第60話 初見殺し

▽第六十話 初見殺し

 並んでボスエリアに突入した。


 と同時、ドワーフ戦士のメメが駆け出す。手には巨大な鋼鉄製の盾を構えている。その盾は表現するならば――近未来的な装甲でしょう。


 もしや、と目を丸くした私が反応するよりも早く。


「ようこそっす! 死ね!」


 巨大なアンデッドに変化していたゲヘナが、出会い頭に数メートルもある大剣を叩き降ろしてきました。

 爆撃のような一撃で、初手で壊滅の危機です。


 ですが、ゲヘナの攻撃に対してメメが動きました。


「展開【世界女神の忍耐ザ・ワールド・オブ・ペイシェンス】!」


 三秒間、パーティメンバーを無敵化する装備スキルです。

 話だけは聞いていましたが……まさか神器だったとは思いませんでした。このチート装備こそがメメとゼロテープさんがイベント個人ランキング4位に至った理由でしょう。


 ゲヘナの奇襲を無効化します。

 圧倒的な質量を伴った攻撃を、ジャックジャックは掲げたレイピアで受け止めます。神器の効果がなければ殺されていたでしょう。


 にやり、とジャックジャックが笑います。


「カウンターじゃ」


 レイピアが黄金に輝き、ゲヘナの大剣がへし折れました。どうやらジャックジャックが何らかの奥の手を放ったのでしょう。

 私たちは戦闘開始と同時に、すでに二枚の切り札を消耗しました。


 作戦通りです。


 一気に攻め落とします。


「アトリ、【イェソドの一翼】を使用です」


 アトリが頷くと同時、二枚あった翼がひとつ消失します。バフが消える代わり、アトリの目が虹色に輝き始めます。

 スキル【天使の因子】のアーツがひとつ【イェソドの一翼】。


 この翼はHPにバフを掛けるアーツですが、使用状態では――「数秒先の未来が見える眼球」が手に入ります。

 どのような原理かは不明ですが、まあ、AIによる超高速思考、とかでしょうか?


 アトリが歩き出します。

 ゲヘナは無数のアイテムを【テンペスト・ブースター】で放ってきます。

 その殺戮の嵐に対し、アトリは身を左右に振るだけで完全に回避していきます。どのような攻撃も「数秒前に見えていれば」躱せないはずがございません。


「開け」

「【死を満たす影】」

「万死を」

「讃えよ」


 巨大化したことにより、五メートルはあろうというゲヘナの巨体が、怯えたように後方に跳びました。ですが、アトリは気にせずに大鎌を一閃しました。


「【死神の鎌ネロ・ラグナロク】!」


 一閃。

 巨大化した闇の一撃は、距離感を無視してゲヘナの肉体を真っ二つに刻みます。血飛沫が大いに上がり、アトリが血塗れになってしまいますが……、


「まだ生きてる。続いて」

「無論」


 ジャックジャックはすでに駆け出しており、遅れてアトリとメメが続きます。

 初期位置では【詠唱延長】によって火力を高めたヒルダが、勢いよく杖を振り上げていました。


「固有スキルだよ。【共鳴魔術】――【バースト・イグニス】!」


 一瞬だけ【顕現】した田中さんとヒルダが魔術を同時に発動します。暴風と業火が組み合わされた、破壊力に特化した、炎の竜巻がゲヘナに襲いかかります。

 ゲヘナが絶叫をあげます。


 ジャックジャックが錆びだらけのレイピアでゲヘナを貫きます。

 アトリが【死導刃】と【吸命刃】【殺生刃】を乗せた一撃を叩き込みます。

 メメが短剣を投げつけました。


 ゲヘナが肉体を八つ裂きにされ、その場から吹き飛びました。ですが、まだアナウンスはなく、どうやら仕留められなかったようです。


 初見殺しのラッシュが防がれたわけです。

 こうでなくては……面白くありません。


「いやあ、最悪っすね。神器持ち、鑑定無効化してくる狂戦士幼女、元同僚に、馬鹿みたいな魔法を撃ってくるイケメン……俺っちはソロっすよ?」


 上空にゲヘナはいました。

 背に巨大な朽ちた翼を生やしております。


「俺っちの種族は【アンデッド・キメラ】っすわ。あらゆる魔物の因子を肉体に取り込んで、その仕事を真似してるんす」

「自ら手札の開示とはらしくないのう、ゲヘナ」

「はは! 戦場の俺のことなんか知らないでしょ、ヨハン!」


 上空のゲヘナがアイテムボックスより巨大な――石像を射出してきます。


「いい加減、長い……」


 アトリがウンザリしたようにゲヘナに言います。

 まあ、ゲヘナもNPCながらに生きていますからね。必死に脅威(死神幼女)に抗っているのです。


 逃走特化ボスということもありますが、立場が逆のような気がしますね。


 迫り来る石像を走って回避。

 続けて落ちてくる石像の間隙を駆け抜けます。一部はアトリが大鎌でぶった切ります。


「落とします」と私。


 私が【敵耐性減少】と【プレゼント・パラライズ】でゲヘナを落とします。石像の直後、ゲヘナの巨体が大地に激突しました。

 しかし、土煙の中、騎士姿のゲヘナが飛び出してきます。


「さあ、見切れるっすか! 俺っちの真の剣術は!」


 手にした大剣が豪速で振るわれます。

 先程よりも圧倒的に速い。おそらく、スキル【逃走術100】をグリッジ使用しているようです。つまり、攻撃に「逃走行為」交えることにより、自身の速度を一瞬だけ倍速以上にしているわけですね。


