第6章 ゲヘナ討伐戦編

第55話 独立同盟

▽第五十五話 独立同盟

 リアルに帰還したと同時、私はすでにベッドに寝ていました。気持ち的にはベッドダイブしたいくらいですが、VRMMOはベッドで寝てプレイするモノです。


「なんだか変な感じです」


 ということで私はベッドから立ち退いてから、改めてベッドに飛び込んでみます。ちょっと腰が痛くなりました。

 悲しい気持ちと共に、私は睡眠を取ることにしました。


 それから十時間は寝続けました。

 よっぽど脳みそが疲労していたようです。あまり酷使することのない細胞が驚いてしまったようですね。


 目を擦ってから、とりあえず朝の支度を調えます。

 最近は掃除もサボっていますし、食材の調達も不十分です。


 本当でしたら足りているはずなのですが、お隣さんに強請られて奪われていきます。そろそろお金を取っても良いかもしれません。ですが、そのようなことをすれば「取引成立」です。


 私が「嫌だ」という主張が失われてしまいます。

 それを失うのは心のダメージです。それなら食料を奪われたほうが良いでしょう。


「あー、もうこんな時間ですか。アトリを放置するのは可愛そうですが……」


 この《スゴ》には時間加速がございます。ゲーム内は現実世界の三倍の時間が流れており、アトリの体感ではもう一日は会えていない計算でしょう。 

 べつにAIがどうなろうと、という意見もあるでしょうが……リアル過ぎます。


 オンラインゲームで実生活を破綻させるとは。


 ふとスマートフォンの通知を見ましたら、そこには大量のアトリからのメッセージがございます。軽く返信をしておきます。

 鳴り止まぬスマートフォン。

 なんだか面倒な恋人が出来たような気分になりますが、あくまでも相手は幼女なので素っ気なくするわけにはまいりません。丁重に扱わねば、です。


 ……寝過ぎてしまい、心配をかけてしまいました。

 一度、五分くらいログインしてから、改めて掃除や買い出しなりに――掃除は明日でも良いかもしれませんね。


 そうしました。


       ▽

 最速で用事をこなし、アトリに返信をしつつも、私はフレンドからの連絡に目を通していました。厄介なことに私にはフレンドが二人もございます。


 一人は羅刹○さん。

 もう一人はレレレさん、となっております。


 今回の通知は前者、羅刹○さんからの連絡です。どうやら第二フィールド・ボスを討伐するためにパーティを組まないか、というお誘いのようです。

 あとクランのお誘いでもありました。

 まったく、まったく興味がございません。ですが、MMOに於けるクランの重要性は理解できているつもりです。


 今後、クラン限定のイベントや要素も出てくることでしょう。


 よくソロクランを颯爽と率いていた私としては、このお誘いのメリットも理解できております。


「……パーティを組むくらいなら、まあ」


 ソロで行きたいところはあります。

 しかし、思い出すのはジャックジャックの忠告です。絶対に一人で「ゲヘナ」に挑むな、という言葉が思い浮かびます。


 アトリが苦手とする敵は限られています。


 たとえば、アトリのリジェネが間に合わないような超火力の敵。

 たとえば、アトリよりも素早い敵。

 たとえば、状態異常を使って来る敵。

 たとえば、アトリの大鎌が命中しないような小さな敵。

 たとえば、そもそも攻撃を完全に無効化してくるような敵。

 たとえば、アトリよりも――巧い敵。


 おそらく、ゲヘナは最後のタイプのように感じられます。圧倒的な技巧を有するヒトガタの敵は、そもそもアトリの攻撃がまったく命中しない恐れがあります。

 いずれ第三エリアへ向かうため、必ず倒さねばならぬ相手。


「ジャックジャックたちと一緒でしたら安全でしょうかね。弱体化する前のフィールドボスの報酬は魅力的ですし……組みますか」


 クランについてはメンバー次第です。

 この《スゴ》ではクラン設立に最低でも三人のNPCが必要のようです。アトリ、ジャックジャック、あともう一人で設立できるはずですが……


 私は詳細を詰めるべく、ゲームにログインすることにしました。あちらはゲームをプレイ中のようでして、時間加速のことを考えればゲームの中のほうが都合がよろしいです。


       ▽

「かみさまかみさまかみさまかみさまかみさま」


 縋り付いてくるアトリをあやしながら、私はゲーム内のチャットに挑みます。

 どうやら会って話したいようです。

 面倒なことこの上ございませんが、まあ、会話はアトリに任せれば良いでしょう。私が【顕現】を持っていないので、細かな会話ができない、という免罪符を持ちます。


 集合場所はエルフランドの冒険者ギルドでした。

 私が眠っている間だに、アトリたちはエルフランドに帰還しております。正直、シヲを含めた四人のNPCパーティならば安全でしたでしょう。

 とくに【死を満たす影】を進化させたアトリならば、尚更です。


 任せた結果、我々は二番目に集合場所に辿り着きます。


「よく来てくれた、アトリ、ネロさん」


 そう気さくに声がけしてくるのは、ジャックジャックの飼い主たる羅刹○さんです。相変わらずの巨体であり、ギルドの訓練場に収まりきりません。

 姿を見せてすぐに消え去ります。

 

