第37話 カタコンベ第八階層
▽第三十七話 カタコンベ第八層
エルフのカタコンベは下へ向かうにつれ、異様な様相を呈してきております。ほとんど王宮が下へ向かっている、という感じがします。
一言でいえば豪奢、でしょうか?
ただし、数百年にも及ぶ放置の結果、明かりは失せ、壁は薄汚れ、所々には蜘蛛の巣が巡っております。巨大な通路にはボロボロの絨毯が敷かれております。
その光景を見たセッバスさんは、頭を抱えて溜息を吐きます。
「我らが誇りが……埃だらけではないか」
「く、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
めっちゃアトリが笑います。
え、こわ、珍しっ。そして沸点がしょうもなさすぎます。敵地だというのに腹を抱えて、地面を何度も転がって笑います。
なんだか私も笑えてきました。
笑い袋につられる感じです。あの笑って転げ回る玩具で笑ってしまう感覚に類似です。
発言者のセッバスだけがドヤ顔を浮かべ、それ以外はドン引きしています。あんなにアトリを「かわいいかわいい」と愛でていた王女殿下も引いています。
「アトリ、服が汚れますよ」
「はい」
すん、と笑うのを辞めてアトリが立ち上がりました。
それはそれで怖いですよ、アトリ。
すでにカタコンベ探索は地下八階にまで達しております。リアルでは絶対に作れないような、魔法だったり、特殊な素材だったりが前提の建築物ですね。
敵もすっかり強くなって、アトリでも多少は苦戦します。
面倒ですけれども、他のエルフとも連携をする必要が出てきましたね。アトリがいない状況でエルフたちが攻略できたようには思えませんね。
「アトリ、ここにアトリが居なかった場合、どうするつもりだったのかを訊いてください」
「神が尋ねている。ボクがいなかったらどうやって攻略してた?」
問われた王女殿下が俯きます。長い紅い髪が顔を覆い、その美貌を隠してしまいます。だというのに、髪で隠されてもなお、その下の美貌には威圧がございます。
王女殿下が顔を上げます。長い睫。
「ここまで厄介、だとは想定していませんでした。わたくしたちはあくまでも下見でしたからね。ここまで攻略できているのはアトリさまのお陰ですわ」
「下見?」
「現在、エルフの王族は総力を挙げて魔王軍に対抗しております」
いわく、魔王軍の動きが奇妙とのこと。
かつての魔王軍は世界を制圧することに躊躇いなく、全軍で以て人類種を蹂躙していたようです。
だというのに、今の魔王は恐ろしいほどに――動きがないようです。
「かつての魔王でしたら、女神のおっしゃる第二フィールド――エルフランドが解放された時点で侵略を再開していたはずです。時間を我らに与えれば、第三フィールドまで開放しかねませんからね」
「何故か攻めて来ない?」
「そうです。ゆえにエルフは――こちらから攻めねば何らかの敗北があり得る、と結論しました。時間はおそらく奴らに味方しています」
もちろん、先程のリッチのように散発的な攻撃はあるようですけどね。
王女殿下が辛そうな顔で語ります。
さながら悲劇を読み上げる舞台役者のように。
「時空凍結される前、我らは敗戦寸前でした。……残ったエルフたちはユークリス様や一部の防衛隊を除き、そこまで強くはございません。使える手札は乏しいのです」
カタコンベにアンデッドが蔓延していることは知られていたようです。ですが、敗残兵たるエルフたちには光魔法の戦士が少なかったようです。
どうやら【光魔法】はレアな魔法タイプのようです。
しかも、多くの光魔法属性は回復方面や支援に特化するようなのです。
まあ、そっちのほうが絶対に安定しますよね。攻撃はどの属性でもできますが、回復は【光】が一強です。
かなり劣って水魔法が使えるそうですが……
アトリのような攻撃タイプの【閃光魔法】使いは貴重なようです。
「まったく居ないわけではありません。ですが、その戦力は第三フィールドを開放するためのフィールドボス《徘徊騎士ゲヘナ》への切り札ですからね」
「ゲヘナ?」
「かつて人類側だった裏切りの騎士です。魔王軍に寝返り、アンデッドの騎士として永久に彷徨っているのです。そのゲヘナこそが魔王軍四天王が一翼であり、このエルフランドを封鎖した元凶です」
そのゲヘナに対策するため、エルフ軍の攻撃的な【光魔法】使いは待機とのこと。
その魔法使いを出動させるべきか否か、を偵察することが王女殿下の仕事だったようですね。ならば尚更、一度、戻っても良い気がしますけれど。
「アトリ様の実力を拝見して確信しました。アトリ様こそが伝説の勇者さま……! 我らだけでも十分な戦力。むしろ、アトリ様が不在時にカタコンベを探索することこそがリスクなのです」
「あー、プレイヤーが楽しめるように配慮されてるってことでしょうかね? まあ、裏でNPCがすべて解決していました、ではプレイヤーが入り込む余地がございませんし」
「?」
「何でもないですよ、アトリ」
ともかく、そういう理由らしいですね。
私たちが納得していますと、同行していたセッバスが声を放ちました。
「レレレさま、どうか落ち着いてくださいませ、どうか」
「なんか知らない不気味なとこ! しかもまた新種のセッバスさまを盗もうとする泥棒猫っ! きいいい!」
