第36話 カタコンベの秘密
▽第三十六話 カタコンベの秘密
土下座するエルフたち。
泣きそうな顔で頭を下げようとしているも、王族として下げられない王女殿下。それをボンヤリとなんの感情もなく眺めているアトリとシヲ。
漂うダーク・スピリットの私。
という奇妙な絵面が完成しております。
どうやらエルフたちは良心的な種族だったようで、王女殿下を蹴り付けたことだって『戦士にいきなり飛び掛かるなど、殺されても文句は言えませぬ! 蹴りで済ませてくださりありがとうございました』と感謝されたくらいでした。
さらに、私たちがエルフ美少女を「王女殿下」だと認識していないと思われたようです。彼女こそがエルフの王女殿下だ、と説明もしてくださいました。
まあ、私もアトリも理解はしていました。
アトリは理解した上で不意打ちを警戒して蹴ったわけですが……
神に許されている(詐称)からといって、アトリが暴力的にならないか心配です。言ったら聴くのが幸いでしょうか?
「アトリ、もう良いでしょう。早く話を聴きたいですしね」
「神は言ってる。もう良い。早く話を訊きたい」
エルフたちが一斉に立ち上がり、もう一度だけ深く礼をしてから、本題を切り出します。
「我らが向かう先はカタコンベ……エルフの王族たちが代々眠る大規模な墓地となっております」
「ボクたちもそこに行く。だめ?」
「いえいえ! 我らエルフ族は本来、墓地を作らぬのです。樹葬をするのです。が、王族だけは特例としてカタコンベへ埋葬されるのです。それは誇りこそすれ、多種族から隠すような物ではございません」
「じゃあ、勝手に入る」
「是非、ご見学くださいませ。あ、こちらがカタコンベのパンフレット――ではなく! ではなく! ついお仕事をしてしまいました」
反省する美形エルフのセッバス。
取り出したパンフレットを懐へ仕舞いながら、
「ここ数百年、我らは時空凍結をされていました。それゆえにカタコンベが魔物やアンデッドの手に落ちているのです。我らはそれを奪還するべく動いております」
「……へえ」
あ、アトリが興味を失っています。面倒くささが勝っているようですね。私の指示だから話は聴いている様子ですけど。
まあ、セッバスが言っていることは「カタコンベへ乗り込んで魔物退治だー」くらいのことですものね。これから私たちがやろうとしていることと同じです。わざわざ話すまでもないことでしょう。
『今から畑に行ってくるね』と言って『何をしてくるの?』と問われたような物。
畑仕事に決まっています。
いや、もしかしたら畑に死体を捨てに行ったりする人もいるのでしょうけど。
「目的は知った。ボクたちに何を求める?」
「前置きは不要、ということですね。……我らは王族しか侵入できない場所に突入したく思っております。そこにエルフ族が誇る神器が祀られております。その武器を取得し、持ち帰り、魔王軍と雌雄を決すること――これが現在の我々の目的となっております」
「神器? 強い?」
「途方もない力があります。エルフ族の切り札ですが……前回は時空凍結に間に合いませんでした。女神の慈悲は宣告もなく降り注ぎましたからね」
という設定、ですかね。
エルフ族の神器は気になるところです。よもや使わせてくれるとは思いませんけれども、NPCが強くなる分には構わないでしょう。
魔王軍が侵攻してきて、強制的にアトリがロスト、なんて面白くありません。
「受けましょう、アトリ」
「神は言ってる。おまえたちを守っても良い」
「おお! ありがたい」
とはいえ、敵も神器とやらを狙っているらしいです。
カタコンベの秘密部屋に侵入するために、まだ生きたエルフの王族――レメリアが欲しかったのでしょう。
リッチが派遣されたようです。
あわや壊滅、王女さまは攫われるか、という時に現れたのがアトリです。アンデッドには滅法強いですよ、アトリは。
ということで私たちはカタコンベへ向こうことになりました。
お遣いクエストよりも、護衛クエストのほうが楽しいです。これが昔のゲームでしたら、AIが愚者すぎて足を引っ張られ、という悲しみもあったでしょう。
しかし、幸いながらエルフたちは精鋭のようですしね。
▽
誤解していました。
たしかにエルフのみなさんは精鋭。
それぞれが高い戦闘能力と高度な情報処理能力を有しているようでした。ですが、この世界のアンデッドの厄介さを舐めておりましたね。
即時復活。
斬っても斬っても意味がありません。魔法で吹き飛ばすことが効果的ではありますが、エルフたちにもリソースの限界はございます。
アトリのように【再生】持ちもいないようです。
彼らは一様にマジックバックからMPポーションを呷っています。水分を取り過ぎて体調を崩している方もいます。
取ってて良かった【再生】スキル!
