第57話 準備完了と反撃開始と
▽第五十七話 準備完了と反撃開始と
ゲヘナのことを知るジャックジャック曰く。
ゲヘナのもっとも恐ろしいところは、その偵察の手腕のようです。
敵の実力や手札を詳らかにし、勝つべくして勝つ――それがゲヘナの強さ。つまり、逆説的にこちらが底を見せぬ限り、ゲヘナは本腰を入れて攻めては来ないのです。
今回の戦闘はあえてゲヘナを誘い込みました。
そうしてゲヘナのスタイルを確認すること。それが私たちの目的でした。とくに実際に一度とはいえども刃を交わしたアトリは、ゲヘナと自身との差について理解したようです。
「それにしても怖いわあ」とドワーフ少女のメメが言います。
彼女はゲヘナではなく、アトリの横を漂う私を見ます。
「この闇魔法アーツ【シャドウ・ベール】? 言いましたっけ? 初めて使こうてるところを見たけど、敵対したらと思うと怖いんやけど。使って来る魔物っておるん?」
今回、私たちが開示した手札は、私の新闇アーツ【シャドウ・ベール】でした。このアーツは付与対象の姿を消してしまうスキルです。
ただし、激しく動いたり、攻撃行動をすると解除されてしまいます。
また、ゆっくりでも動けば、その風景がわずかに歪みます。写真の加工を失敗した時みたいな歪みが見えてしまいます。
そのアーツを使い、私はメメとヒルダの姿を隠匿していました。
まあ、ゲヘナは気づいていたようです。
おそらくは探知系のスキルを有しているのでしょう。あれは確認のためにあえて受けてみた、という感じでしょうかね。
「神様……ボクはまだ勝てそうにない。……です。ごめんなさい」
と肩を落としてしょんぼりアトリです。それに対し、私は言います。
「いいえ、問題はありませんよ、アトリ」
ゲヘナと戦い理解させられたのは、根本的な身体能力差――ではなく、戦闘に対する慣れでした。
単純に技術で大きく劣っているのです。
ステータス差は強引にぶち抜けるアトリですが、今回ばかりは相手が悪いでしょう。おそらくは近接武器系のスキルがカンストしています。
現状のアトリの【大鎌】【月光鎌術】【造園】の合計値は、ゲヘナに劣っているようです。
「ヘルムートに勝てた要因として、もっとも大きいのが【鎌術】で勝てていたことでしょう。あれがなければそもそも試合になっていません」
「もっと強くなる。です!」
「ええ、アトリ。そして、私たちは簡単に強くなれます」
ゲヘナとの差を体感すること……これが今回の目的でした。
達せられた、目的です。
「ゲーム内時間での三日後」
と【顕現】した羅刹○さんが指を立てます。
我々はその指を真剣な眼差しで見つめていました。
「三日後にゲヘナを討伐にかかるよ。ただし、全員……自由に動く。パーティも必要じゃなけりゃ組まない。どうせゲヘナは集団で囲んだら逃げに徹するからね。こっちが死にかけたら救援を要請する。この要請には原則として応じるモノとする」
これで良いかい、と羅刹○さんが全員を見渡しました。
我々は種類は違えども、全員があるていどの実力者です。あの数瞬のやり取りだけで、自分たちの課題は見えております。
どうやればゲヘナに勝てるのか、それぞれが道を見つけていることでしょう。
一番の問題はゲヘナが逃げることですが……
「次に会った時は壊滅、なんて言っておいて、絶対にまた逃げるつもりでしょうしね」
「神様からは逃げられない、です!」
「ええ、そのようにしたいですね」
我々は三日後。
つまり、大量のプレイヤーがゲヘナ討伐に集結する日を決戦の日と定めました。便乗して討伐してしまいましょう。
▽
【ネロがレベルアップしました】
【ネロの闇魔法がレベルアップしました】
【ネロのクリエイト・ダークがレベルアップしました】