セッバスの真横では一人の少女が【顕現】していました。どうやらセッバスと契約しているプレイヤーのようですね。
鑑定してみましょう。
名前【レレレ】 性別【女性】
レベル【28】 種族【ウインド・エレメンタル】
魔法【風魔法30】
生産【魔道具35】
スキル【生産効率上昇】【大量生産20】【アイテムボックス19】【召喚13】
【顕現18】【鑑定21】【技術向上】
ステータス 攻撃【140】 魔法攻撃【140】
耐久【140】 敏捷【140】
幸運【140】
称号【試行錯誤の挫折知らず】
どうやら魔道具を生産することに特化したプレイヤーのようです。注目は【召喚】スキルでしょうかね。
呼べる魔物が弱い、と掲示板では有名です。
私が【万物、厭忌の朽枝】で呼び出した【弱蔦犬】みたいな感じです。多くのプレイヤーが【テイム】でよくね? となったスキルですね。
ただし、やはり【召喚】は人気スキルなので取得者は多いです。
MPの無駄になりがちなのでスキルレベル上げは捗っていないようです。精霊は契約者のMPを使って魔法を放ち以上、無駄撃ちされるとNPCが嫌がりますからね。
アトリくらいでしょう、無駄撃ちを怒らないのは。
いえ、彼女の場合、無駄撃ちを理解しないと言うべきでしょうか。私が放った魔法だから絶対に意味がある。神様すごい、となるでしょう。
幼気な幼女に何をしているのでしょう、私は。辞めませんが。
プレイヤーの容姿は大人しそうな文学少女、といった風情があります。
眼鏡を掛け、黒髪をおさげにしていることが印象を強調しています。《スゴ》ではあるいてどアバターを弄れるので、凄まじい美少女であることに不自然さは覚えません。
「……きいいい!」
ずっと『きいいい!』と錯乱していらっしゃる。
もしや画面の向こうは蝙蝠さんなのかもしれません。だとしたら、我々の中ではシヲくらいしか会話を成立させられないでしょう。
ですが、ひとしきり喚いているうち、レレレさんはギョッとした目をします。
「あ、アトリ!? あんたアトリ!? あの死神がどうしてセッバス様と一緒にパーティを組んでるのよ!?」
「組んでない。神様とボクの二人だけ……シヲもいる」
「神様? ……ああ、ネロね。たしかにアトリはネロを神って呼んでるんだっけ?」
「神様を呼び捨てにするな」
「ああ、ごめんごめん」
威圧する死神幼女。
アトリは見た目は愛らしいだけですけれども、その内包した狂気は大人を絶句するに最適でしょう。
一見、女子高生くらいに見えるレレレさんも《スゴ》を遊べている以上、二十歳以上なのは確定なのですからね。大人は怖いですよ、こういう子ども。
レレレさんが浮かびながら言います。
「ちょっと説明してほしいわ、ネロ……さま」
「アトリ、あの子は精霊です。私のことは呼び捨てにしても構わないでしょう。そもそも、私はそのような些細なことに拘りません。アトリさえ私を信仰してくれていればよろしいのです」
「……ボク、だけ………………」
蕩けるような笑みをアトリが浮かべました。
ドン引きするレレレさんを放置して、アトリは嬉しそうに「ボクだけ」と何度も確かめるように呟き続けます。
しばらくして顔を上げ、アトリはドヤ顔で言い放ちます。
「神が許した。呼び捨てでも良い。神はボクだけで良いのだ」
「そ、そう……」
アトリの説明はあまりにも辿々しく、しかも【顕現】の時間を無駄に消費してしまいます。一度、レレレさんはスキルを解除し、ふわふわの精霊モードに戻ります。
あの状態でも契約者とは会話できますからね。
セッバスが独り言のように説明をしております。しばらくすると、私のほうにレレレさんからフレンド勧誘の通知が来ます。
拒絶します。
「なんでよー!」
わざわざ【顕現】してまでの抗議でした。
だって、面倒くさい……
しかし、こういうタイプは拒絶し続けても面倒なのは確かです。チームを組んでいる時だけフレンド登録をしておいて、後で切っておいても良いかもしれませんね。
印象は最悪でしょうけど、他人の印象とかもうどうでも良いぜ。
こちとら邪神ネロです。
「っと、来た来た。それで良いのよ……そもそも【顕現】持ってないのが面倒なのよね。本当に持っていないの? ……【鑑定】は弾かれるし」
そういえば、私とアトリ、シヲには【鑑定】が効いていないようです。掲示板で私たちのステータスが晒されていないからです。
あの場には私たちの【鑑定耐性】を突破できるようなキャラはたくさんいました。
だというのに【鑑定】されていないのは、そういう条件が揃っていたからでしょう。
私が怪しんでいるのは、我が称号たる【偽る神の声】です。この称号は「私の吐く嘘に補正を加える」というモノです。
もしや「私が神である」という嘘が露呈せぬよう、称号が効果を発揮しているのかもしれませんね。私への効果はアトリへの効果でもあります。
シヲにも適応されている理由は定かではありません。
そういう「力」という納得をしておきましょう。不利ならば全力でどうにかしますけど、有利な分には藪を切り開こうとは思いませんとも。
とりあえず新しいフレンドができました。
二人目ですね。
MMOの最前線に位置する私にしては少ない? ははは。
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