実際、魔法職と契約した精霊は、あとから【MP自動回復】を取ることが多くなってきたみたいですからね。HPのほうは取らず、です。
近接職ならばともかく、後衛職が【HP自動再生】に頼りだしたら負け確ですしね。
ただ、最近では統合進化スキルのことも判明していて【再生】スキル狙いの両方持ちも増えているご様子です。有用なスキルですからね。アトリくらいHPが上下するキャラは少ないでしょうけど、無料回復+即時回復は別ゲーなら絶対に欲しいです。
私はゲームに攻めよりも安定攻略を求める質です。
まあ、選択肢は安定無視に見えるでしょうが、求める先にあるのは安定なのですよ。本当ですよ。会社を辞めて自暴自棄になっているわけではありません。
信じてください。
「アトリ、スキルレベルも上げたいですし、どんどん前に出ましょう」
「はい。です、神様」
すでにカタコンベに辿り着いて一時間ほど。
アンデッドの量は底知れません。ここに埋葬されているのは王族だけ、ということで少数の筈なのですが、渦巻く瘴気とやらの所為で自然発生しているとのこと。
スケルトン・ナイトを斬撃。
光属性を帯びた大鎌は、易々と死者をあの世へ送り返します。私も何か補助をしたいですが、出る幕がございません。
精々がサブアームに杖を持って、魔法攻撃力を上昇させることくらいでしょうか?
あ、そうです。
「【生成・弱蔦犬】! 行きなさいっ」
戦闘するアトリを支援するように、杖の武器スキルで生成した弱蔦犬が解き放たれます。犬は吠えることもなく、黙々とアンデッドに向かっていき、踏みつぶされて消されました。
よ、弱い!
そりゃあ、スキル名も【弱蔦犬】になりますよね。
「? 神さま?」
「――あ、危なかったですね、アトリ。私が今のタイミングで犬を放たねば、果たしてどうなっていたことでしょうか」
「! か、かみさま……!」
崇拝、という雰囲気を無表情でぶつけてくるアトリ。
とくに何もしていないどころか、無駄にMPを消費してしまい、あろうことか言葉で誤魔化した、悪い大人を神よお罰しください。
アトリの鎌を持つ手に力が宿ります。
「もっと! 頑張る!」
『……』
シヲは呆れたように、空中を漂う私をジト目で見ます。が、すぐに仕事を開始してくれました。頼りになります。
音波によって敵の位置を正確に把握したシヲは、もはや背後の敵さえも触手の餌食とします。殺すことこそできませんが、動きを止めるメリットは十二分。
思わぬ索敵能力のメリットですね。
捕まえた敵には、アトリが【シャイニング・スラッシュ】でトドメを刺していきます。届かない敵には【ハウンド・ライトニング】で牽制を繰り返していますね。
使いやすいようで連射しています。
魔法を回避していると、今度はアトリの本領――近接戦闘が幕開けします。
たった一人と一匹にて、戦場は鎮圧されていきます。
「素敵です、アトリさま!」
そう言って抱きついてくるのは、エルフの王女殿下たるレメリアさまです。純然たる美少女。美形揃いのエルフの中でも、突出した美貌は、一人だけ絵画の中から飛び出したかのよう。豊かな紅髪がだらり、とアトリの顔を覆います。
アトリは面倒そうに髪を手で払いました。
頬ずりされたまま、無表情に言い放ちます。
「じゃま。臭い」
「く、臭い!? ひゃ!」
まあ汗臭いかもしれませんね。
ここまではけっこうな距離がありますし、先程までエルフたちは命懸けの戦闘を(しかも不利な)を繰り返し続けていたわけで。
ちなみにエルフたちと遭遇したのは、彼らが一度、諦めたからだそうです。
カタコンベからの帰り道だったわけですね。リッチが追撃してきたので応戦していたそうです。
……アンデッドと戦っていたので死臭も付与されているわけで。
「は……く、臭い……」
王女殿下が気絶なされました。
セッバスと言い、エルフは気絶し易いのかもしれません。長い生の弊害なのかもしれません。一定以上の感情に達したら気絶する性質があるのやも……いや、そんな話は聞いたことないです。
王女殿下が気絶したのを目撃したセッバスは、SAN値チェックに失敗したかの如く、気絶しました。
「ここ敵地なんですけど……いえ、元々は故郷でしたか?」
「こいつら要らない、ですっ神様」
「クエストですからねえ。我慢しましょう、アトリ。この方たちが我々に強力な報酬をくれるわけです」
「我慢します」
カタコンベに突入してから三時間が経過しました。
レベルやスキルも上昇しました。アトリにとって相性がよろしく、大量の雑魚が湧くことから効率が最高でした。
前回、一週間でレベリングしよう、という時は再生衣服欲しさにダンジョンアタックを繰り返しましたが――経験値だけなら、ここのほうが美味しいですね。
一度、我々は墓地内で野営することになりました。ここが妙にリアリティのあるところですね。ずっと動きっぱなしは不可能ですし、食事と睡眠が必須なのです。
カタコンベ探索は続きます。
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