠えるように青年が月夜に叫びます。


「俺だって勝ってみてえ! 見下してきた奴らに、スラムから出て行った賢い奴らに、スラムに馴染んだクソカスどもたちに、死んでいった馬鹿どもに――一度で良いから勝ってみたい! こんなクソみてえな世界、ぜんぶ、ぜんぶぶっ壊してえよお!」

『ならば、契約です。どうせ失うモノもないのでしょう?』

「ああ、そうだ! 契約してやる! 寄越せよ死神! 俺に力を!」


 契約が成立しました。

 と、そこに突如として激しい足音がやって来ます。無粋な狼藉者の出現でしょう。先頭を掛けるのは、斧を手にした禿げ頭です。顔が怖い。


「おい、見つけたぞ。スタークの馬鹿だ! もういよいよ殺せ! どうせ生きてても仕方ねえ奴なんだ。なんの意味もねえ奴だ!」

「お、おい、死神! なんとか、なんとかしろ!」


 やれやれ、と私は肩を竦めます。

 まあ、精霊の肉体に肩なんてないのですけどね。私は呟きます。


「【ダークネス・バーサーク】」


       ▽

「さてアトリ。世界樹もかなり成長しました」

「はい、神様! すべて神様のお力……ですっ!」

「今回はばかりはアトリの功績でしょう。良くやりましたね、アトリ」

「お……わあ! !」


 感激したようにアトリがぽろぽろと涙を流し始めます。情緒の不安定さは彼女のパーソナリティーなので否定しません。


 ですが、幼女の涙は気まずいですね。


 アトリの功績によって、世界樹はすくすくと成長しました。今や一丁前に自衛能力も有し、近づいたアトリ以外の存在――私もです。シヲは含まれません――に枝鞭を放ちます。

 ちなみに私を叩いた世界樹にぶち切れたアトリが、【死神の鎌ネロ・ラグナロク】をぶち込んでしまうアクシデントもありましたね。両断された世界樹を見た時は焦りました。翌日以降、普通に成長したので良かったです。


 蔦犬も発動できるようになった世界樹は、そこそこの魔物となりました。


 テイムモンスターではないので連れ歩けないのが残念です。まあ、世界樹って歩けないと思いますけど。


 また、森的にも魔物的にも、世界樹の存在は大歓迎のようです。

 襲うどころか守っているレベルでしょう。ここは人も寄りつかない僻地なので、世界樹が狩られてしまうことも……まあ、中々にないでしょうね。


「とりあえず用意していた飲食物も、物資も尽きました。マリエラに戻りましょう」

「……うん、です」

「また戻りましょう。偶にはレベル上げもせねば鈍りますよ」

「! ボク、頑張るです」


 アトリが拳をぎゅっと握ります。

 小さくぷにぷにした手ではありますけれども、現実の私ならば一締めで殺せる膂力が秘められております。げに恐ろしや異世界ファンタジーVRMMOですね。


 私はアトリの頭部に着地し、慰めるようにポンポンと跳ねます。


「まあ、また戻りますとも。世界樹の素材は大事ですし、ここは私たちの家ですからね」

「……ふへへ。ボクと神様のお家。ボクと神様だけのお家お家お家お家」

「お家ですねー」


 一ヶ月は堪能しました、スローライフともお別れです。


 まあ、リアル時間では一週間と少しですが。


 空白地帯は今や立派な大樹、それを囲う花畑で構築されております。その真横に立つのは漆黒の家。

 井戸も掘ったので、それもあります。


 シヲの【土魔法】が活躍しましたね。あまりMPが多くないシヲは魔法は不得手ですが、作成したMPポーションを無限に飲んで対応していました。

 あとで確認したのですが、あのポーションは激マズです。


 シヲからの私への好感度が下がりました。ちょうどミミックからの親愛度は要らない、と思っていたので良かったです。負け惜しみではありません。

 我々はシヲに乗り、マリエラに向かいました。


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