第18話 ご飯をたくさん食べたい
▽第十八話 ご飯をたくさん食べたい
あの後、私たちは【アイテムボックス】に収納していた素材を換金しました。ギルドといえば、というお約束でしたね。
大量の素材をテーブルに乗せ、受付員を驚かせました。
『そ、素材の取引は専用の部屋がございますので……』
驚かせてしまいました……
ともかく、私たちは悪くない額の金銭を得ました。クイーンアントの素材は【死を満たす影】に全ベットしたので、提出したのはポーンアントの素材です。
高値はつきません。
ただ、ポーンアントの外殻は硬質なので、そこそこの防具にはなるそうです。ゆえに値が付かない、ということはございませんでした。
ギルドに滞在していたメンバーからは、ご馳走のお誘いを受けました。
が、すべて断りました。
私たちはまだ「毒に対する警戒」が不十分です。エルフたちを疑うわけではありませんが、食事に何かを盛られるのが怖いですからね。
私は中世レベルのファンタジー世界を警戒しているのです。
アトリは可愛いですし、所持している武器は「ユニーク」です。
狙われているはず。
精霊がついているNPCは狙われづらいでしょうが……NPCを無力化することは簡単でも、プレイヤーは自由に動けますからね。
私たちはユークリスがお勧めしてくれた宿に入ります。
紹介状があるので無条件で泊めてくれるようです。かなり上等な宿のようで、雰囲気としては日本の高級旅館に似ています。
曰く、「十年くらいなら奢りで泊まってくれて良い」とのことでした。エルフの時間感覚、それからSS級冒険者の財力がなす余裕ですね。
お世話になり続ける誘惑。
ですが、他者に完全依存した生活は、相手の気分ひとつで破綻してしまいます。アトリに「自由」を約束した手前、お世話になり続ける提案はできませんでした。
案内されたお部屋は、広く、清潔で静謐な――一等地。
これには思わずアトリもニッコリです。困惑したかのように手をあたふたと振っております。愛らしい小動物のようです。
殺戮幼女なんておらんかったんや……!
「アトリ、まずは休みましょう。それよりも服を着替えたほうが良いでしょうかね?」
アトリの服は血塗れです。
獣や虫の体液でぐちゃぐちゃです。破れている箇所も多く、私が【クリエイト・ダーク】でマントを作って隠していますが、これがなければ全裸も同然です。
アトリの衣服問題、これもどうにかしたいですね。
被弾しても戦えることがアトリの強みですが、衣服は再生することがありません。
「アトリ、脱ぎましょうか?」
「は、はい。ですっ、かみさま!」
顔を羞恥に染め、服を妙に妖艶にハラリと脱ぐアトリ。何処で覚えたんです、キミ。さすがは未来を娼婦として期待されていた女の子です。
その未来は殺しましたが、アトリの村ごと。
ではなく。
まあ、幼女の脱衣に慌てるのも、なんだかなんだかですので平静を装います。完全に衣服を脱ぎ捨てて(下着という概念はまだ早いようです)、アトリは手を後ろに組み、己が肉体を見せるように立ちます。
やはり貧相でガリガリですね。
たくさん食べさせねば。
ですが、今の問題はここにはございません。
「ベッドやソファを血で汚してはいけませんからね。今のところは、これを着ていてください。【クリエイト・ダーク】」
現在の【クリエイト・ダーク】は20レベル台。アーツではシールドとスモークの形状しか取れませんが、通常起動でしたら様々な形状が取れます。
消費はやや重く、操縦に思考リソースを割かれますが、必要経費です。
「この後、服を買いに行きますよ。その前にお食事です」
「しょくじ……っ」
「こらこら、慌てない」
アトリは万歳して跳ね回ります。
闇のガウン一枚で動き回る幼女。私が配信者でしたらば、絶対に炎上してバズってしまいますね。
しばらく待てば、部屋に食事を持ってきてもらえる予定です。
……十分ほどの時間が経ちました。
空き時間ができれば、アトリはすぐに【リジェネ】や【フラッシュ】でスキルレベル上げを始めます。
私も【闇魔法】の練習をしながら雑談に興じます。
そうしていますれば、食事がやって来ました。
その食事には念のために【キュア】を付与させます。味に変更はないでしょう。
「おお」
アトリが目を輝かせています。食卓に並べられているのは、柔らかそうな白パン。色取り取りのサラダに追加して、ジュウジュウと焼けたステーキです。肉厚ながらに適度に霜が降っているのが見えますね。
付け合わせはブロッコリーに似た、小さな森です。バターソースが掛かっているので美味しそうに見えます。