【ネロのダーク・オーラがレベルアップしました】
【ネロの再生がレベルアップしました】
【ネロの鑑定がレベルアップしました】
【ネロのアイテムボックスがレベルアップしました】
【アトリがレベルアップしました】
【アトリの鎌術がレベルアップしました】
【アトリの月光鎌術がレベルアップしました】
【アトリの造園スキルがレベルアップしました】
【アトリの光魔法がレベルアップしました】
【アトリの閃光魔法がレベルアップしました】
【アトリの孤独耐性がレベルアップしました】
【アトリの神楽がレベルアップしました】
【アトリの詠唱延長がレベルアップしました】
【アトリの天使の因子がレベルアップしました】
ゲーム内時間での三日が経過しました。
王子亡き後のカタコンベにて、我々は大いにレベル上げを楽しませてもらいました。光属性のアトリには絶好のレベリング場所でした。
死者の冒涜はオススメ。
主な目的は【月光鎌術】と【造園】スキル上げです。
やはり武器スキルで敵を越えねば安心できません。どうやらゲヘナは私たちと同様、なんらかのズルをしているようです。
単純な合計値ならば、アトリはゲヘナ戦時に百を超えていました。
なんらかの方法でゲヘナはスキルレベル100以上の技術を有していたようです。この三日で少しでも追いつけたならば重畳ですね。
また、同時に【天使の因子】スキルも上げました。
名前【アトリ】 性別【女性】
レベル【53】 種族【ハイ・ヒューマン】 ジョブ【使徒】
魔法【閃光魔法38】【光魔法62】
生産【造園38】
スキル【孤独耐性54】【鎌術63】【口寄せ35】
【神楽52】【詠唱延長34】【月光鎌術35】
【天使の因子22】
ステータス 攻撃【160】 魔法攻撃【394】
耐久【292】 敏捷【397】
幸運【337】
称号【大罪・親殺し】
固有スキル【殺生刃】
こういう感じです。
鎌系はトータルで136まで上げました。おそらく、ゲヘナのスキルレベルは200くらいで、まったく数値的には不足していますが……そこは私がどうにか埋めましょう。
そのための精霊です。二対一です。
また、【天使の因子】で新アーツ【イェソドの一翼】を取得しました。
現在は左斜め上方向に羽があります。これで【ケセドの一翼】と合わせて一対になります。バランスが取れましたね。
このアーツは「HP上昇バフ」を所有しています。
羽スキルは「使用」することも可能で、使用すれば羽が一定時間消えますが、強力な効果を発揮することが可能のようです。
切り札ですね。
アーツ【ケセドの一翼】の使用状態は「五分間、クリティカルヒットを通常ダメージに変換する」という効果です。
それに対して【イェソドの一翼】の使用状態はかなり特殊で面白い効果となっております。
使うのが今から楽しみですね。
この手札にてゲヘナに再戦を挑みましょう。
「しかし、問題ですよ、アトリ」
「? どうした。です、か?」
「どうやら一部のプレイヤーが先走ったようです。すでに戦闘は開始されており……このままでは私たちが辿り着くよりも早く、包囲網が突破される恐れがあります」
「人間は愚か、です」
「精霊ですけどね」
ギリギリまでレベリングしていたのが災いしました。
慌てて私たちはシヲ(モードお馬さん)に乗り込んで戦場に向かいます。
▽どどん視点
鬱蒼と茂る森林地帯。
その一部がプレイヤーたちによって伐採され、小型の広場と化している。そこはゲヘナをおびき寄せて戦うための闘技場になる予定だった。
多数のプレイヤーがゲヘナを動かし、ここにおびき寄せ、集団で襲いかかる――はずだった。
「ちく……しょう……」
どどんは最前線プレイヤーの一人だ。
今まで二体のNPCをロストさせてきたが、今のNPCになってからは調子が良い。あのヘルムートさえも突破して、次はゲヘナを最初に攻略しようとしていた。
