第59話 フィールド・ボス・フィールド展開

▽第五十九話 フィールド・ボス・フィールド展開

 私たちはシヲを飛ばしたことにより、じつはかなり前からゲヘナとの戦いを観察していました。何組か先走り組みが壊滅したのを見ていました。


 その際、私はコッソリと【シャドウ・ベール】で様々なトラップを作成しました。


 その辺の岩や樹を透明化したり。

 闇魔法の【ダーク・ボール】を置いて透明にしてみたり。


 ゆえに、現状のフィールドはアトリと私に有利に働きます。敵はエルフなので森での戦いになれば不利です。

 他プレイヤーが森を伐採し、ここにゲヘナを追い立ててくれた成果が上がっていますね。


 ちなみに一人だけ助けたのは、後々のことを考慮してです。

 集団で協力して倒そう、という話なのに、先走ってフィールド・ボスを撃破しては風聞が悪いでしょう。


 ゆえに、私たちは「先走ったプレイヤーのNPCがロストしそうだったから助けた」というポジションを取る必要がありました。

 だから一人を救出する形で参戦したわけです。


 私は腹黒でした。ネロってイタリア語で黒という意味だそうです。

 自分の名前から取ったてきとーなネーミングで意味なんてありませんけどね。


 ですが、じきに集団の準備が整いそうです。

 戦闘しながら掲示板を確認した限り、あと五分もしないうちにゲヘナを包囲した、擬似的なレイド戦が開始されてしまいます。


 それまでには仕留めたいですが……


「たおす!」

「勢いすごっ! 若いって恐ろしいなあ。俺っちはもうおじいちゃんっすよ? 労ってくださいっすよ、お嬢さま」

「しね!」

「闇精霊さーん、教育の必要性を感じるっす!」


 軽口の中、両者の行動には迫力が伴います。

 言葉とは裏腹の真剣な眼差し。力と技術のぶつかり合い。


 凄まじい斬撃合戦です。

 縦横無尽に舞い、大鎌をバトンのように振るい続けているアトリ。多少の反撃は【再生】に任せ、果敢に攻めていきます。


 大鎌のアーツである【殺迅刃】と月光鎌術の【吸魔刃きゅうまば】を同時使用、掠り傷を負わせる度に、敵の選択肢を奪い続けます。


 月光鎌術の新アーツ【吸魔刃】は、命中する度にMPを簒奪するアーツです。


 アトリは奪ったMPを使い、消費の重い【ダーク・オーラ】を身に纏っています。ただ近づくだけで定数ダメージが入り続けます。

 起動しているアーツは【ダメージ付与】と【状態異常付与】です。


 がくり、とゲヘナの肉体が痙攣しました。


「!? ま、ひ……」

「獲る!」


 ゲヘナに状態異常が付与されました。与えた状態異常は麻痺であり、彼は数秒間、まったく動くことが不可能となります。


 六秒間の無防備。


「――ふ」アトリの狂信した瞳が紅く光ります。


 大鎌が縦横無尽に叩き込まれていきます。


 あっという間に【殺迅刃】のデバフ上限に達し、アトリは刃を【死導刃】に変更します。強制的にクリティカルするアーツです。

 ゲヘナが大量の血液を流しながら、慌てたように風魔法でアトリを吹き飛ばします。


 吹き飛ばされながらも、アトリは【ハウンド・ライトニング】で牽制を欠かしません。


 ゲヘナは追撃もできず、舌打ちを漏らしました。

 魔法を剣で叩き落としながら、手を虚空に突っ込みます。

 アイテムボックスから回復ポーションを取り出した直後、私がポーションに【ダーク・オーラ】を付与します。【ダメージ付与】により瓶が砕け散ります。


 ゲヘナが砕けた瓶を握り締め、私を睨み付けてきました。


「あー、ウザいウザい! 【ヘテーの指輪】使用!」


 ゲヘナが叫べば、彼が身に付けていた指輪が砕け、彼の肉体が回復します。どうやら回復する指輪だったようです。

 耐久度がゼロになったことにより、砕け散ったようですね。リソースを削れました。


「頃合いっすかね」


 ゲヘナは周囲を見回しながら、忌々しげに笑顔を作ります。


「やっぱり俺っちは逃げるほうが得意っすからね。今日はこの辺でさようなら」


 ゲヘナがポケットから煙玉を取り出し、それを地面に叩き付ける――振りをして、煙玉に【テンペスト・ブースター】を付与しました。

 煙玉がジェットパックのように作用し、ゲヘナを上空に連れて行きます。


 そのまま、ゲヘナが風魔法を器用に用い、空を逃げて行きます。【逃走術100】により、その動きは凄まじく、もはや追いつくことは不可能でしょう。


 遠ざかる姿に、私は肩を竦めます。まあ、闇なので解らないでしょうけど。


「……逃げられましたね、アトリ」

「あっち……ほかの人がいる。……です」

「そうですね。田中さんの作戦が通りました」


 ゲヘナが逃走した方向には人が少ないです。

 そっちへ逃げるように誘導しているからです。ゲヘナも気づいてはいるでしょうが、このままアトリと私に時間を掛けることを厭うたようですね。


 レイドチームが接近していることは、ゲヘナには理解できていたでしょうから。


「掲示板でレイドを呼びかけたのが田中さんです。だから、包囲にあえて穴を作り出すことも可能。その穴に自分やギルドメンバーを設置することも自由自在……ゲヘナは罠と理解していても、そちらへ逃げるしかない」