「アトリ、よく噛んで……とか言うと一口に一時間くらい掛けそうですね。まあ、楽しんで食べてくださいね」
「うん。ですっ、かみさま! 神様のお陰で食事ができる。ですっ!」
アトリが熱熱の肉に手を伸ばしたので、私は慌てて立ち塞がります。アトリは困ったかのように首を傾げ、純粋な瞳で私を見つめます。
危ない。
私は机に置かれたナイフとフォークの頭上をふよふよと浮かびます。
「これを使うのですよ、アトリ。使い方は解りますか?」
「は、はい、です」
「アトリ、貴女はこのレベルの食事を当たり前のように摂ることができるのです。その度に手を汚していたら大変ですよ」
「たいへん。です」
「それではたんと召し上がれ」
アトリは震える手でナイフとフォークで食事を始めます。ただし、戦闘に於いて天才である彼女は、すぐさま食器を使いこなしました。
ナイフが抜けるように肉を裂きます。
つぷり、と肉に刺さったフォークが優雅に口元へ運ばれます。
あむ。
噛む度に肉汁が蕩け、アトリの笑みも深まっていきます。美味しそう、というよりも心地よさそうな、蕩ける表情を浮かべています。
「パンもどうでしょうか?」
「食べる。ですっ!」
アトリは順番なんて考えていないので、時折、私が誘導も交えます。パンをナイフとフォークで食べようとしたので、私は「それは手でも良いかもしれませんね」と伝えておきました。
がしり、と大きな白パンが掴まれます。
勢いよく齧り付いたアトリですが、表情を困惑に染めています。焦燥したように顔をパンから離し、私のほうを怯えたように見つめます。
「これ、パンです。か」
「そうですよ?」
「硬く、ない。です……攻撃力が上がったから。です?」
「いいえ、そういうパンがあるのです」
「すごい……です。神様のおちから……です、か?」
「私の力ではありませんけどね、さすがに」
アトリは今度はゆっくり、パンを味わい始めます。
ふんわりとした感触に怯えているようですね。雲や綿のごとく柔らかなパン。彼女の常識ではパンとは噛み千切るもの。
今、パン業界の常識(アトリの中の)が打ち破られる時です。
唇で食むだけで千切れるパン。噛めば噛むほどにほんのりと甘さが増していく生地。もぐもぐとハムスターのごとく、食べてしまいます。
あっという間で止める間もありませんでした。
食い尽くした後を見て、アトリは愕然としました。つう、と眦に涙が溢れ始めたので、私は慌ててアトリの頭でバウンドします。
「大丈夫です、また頼めば良いのです」
「また頼む? です?」
「おかわり、というやつです」
「おかわり?」
「新しく食べ物を買う、ということです。我々には金銭があります。しかも、今回はユークリスの奢りですからね。おかわりし放題です」
「おかわり! ですっ! 神様は物知り。すごいです」
興奮したように「おかわり」の概念を理解したアトリは、もう止まることがありませんでした。野獣のような勢いながら、教えた通りに品良く食事します。
人はこんなに優雅にがっつけるのか。
神(詐称)は人の底力を垣間見せられました。
▽
十回ほどのおかわりを果たし、アトリは部屋を後にしました。
怪物の食べっぷりでした。
私は正直、あまり食べるほうではありませんが……つい見てしまいます。動画サイトで大食いが流行する理由を知りました。
可愛い女の子がたくさんご飯を食べる。良い!
しかも食べ方も綺麗っ! これは良いコンテンツ力を持つでしょう。私はアトリの了解を得てから、その様子を撮影しておりました。
動画サイトに流します。
一応、これには理由がありまして、アトリは
中途半端な有名人なわけですね。
これは危険だと言えます。
これでは「潜在的な敵」を増やすばかりだからです。
しかし、こんなに幸せそうに、そして面白いくらいに綺麗にいっぱい食べる美幼女ならば、むしろ味方が増えようというモノ。
(PKされる率が多少は減るでしょう。いずれは、アトリを狙っただけで非難囂々、ゲームプレイが不可能になるレベルにまで盛り上げたいところです)
人生で初めての書き込みもしました。
ボス攻略スレにて、アトリの話題が出ていたので宣伝に使わせてもらいましたとも。ちなみに【クリエイト・ダーク】の使用感も伝えました。
ただ宣伝するだけでは敵を作りますからね。
書き込みはこんな感じです。
【祝初討伐】フィールドボス攻略スレ78【続け! 二陣が来る前に】
45‥黒猫騎士
結局、あれから討伐できない……
ヘルムートは10レベルしか増えないようになったのに
下手に高レベルNPCだから、奴の防御系スキルが揃っちゃう
やっぱり毒か? 毒殺なのか?