 この世界、じつは体躯ボーナスがあります。

 つまり、大きければ大きいほどに攻撃力や耐久力が大きく適用されるのです。一方で敏捷性や運の値が少なく計算されるようですね。


 まあ、当たり前の判定かと思います。

 アトリとドラゴンの攻撃力が同じだったとしても、与える結果が同じなのは変ですし。


 ゆえに羅刹○さんの大きさは強さではあります。

 デメリットもございますけどね。狭い場所ではそもそも【顕現】できなくなったり、です。


「アトリ、他の人は? と尋ねてください」

「他の人は? と神が問うている」


 それに返すのはお茶を啜っているジャックジャックです。彼は訓練場の埃っぽい地面に座り込んで、立派な茶器で美味しそうにお茶会をしております。

 老体がゆっくりアトリを見上げ、破顔します。


「アトリ殿、お越しくだすって感謝ですじゃ。他の者は……ちょうどここに」


 ジャックジャックが見やった先、私たちも追いかけるように視線を合わせます。そこには二人のNPCがいらっしゃいました。


 一人は私も知った顔。

 田中さんというプレイヤーと契約しているヒルダです。

 覚えているでしょうかね。アトリは忘却しているようです。

 ヘルムートに挑む際、先に戦闘を繰り広げていたパーティのリーダーでした。アトリの肩を掴んだイケメン――風の美人です。


 美人の行いなので許せてしまえるのは、男女差別なのかもしれません。


「ヒルダはともかく、もう一人はどなたでしょう?」


 首を傾げる私に応じるように、ジャックジャックが紹介してくださいます。

 相手は小柄なドワーフの少女です。背丈はアトリよりも小さいのですが、そこに幼さはなく、立派な胸部装甲がたわわに実っております。


 背には巨大な盾、それから片手用の剣。


「このお方はメメ殿ですじゃ。あの夢の中、アトリ殿と競る戦果を叩き出したお方ですのう」

「メメ言います。よろしゅうな、アトリ!」


 メメ、という名前には覚えがございます。

 あのイベントの個人ランク、たしか四位に位置している人物です。契約者はたしか――、


「……ゼロテープだ。ネロさん、アトリさん、よろしく頼む……ふだんはソロなので、その、あまりコミュ力が高くない。失礼があったら許してほしい……」


 陰気そうな小型のドラゴン(柴犬サイズです)が、そっぽを向きながら呟きます。

 それは不機嫌さを表す態度ではなく、むしろ、他者と目を合わせられない、という弱々しい感じでした。


 掲示板によれば、ゼロテープさんはそこそこに有名なソロプレイヤーとのこと。


 あのヘルムートもソロ討伐した実績がございます。

 毒耐性を減少させるレアアイテムを使い、毒付与の剣で削ったようです。私たちが実績を叩き出した手法とはいえ、かなり珍しい打開方法でしょう。


 今のブームは、ロストせずに逃走が可能になったことを利用する作戦です。

 つまり、意味の解らない武器をヘルムートが持つまで、無限に逃走してリセマラすることですね。


 動画では「算盤で戦うヘルムート」や「糸を振り回すヘルムート」「トランプを手に戸惑うヘルムート」などの可愛そうな姿が見られます。


 相手の得意武器で戦う、というヘルムートの格好良い設定が殺されています。


 そのような感じで弱かったり、使いづらい武器を使わせ、パーティで滅多打ちにするのが流行のようですね。


 全員が揃って車座になります。

 地べたにアトリを座らせたくないので【クリエイト・ダーク】で敷物を創ります。みなさんがそこに座りますが……まあよろしい。


 こほん、とジャックジャックが全員にお茶を出した後、咳払いをしました。


「これよりクラン――【独立同盟】についての会議を始めましょう。とりあえずの司会は儂が担当させてもらおうかの。質問があれば適宜くだされ」


 こうしてソロの集まり――【独立同盟】についての説明が開始されます。

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