第71話 強制任務

▽第七十一話 強制任務

 凱旋しました。

 誰もアトリの帰還の意味を理解していないため、可愛い幼女と擦れ違った、くらいの凱旋パレードです。


 今回の我々はひと味違います。


 だって蘇生薬を持参してきておりますからね。この薬はデメリットが激しく、戦闘向けのアイテムではありません。


 ですが、ひとつあれば不意の事故を防げます。


 権力者やお金持ちは絶対に持っておきたい一品でしょう。しかも、エリート錬金術師たる私ならば、この蘇生薬は作り放題だったりします。

 世界を掌で転がせちまうぜ、です。

 国家錬金術師に抜擢されたら、どうやって断りましょうか。


 そうやって気分よろしくギルドに到着したところ、慌てた様子で受付員が駆け寄ってきました。彼女はアトリの顔を見て、身体を無遠慮に弄り、腹を蹴られて床に伏せました。

 良かったですね。

 アトリがアーツを使っていたら、腹が蹴破られていたところですよ。


 息も絶え絶えに受付員が呟きました。


「も、もうしばげ……ます、マスターが、およ、およよ」

「? 神は言っていた。大抵のモノは殴ったら治る」

「! はあはあ、マスターが呼んで、おり、ます」

「うん」


 アトリは受付員を気にすることなく、無表情でギルドマスタールームに向かいます。果たして、ギルドマスターはアトリを優等生と言いましたが、撤回するなら今のうちですよ。

 回復ポーションを置いておきます。

 悪いのは向こうですけれども、私は慈愛の心でお金は取りません。


 マスタールームに到着します。


「よく来た、アトリ。申し訳ないのだがマリエラのAランク以上の冒険者に、現在は強制任務が発行されてしまっている」

「強制任務?」

「ああ。Aランク以上の冒険者は優遇を受けられる。だが、そのメリットと同時、デメリットというものも存在してしまうのだ。それこそが強制任務。いつも優遇しているから、こっちのお願いも聞いてね、という制度だね」

「神は言っていた。自由とは責任を自分で持つこと。構わない」

「助かる」


 詳細を書き込まれた羊皮紙を渡されます。

 少しだけ文字を勉強したので、アトリは苦戦しながらも読んでいきます。しばらくして解読したところによれば、最近になって強力な盗賊が出現したようです。


「組織の名は《脱落会》というそうだ」

「《破壊会》の仲間?」

「なんだね、それは」

「覚えてない」


 名称だけ記憶していたようです。

 アトリと共にレイド・バトルロワイヤルを戦った集団のギルドネームですね。彼らはPSは微妙でしたが、近接DPSとしては中々のモノでした。

 役割としてはロゥロに近いです。


 今回のクエストは《脱落会》を名乗る盗賊組織の壊滅が目的です。

 基本、全滅させてよろしいとのこと。

 誘拐された女性たちの安否よりも、もはや殲滅を優先する段階にあるようです。さすがは異世界を舞台にした民度ですね。


 数組の冒険者が挑んでは、何の情報も持たずに返り討ちにあったご様子。


「推定脅威度はSだ。可能ならばアトリはパーティを組んでことに当たってもらいたい。Aランクのあんたは急がなくて良い。ゆっくり準備してくれ。さもなくば死ぬ任務だ。うちとしては受けるだけ受けておいて、静観することをおすすめするね」

「要らない」

「あんたと同じAランクが、しかもベテランの集団が挑んで負けているのだよ。まあ、そこは他の街の冒険者だったので、その実力のほどは伝聞でしか知らないのだが」


 相当に強力な未知の敵です。


 強制任務のために報酬は、いつもとは比べものにならないほどに豪華だそう。

 ただし、依頼書によれば積極的な参加は推奨されていないようですね。ギルドサイドも貴重なAランク冒険者を失いたくないようです。


 この強制任務はあくまでも「上位冒険者に対する脅威の周知」ならびに「倒せそうなら頼む」「Aランクが挑むなら気をつけて集団でね」というお知らせの色が濃いクエストのようですね。


 低級冒険者よりも重用されつつ、情報アドバンテージが得られました。


 内容的に《独立同盟》案件かもしれません。

 けれども、今のところジャックジャックは敵を捜索し、ヒルダやメメは第一フィールド奪還に専念しているようです。


 面倒ですし、招集を掛けたくはありませんね。


「アトリ、クエストは受けましょう。パーティを組むかは追々決めると言ってください」

「神は言っている。受ける。パーティを組むかは追々決める」


 こくりとギルドマスターが頷きました。

 彼女は威厳たっぷりに組み合わせた手甲に顎を乗せ、言いました。


「ところでアトリ。《破壊会》とはなんだね。それはうちも入れる会なのかね」

「知らない」

「破壊! 良い響きだ……」


 この人はアレな人なのでした。


       ▽

 とりあえず、私たちはギルドで蘇生薬の販売を試みて失敗しました。


「そんなすごい薬、ギルドで売るやつがあるか! Aランクだし、嘘ではないのだろうけど……だよな? な? 生き返る薬ってマジか……」

「嘘じゃない。使ってみる?」


 アトリが受付けの男性(女性はアトリを見て逃げました)に大鎌をちらつかせます。


 ひい、と受付員が悲鳴を上げました。それから困ったように眉を寄せます。蘇生薬なんて一組織が買い取れるわけがありませんよね。

 しかし、そうなればこの薬は何処へ降ろせば。


「そうです。マリエラにはやり手の魔女がおられます。彼女ならば買い取ってくださることでしょう。どうです?」

「解った」

「良かったです。しかし、ギルドとしても蘇生薬には関心がございます。続報などがありましたらご連絡ください。報酬は出しますので。また、私からも魔女様へはご連絡しますけど、彼女は偏屈なので……」