幸いなのは誰もロストしなくても逃げられるようになったことかな
46‥ロイド
ネロの動画見る限り、プレイヤー側のPSも要求されてるだろ
アトリだけじゃあ耐久できてない。
多分、アトリ自身も耐久特化キャラだろうけど
俺も闇精霊だから【クリエイト・ダーク】取ったけど使えない
出してもグニャグニャになって消えるんだけど。形が維持できない
あと成功していないからかスキルレベルがまったく上がらん。微増しかせん
47‥ネロ
>46さん。
そうですね。
スキル【クリエイト・ダーク】は最終造形のイメージがないと難しいです
風や戦闘の余波、などなどの想定外もありますからブレますしね
とりあえずはスキルレベル10を目指すと良いかもしれません
そうすれば形状をあるていど固定できるようです
ソレでも瞬間造形のセンスは問われますが、楽にはなると思いますよ
48‥大天使みゅうみゅ
!
本物のネロさんだああああ!
アトリたんとのコラボ、マジでお願いしたいですみゅん!
かわゆいは正義! かわゆいみゅうみゅと掛け合わせれば正義の二乗!
49‥メグミ
ネロ!?
あのさ、あのさ、うち聞きたいんですけど
どうやったら子どもを良い感じに強く出来るの?
なんかうちのショタッ子、まったく戦えないからレベル上げらんないの
見て愛でてるけど
うちは冒険に出て未知の美ショタを見たいんだっ
50‥(笑)
第二フィールドはどんな感じですかー?
美味しいです?
もうじき第二陣が来るので、第一陣的には辿り着きたいんですよねー
51‥ネロ
>48さん
コラボはちょっと……アトリは恥ずかしがり屋さんですので
これくらいの撮影でしたら許可してくれましたが……
【アトリが幸せそうに、品良く、大食いする動画】
>49さん
NPCの性格でしょうかね
私の場合、アトリは最初から戦う覚悟を持っていました
村で虐げられ、そこから逃げるために命懸けで魔物と戦っていたのです
素振りとかでもスキルレベルは上がるので、それから始められてはどうでしょう。
>50さん
大森林、ですね。
動画は撮り忘れましたが、高層ビルみたいな樹で形成された森です。
敵は30レベル台からの虫がたくさん。大量に群がってきます。某防衛軍ゲーみたいです
エルフの国にはエルフがたくさん。
第二陣はエルフとの契約が半数を占めるでしょうね。美形ばかりです。
お勧めの強者NPCはユークリスさんです。SSランク冒険者だそうですよ
良い人でした!
リアルで用事があるので落ちますね。
ちょっと掲示板を試してみましたが、文字がたくさんで目が痛んでしまって……すいません
▽
という感じです。
大天使みゅうみゅさんのアシストが決まりましたね。
彼女が居る時間を見計らって書き込みをしたので、絶対に反応してくれるとは思いました。そこからなるべく自然な流れでアトリを宣伝できましたよ。
その後の掲示板は大盛り上がりでした。
やはり大食い動画、人気のジャンルです。
可愛いファンタジー美幼女の大食いなんて、リアルではまずお目にかかれませんからね。
今回の動画を投稿するために、配信や動画を挙げる用のチャンネルも開設しました。さっきの動画を載せておきます。
【アトリはよく食べます】というチャンネル名です。チャンネル登録よろしくです。
再生数は良い感じ。
登録者数も良い感じです。私が
攻略の質問も大量に来ましたが、落ちますとは言ったので。
最後には「目が悪いので掲示板の使用頻度は高くない」とのことも匂わせました。目が悪いのは事実なのでセーフでしょう。
オフの日は眼鏡を装着します。今では日々がオフですが。
アトリの人気も良い方向でつきそうです。
理想は目立たないことでしたが……背に腹は替えられません。これからはアトリを大食い美幼女として、人気動画コンテンツに仕立て上げていくのです。
ところで、人気の動画投稿者が儲かるのってマジですか?
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