馬鹿だった。
「……な、なんで。なんでこんなことに!」
すでに組んでいたパーティは全滅していた。
どどんの契約者たるエラを除き、全員がロストさせられている。無数のNPCを積み上げたゲヘナは、面倒そうに首を鳴らしている。
「なんでって……愚かっすねえ。四天王っすよ、こっち。ちゃんと戦ったら強いに決まってるじゃないすか。逃げてる敵が弱い、なんて……俺っちたちは命懸けてやってんすよ?」
「よりにもよって何で今なんだよ! 今、本気を出さなくっても……」
「そりゃあ、百人以上に包囲されて? 馬鹿が数人だけ突っ込んで来たら殺すっしょ」
「……う、ぐ、うあ! にげ、逃げろエラ!」
どどんは慌てて契約者であるエラを見やる。
そこでは満身創痍の少年が地を這い、ボロ雑巾のように捨てられている。その姿は今にも周囲の死体に混ざってもおかしくないように見えてしまう。
決してエラは弱くない。
レベルにして68もあるのだ。元々、中級の冒険者として燻っていた彼を、どどんは献身的にサポートして強者に仕立て上げた。
称号だけでなく、固有スキルも強力な武器も用意した。
だというのに……ゲヘナは格が違った。
全員で囲むまで待つべきだった。最初の討伐者になることに拘るあまり、状況がまったく見えていなかった。
(俺は……俺は結局、並みのプレイヤーでしかなかったんだ……)
今更、気が付いても、もう遅い。
ゲヘナの掌が契約者に向けられている。すでに【顕現】の時間は切れてしまい、どどんはもう見守ることしかできない。
最後の瞬間を。
「だ、誰か! 誰か、助けてくれ! 謝るから! 全部、俺が悪かったからあ!」
エラには思い入れがある。
何日も何日も冒険を共にしてきた。ただのNPCだとは解っている。ゲームのキャラクターが死ぬだけだ。
そんなことで慌てる必要はないのかもしれない。
でも。
でも、このエラと過ごした時間は――どどんにとって掛け替えのない時間だったのだ。まるで本当の人間と話しているような、本物の友達ができたかのような。
性格の悪いどどんに、エラはいっつも苦笑いで付き合ってくれた。
『どどんくんはしょうがないなあ』
そう笑う彼は、どどんにとって――、
「やめてくれええええええ! 俺の、俺の初めての友達なんだよおおお!」
「残念だったっすねえ。契約した精霊が馬鹿で可愛そうっすわ」
風の弾丸が放たれる。
暴風を直に叩き込まれるような一撃……壊滅必至の一撃。
巻き上げられた砂塵で、一帯が白く染まっていく。しかし、その真白の中、より純白の存在が乱入してきた。
どどんは涙でいっぱいになった目で――
砂塵を肩で切って現れたのは。
どどんの前方。
大鎌を気怠げに背負った――死神のような威圧を持つ、幼女が立っていた。
その濃密な死の香りとは真逆に、頭部に天輪を、背には対の翼が生えて天使のようにも見えてしまう。
矛盾した、純粋に美しい――その姿。
「あ、アトリ!?」
目を見開くどどんの声なんて聞かず、死神幼女は目をぐるぐると狂信に回し、恍惚するように微笑んだ。
「神は言ってる」
必殺と言えそうな魔法を、大鎌でぶった切った幼女が得物を向け、ボスに宣言する。
「お前はここで死ぬ」
「へえ、怖いっすねえ。――女・子ども殺すの、騎士としてマジで怖いっすわ」
ゲヘナが剣を構え、アトリが大鎌を引っ提げて飛び込んだ。
本当のトッププレイヤーの戦闘が幕を開けた。
どどんはそれを涙塗れに見守り、そして祈ることしかできなかった。
闇を纏った幼女が――狂信に目をグルグル回し、昏く口端を吊り上げている。
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