 腕を引く際、逃げる動作で引く。

 踏み込みの際、逃げる動作で踏み込む。


 そうすれば攻撃や防御行動にも【逃走術】が乗るわけですね。


 それらの攻撃によってノーモーションの連撃が放たれます。タンク役であるメメが腕を切り落とされ、ジャックジャックが腹部を深く斬り裂かれて後退しました。

 圧倒的な敏捷差。


 後に引けないが故に情報の開示を躊躇わなくなってきたようです。


「理解しました」

 闇精霊たる私が渾身の笑みを浮かべます。見えませんけどね。


 ようやくゲヘナの底が見えました。

 手札を隠されたままでは、こちらも全力を出せません。防ぐ手段があれば切り札を使った側が不利になりますからね。

 ですが、ようやくアトリの枷は解かれます。


「覚悟は良いですね、アトリ」

「うん……はいです! 神様!」

「よろしい」


 他の前衛が落ちたのを確認した後、アトリの翼のひとつが消失します。【天使の因子】アーツのひとつ【ケセドの一翼】を使用。

 消えた翼に代わり「クリティカル攻撃を通常ダメージに変更」効果が5分付与されます。


 アトリが突撃します。

 なんの細工もない特攻。しかし、死神幼女の大鎌は極大の闇を纏っております。それはライフストック全消費の【死神の鎌ネロ・ラグナロク】によるものです。


 その威力を知っているゲヘナは、あえて真っ向から剣を構えます。


「当たるよりも先に斬り殺せるっすよ、俺っちは」

「やってみろ」

「はっ!」


 目にもとまらぬ斬撃がアトリを襲います。

 私の動体視力では【ダーク・リージョン】のタイミングを合わせられません。止める間もなく、アトリの首に大剣がぶち込まれます。


 ですが【致命回避】が発動します。


 一撃。

 奥義【死神の鎌ネロ・ラグナロク】がゲヘナに炸裂します。


「が、あああああ! まだっすよお!」

「神は言ってる……ボクの覚悟は決まってる」

「じゃあ! 大人しく死んどけっす!」


 ゲヘナは止まりませんでした。

 即座に【逃走術】を乗せた神速の切り返し、アトリのか細い首を握り潰しました。コロコロ、と音を立ててアトリの首が地面を転がりました。




 落ちた首が呟きます。




「【テテの贄指】使用。――万死を讃えよ【死神の鎌ネロ・ラグナロク】!」


 首を失った幼女の肉体が、当然のように極大の闇をゲヘナに叩き込みました。


       ▽

 スキル【再生】で首を戻したアトリは、調子を確かめるように首を左右に振ります。そのあり得ない光景をゲヘナは唖然と眺めています。


 屈した膝。

 ミイラの顔が恐れるようにアトリを見上げていました。


「あんた、本当に人間なのか?」

「ボクは邪神ネロさまの使徒」

「……邪神っすか。はあ、すみませんね、魔王さま。今回の作戦……成功はしましたっすけど、完璧にはこなせませんでしたわ」


 身体が崩れていくゲヘナ。

 消滅の間際、ゲヘナはジャックジャックを睨んで叫びます。


「最後の街で待ってるっすよ――ヨハン! お嬢さんも連れて来い!」


 ゲヘナの肉体がポリゴンのように砕け散ります。

 その、直後。


【ワールド・アナウンスを開始します】

【プレイヤー・クラン《独立同盟》の手により、第二フィールド・ボス《徘徊騎士のゲヘナ》が討伐されました。第三フィールド混沌都市群メテオアースの時空凍結が解除されます】

【これに伴い、第三陣の受付を開始します。Spirit Guardian Onlineの新たな配布が決定しました。都市の規模に合致させ、次のソフト配布は五万人を予定しております】

【以降、フィールド・ボス《徘徊騎士のゲヘナ》は弱体化された状態で再戦が可能です。ふるってご参加ください】




 アナウンスが流れていきます。


 どうやら私たちのグループは《独立同盟》で認識されているようですね。これって解散したら誰が討伐したのかバレないのでは?

 いえ、工作が露呈するほうがリスクでしょうかね。


【以降は個人アナウンスです】

【フィールド・ボス初撃破を記念し、プレイヤー・ネロに固有スキルを贈与します】

【また、ゲヘナ初撃破を記念し、契約者アトリの適合を合意します】

【プレイヤー・ネロの口座に一千万円をお振り込みいたします】

【今後も救世を深くお願いいたします】


 適合を合意ってなんでしょう。

 それはともかく――待望の一千万円だああああ、です。

 歓喜する私を余所に、ふと新たなアナウンスが耳朶に響きました。


【ワールド・アナウンスを開始します】

【魔王軍幹部《深淵美姫のアリスディーネ》によって第一フィールド人類王国アルビュートの首都が壊滅しました。以降、第一フィールドは魔王領となります】

【新規プレイヤーの開始地点に第一フィールドが選択不能となります】


 ゲヘナの作戦の正体が判明したようです。

 我々の目的はゲヘナ討伐だったので、とくに気になりませんが……掲示板は阿鼻叫喚かもしれません。




――――――

書く場所がなく、書けるのがだいぶ先になるので補足説明しておきます。

ゲヘナは魔王に寝返ることにより、大幅に弱体化しております。彼の強さの根幹は固有スキルでしたが、それがアンデッドになって変わってしまいました。

それでも彼が四天王なのは強さよりも、作戦実行能力を買われてです。

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