「……?」


 理解していないアトリが小首を傾げます。

 血塗れで大鎌を握った幼女ですが、その仕草は年相応で愛らしいですね。


「アトリは可愛いですね」

「え、あ……ふへへ」


 アトリは頬を抑えて、嬉しそうにしています。無表情ではありますけれども、アトリの感情は豊かに育っているようです。

 主に狂信方面への感情が発達しているようですね。歪ですね。


 親の顔が見てみたいです。

 もはや土の下ですけど。とくに確認する前に殺しちゃいましたからね。


「では、そろそろ私たちも向かいましょう」


       ▽

 アトリと共に森を抜けていきます。

 戦場予定地以外の自然は伐採されておりません。豊かな深緑の香りを楽しみながら、我々は半ばピクニック気分で歩いております。


 しばし魔物からの襲撃を受けましたが、難なく撃破していきます。


 五分も歩けば、我々は目的地に到着しました。そこにはギルドメンバーたちが勢揃いしているようでした。


 居るのは、エルフの老戦士ジャックジャック。

 ドワーフの戦士メメ。

 イケメン風美女エルフのヒルダ。


 それから十数名の見知らぬエルフたちでした。

 アトリが首を傾げます。彼女の瞳が見つめているのはエルフ集団でした。


「誰?」

「これは田中さまが集められたエルフの戦士たちです。どうやらゲヘナ対策に特化した、光属性の魔術師部隊のようですね」


 ヒルダがアッサリと答えてくれます。

 田中さんは野良でパーティを組むことが得意な人です。今回の協力者はエルフランドの正式な兵士のようですね。


 そういえば、かつて王女殿下を救った際、本命の戦闘部隊がいるとおっしゃっていました。あのエルフ部隊こそがゲヘナ用の戦力だったのでしょう。


 どうして、そのエルフ部隊が田中さんに従っているのか……


 よく解りませんし、あまり興味もございませんが……田中さんみたいなタイプを敵に回すのが一番面倒そうです。仲良くしましょう。


 私が田中さんの政治力に戦いていると、ジャックジャックが透明なドームを指さします。


「ネロ殿、アトリ殿。ご覧くだされ、ゲヘナはドームに籠もったようですのう」

「あれ、なに?」

「魔王四天王が発動する切り札じゃ。あのドームは【フィールド・ボス・フィールド】といって入れば誰かが死ぬまで逃走が不可能となる」

「ヘルムートと同じ?」

「ですじゃ。アトリ殿たちとの戦闘後、さすがに儂らに包囲されて観念したようですのう。諦めてドームに引き籠もったようですな」


 あのドームを展開することにより、アトリたちから受けたダメージも回復しているようです。逃げられないので、最後に一人でも多くロストさせよう、という魂胆でしょうか。

 ゲヘナは強力なボスではありますが……ヘルムートと違って勝てない敵ではありません。


 実際、私とアトリが組めば十分に討伐可能でしたからね。

 かつてイベント時、ジャックジャックは「アトリをゲヘナに挑ませるな」と仰っていました。が、あの時は私が全力でサポートしていませんでしたからね。