「解った」


 アトリは軽く頭を下げた後、言われた通り魔女の家を目指しました。

 家を見つける前に、私は軽く攻略wikiで魔女を調べておきます。どうやら生産職の総称らしく、魔女薬などを作成することができるようですね。


 ポーションとの違いはよく解らない、とのこと。


 色々とユニークなようで出会うのが楽しみですね。

 そうしてマリエラの街を行きます。この街はオーソドックスな中世ヨーロッパ風の町並みです。石造りの街並みは、魔法で整えられてしっかりとしております。


 よく言われる排泄物が路上に放置、ということもないようです。

 すべては魔法の力でしょう。あるいは衛生を保つスキルがあるのかもしれません。まあ、あくまでもゲームなので、そこまでリアルは求めていなかったのでしょう。


 やいやい言う屋台通りで食事を手に入れます。

 アトリが優雅に串肉に齧り付きます。小さな歯が厚い肉を引き千切ります。肉汁は多いですが、それを飛び散らせるような愚は犯しません。


 スローライフ中、適宜、動物を狩って食べていましたからね。


「着いた……ですっ!」

「ノックしましょう」


 アトリが扉をノックしました。

 魔女の家は如何にも魔女の家、という風ではありません。隣の家との違いさえも解らない、とてもありふれた一軒家でした。

 蔦とかも生えておりません。

 本当に魔女の家なのか、という疑問を持ち始めた時です。


 扉を開けて全裸の少女が現れました。青色の髪が寝癖で跳ねに跳ね、ちょっとしたジャングルのようでさえあります。

 眠そうな眼。

 ぐしぐし、と顔を手の甲で拭います。

 ボンヤリとした目線。彼女はアトリと私、シヲの順番に指を指して呟きました。


「死ね」


 ばたん、とドアが勢いよく閉まります。

 アトリが勢いよくドアを蹴破ります。扉の真後ろにいた魔女さんは、扉に巻き込まれて吹き飛んでしまいます。


 魔女さんは思ったよりも機敏に立ち上がります。

 手には樹の杖が握り締められておりました。


「なんだなんだ! いきなり攻撃して来やがって死ね! 強く死ね! あちしはこれでもレベル70台のBランク冒険者でもあるんだぞ。死体を作ってやる! 死ねっ!」

「死ぬのはお前」


 大鎌を持ったアトリが対峙します。

 おそらく魔法使いの魔女さんでは、この距離のアトリには勝てないような気がしますね。とくに【ケセドの一翼】を使用すれば、アトリはほとんど死ななくなります。


 スキル【天輪】と【イェソドの一翼】による補助、ならびに私の精霊補正が【HP】に掛かっているため、クリティカル以外の要素では中々に死なないアトリです。

 一方、アトリは即死させ放題。

 私もいるので状態異常耐性が疎かだったら、もうどうしようもありません。


 とはいえ、です。


「アトリ、いきなりお邪魔したのは私たちです。まあ、いきなり死ねは酷いですけどね」

「神様に死ねって言った、です。神様は死を超越した存在なのに!」

「ですねー」


 蘇生薬を販売することが目的です。


 ある意味、私は本当に死を超越しておりますね。

 とりあえず、アトリの意向を尊重してみても良いかもしれません。一度、魔女を殺害して蘇生し、そのお薬を売りつけるというのはアリでしょう。


 この魔女が【鑑定】を持っていないかもしれませんしね。


 手っ取り早く効能を信じてもらえそうです。むしろ、これは殺すべきなのかもしれません。アトリの野性的な判断は、時折、妙に真理に辿り着きます。

 私が「殺害OK」しようとした寸前。

 シヲが私を引っ張り、手を伸ばしてきます。彼女の意をくみ取って蘇生薬を渡します。それを魔女に見せつけたところ、急に魔女が目を丸くして背筋を正します。


「それは……【ミドルーザの瞳】起動」


 魔女が棚から取り出した、丸眼鏡を装着しました。どうやら、その眼鏡には簡易な【鑑定】効果があるようです。

 びくん、と魔女の背が仰け反ります。

 喜色満面の声音。


「それ! それ世界樹を使ったアイテム! 何処で手に入れた!? あちしも世界樹で薬作りたい!」


 どうやら魔女とのイベントが進んだようですね。

 殺すルートでも良かった気もしますけど、穏便に進むほうが楽かもしれません。様々なゲームをプレイしてきた私です。

 ダーティな方法には、それ相応のしっぺ返しが用意されていることは知っております。


「世界樹の素材なんてよく見つけたな!」と魔女がニコニコで言います。

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