第56話 選りすぐられたぼっちども

▽第五十六話 選りすぐられたぼっちども

 そもそもMMOとは、けっしてソロで語られるゲームジャンルではありません。

 このゲームジャンルは仲間を募り、多数の力を合わせてひとつのコンテンツをクリアしていく――要するにチーム戦必須のゲームです。


 そのような中、ソロを貫く者は――大抵がぼっち気質です。


 何か覚悟があってソロを貫く、というプレイヤーは珍しい。というのも、MMOに於ける個人の実力なんてたかが知れているからです。

 まあ、このゲームは単独でも多様なスキルが持てるため、ソロがやりやすくはありますが。


 ここに集まった四人のプレイヤー。

 そして四人のNPCたちは全員がソロの気風が強い、ぼっちたちのようでした。


「そ、その……あの、田中さん……はパーティを組むの、よく見るらしいけど」


 きょどりながら喋るのは、緑色の小型ドラゴン――ゼロテープさんです。彼は【顕現】した美少女たる田中さんにドギマギしているご様子。

 しかし、彼の意見はもっともです。


 この【独立同盟】は基本はソロで行きたいが、クランシステムも遊びたい者の集まり。

 ぼっち以外は排斥されるのです。

 だからぼっちになるのです。


 田中さんは面倒そうに首を傾げました。


「私もぼっちだよ。貴方たちの言うぼっちとは違うだろうけど」

「? ど、どういう……あの失礼なら、ごめんなさい……」

「基本的に臨時パーティしか組まない。固定パーティを持たない。そういうスタイルをさせてもらってるんだよ」

「にゃ、な、なるほど!」


 それもまたぼっちの形かもしれません。

 とくに《スゴ》は固定パーティであることが大半です。NPCたちが見知らぬ他人と組むことを厭うからでしょう。


 他のMMOのようにインスタントパーティシステムもありません。


 色々なパーティに臨機応変に参加するのは、ある意味でソロプレイかもしれませんね。

 緑のドラゴンが目をギュッと瞑ります。


「よ、要するに、オレらと固定を組むって、は、話?」

「違うかな。色々なパーティと組むほうが面倒が少ないもの。でも、クランはそうもいかない。だから、あるていどの強者と同盟を結んでおきたいってわけ」


 こくこく、と緑のドラゴンが頷きます。


「オレも固定を組むなら……その、断る。嫌われたくないし。長いこと接するの、無理……関係の維持、無理ゲーだし」

「そうね。MMOで関係の維持に尽力するくらいなら、プレイの精度を上げていきたいもの。だから、私はこのクランに魅力を感じている。全員が端から仲良くするつもりがなく、集団のメリットだけを享受する関係なら……ね」