 私込みならば、アトリの大鎌はカンスト勢の首に掛かるのです。


「さ、まずはお茶会といきましょう」

 ジャックジャックは満面の笑みでお茶を用意しています。


 田中さんがアイテムボックスから取り出したテーブルに、さっさとお茶菓子が並べられていきます。

 ボス前ですが優雅ですね。

 アトリが私を窺ってきます。どうやらお茶会に参加したいご様子。私が頷く代わりに身体を上下に揺すってみせれば、途端に彼女は咲くように微笑みました。


 とてん、と用意されていた豪奢な椅子に腰掛けます。


「たのしみ」


 無表情ながらもニコニコした雰囲気をまとうアトリ。このウキウキに気が付けるのは、付き合いの長い私くらいでしょう。

 円形の卓にメンバーが着席していきます。


(ちょっと大物の集会みたいで楽しいですね)


 全員がタイプの違う美形なので絵になります。

 ただ、なんだか悪の組織の集会っぽいのは何故でしょう。イカレPK(本当はPKKらしいですが)のジャックジャックが居るからでしょうかね。


 お茶会が始まります。


 優雅に紅茶を味わい、ヒルダがニヒルに微笑みます。かなり慣れた仕草なので、彼女は高貴な身分なのかもしれませんね。


「素晴らしい香りだ、ジャックジャック殿」

「ふぉふぉ、儂の【茶道】スキルは100ですからの。紅茶に抹茶、コーヒーに至るまであらゆる飲料物は儂の意のままですじゃ」

「うち、お茶の味は解らんわ。……これ、がばがば飲んでええやつ? あとでお金取られへん? 取られるんやったら、ちびちび飲みたいんやけど」

「このふわふわは何?」


 アトリが出されたスフレに大興奮しているようです。

 もぐもぐ食べてしまい、あっという間にスフレが消失してしまいます。とても悲しそうです。これは今後、私が作ってあげる必要があるようですね。


 昨今の邪神はお菓子が作れるのです。

 カロリーって罪らしいですからね。その罪を許しましょう。


 お隣さんのように「作ってほしいオーラ」を露骨に出されれば萎えますが、アトリのようにジッと我慢するタイプには与えたくなってしまいます。


 天邪鬼な私でした。


 お茶会はゆったりと進みます。

 これから命を賭けたボス戦を控えているメンツには見えません。ですが、敵前の決戦前にて完全にリラックスできる胆力こそ、強者に立ち向かうのに必要な資質なのでしょう。


 その後、色々と雑事を片付け(お手洗いなど)、我々は並んでゲヘナのフィールド・ボス・フィールドに突入していきました。

 すでに茶会にて作戦は話し合っています。


 なお、田中さんが引き連れてきたエルフ軍団は置いていきます。

 フィールド・ボス・フィールドは大勢で挑めば、中身のボスが強化されてしまうようですからね。


 少数精鋭。


 私が口座預金の次に好きな四字熟語でした。

 こうして我々【独立同盟】とゲヘナの決戦が幕開けするのです。


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