 話を聞いている限り、ゼロテープさんが「結果的にソロ」であり、田中さんは「実利の面を見てのソロ」のように感じますね。


 チームを維持する面倒を嫌い、傭兵的な立ち回りをしているのでしょう。


 正直、彼らの会話には共感できます。

 ソロの利点を理解しているならば、彼らとは上手い距離感でやっていける気がします。

 私はアトリに代弁させました。


「神は言ってる。私は受けて構いません。固定パーティの集まりではなく、ソロがたまたま四組いる……という形が保てるならば、ですがね――と」

「オレも。それなら……」

「私も賛成します。美味しいクエストがあったら誘ってね。こっちも誘うわ。ソレ以外は基本的に干渉はなしで」

「……司会は儂なのじゃが。まとまったなら良かろう」


 こうして我々は「ソロ四人組」である【独立同盟】を締結したのです。

 そしてその夜。


 我々はゲヘナを強襲しました。


       ▽

 すでに掲示板ではゲヘナ討伐のために、大規模レイドを組む話が持ち上がっていました。

 敵は「逃走」に特化したフィールド・ボス。

 討伐するためには、まず逃げられないような場所が必要なのです。そのために大人数で囲んで逃走経路を潰す必要が出てきます。


 ジャックジャックが長い髭を撫で付けます。

 夜風に流れる白髭は、まるで龍のようにうねっております。皺の刻まれた目元が鋭く細められており、眼下、崖の下を彷徨っているゲヘナを睥睨します。


「羅刹○殿の言によれば、集団での戦闘は三日後じゃ。よもやゲヘナが烏合の衆に捕まるとは思えぬ……何よりもゲヘナの厄介さを思えば、おそらくは誘導じゃろうて」

「誘導?」


 と後ろで大鎌を抱き締めていたアトリが呟きます。

 それにジャックジャックが振り向き、月光を背に嗤いました。


「ゲヘナの現役を知る者なら、奴が逃げる意味も理解しよう。あやつは……敵が集合するのを待っておる。集まったところを一網打尽にロストさせるつもりじゃ」

「どうしていつもやらない?」

「また女神が時空凍結するからじゃろう。あるいは……エルフランドの守備が薄まることを見越し、自分を囮にして魔物軍でエルフランドを蹂躙するつもりか」

「? ゲヘナは賢いの?」


 首を振るジャックジャック。

 レイピアを手にした老爺は、溜息交じりに目を閉じる。


「あやつほどの愚者、儂は儂以外には知らぬ」

? お嬢の足ぃ引っ張った、あんたと同格はないっすよ」

「っ!?」


 ジャックジャックの背後。

 月明かりを背景にした、断崖絶壁があるはずの場所に――騎士鎧の亡霊が浮いている。


「アトリ」

「うん、はい!」


 すでにアトリは走り出しております。

 振りかぶられたゲヘナの剣に、大鎌を衝突させて火花を散らします。あまりもの攻撃ステータスによって、アトリの華奢な肉体が吹き飛ばされました。


 背後にあった樹をへし折り、アトリはどうにか停止します。

 ですが、地面に倒れたままです。


 丘に着地したゲヘナは、首を鳴らして剣を鞘に収めます。深い溜息。


「またっすよ、ヨハン。女の子に守ってもらうのだけは、昔っから得意なんすから」

「……ゲヘナよ、今からでもこちらに戻れ。お嬢さまを取り戻すのだ」

「もう振り切ったことっす。お嬢はあんたを選び、あんたはお嬢を救えなかった。それが物語の終わりにして、徘徊騎士ゲヘナの始まりっすよ……相変わらずうざいっすねヨハン」


 つい、とゲヘナがヘルムの下、壮絶に微笑んだことが解ります。


「つい、逃げんの忘れて……本気で殺したくなっちゃうじゃないっすか」


 ぞわり、と全身に粟が立ちます。

 かつて初めてレイドボスを目撃した時のような――圧倒的な格上と対峙した感覚です。


 ジャックジャックのレイピアが、ゲヘナの剣と激しく打ち合います。目に見えぬほどの数連撃。

 遅れて大量の火花。

 凄まじい剣戟の最中、老爺の頬を汗が流れていきます。

 戦況は――ややジャックジャックが押されているようです。


 しかし、ここで新手が参戦します。

 ヒルダとゼロテープさんによる奇襲です。


「【アクア・トーチカ】!」

「【ウインド・ランス】」


 ゲヘナの下半身が水の壁に埋まり、上半身に風の槍が叩き込まれます。それは大したダメージにはなっておりませんが、代わりに明確な隙を生み出しました。

 ジャックジャックの目が光ります。


 この瞬間を生み出すことこそが――目的でした。


 レイピアアーツ奥義【ヴァニタス・コネクト】!


 レイピアがゲヘナの喉、心臓、肺を同時に貫きます。

 がたり、とゲヘナが膝を折って、その場に倒れ込んでしまいました。それを見下ろすジャックジャックは顔に散った返り血を拭って呟きます。


「儂はもう弱いだけではないのじゃ」

「知ってるっすよ。だが、ヨハンも知ってるでしょ。俺っちがもう人類種ではなく、立派な立派な――アンデッドになったってさ!」


 急所を的確に撃ち抜かれたゲヘナは、嗤って背後に跳びます。

 そこは断崖絶壁。

 肉体を大の字に広げ、何の呵責もなくゲヘナは地に落ちていきます。外れたヘルムの向こうには――何もありませんでした。


「我こそは魔王軍四天王が一翼――【徘徊騎士ゲヘナ】!」

「待て、ゲヘナ!」

「落ちてるので待てないっすよ。久しぶりに話せて良かったヨハン! そして――あんたらの手口は見ちゃった。幼女のスキル構成は見えなかったすけど……それ以外の見えなかった気配の正体も知れたんで……次は壊滅っす」


 落ちていくゲヘナに向け、戦線復帰したアトリが【閃光魔法】を放ちます。

 アーツ【ライトニング・スナイプ】で胴体を撃ち抜いていきます。ですが、さすがに体力を削りきることはできず、気づけばゲヘナは森の中に消えていきました。


 我々は奇襲を失敗しました。


 青白い月明かりに照らされながら、我々は……笑います。


       ▽

 作戦通りでした。

       ▽

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