第17話 Aランク冒険者・アトリ

▽第十七話 Aランク冒険者・アトリ

 エルフランドに到着しました。

 巨大な樹木には無数のツリーハウスがございます。まさにエルフの集落、という感じではありますが、本当に規模が国でした。


「すごいですねえ」

「しゅご。ですっ!」


 広い土地。

 だというのに上下に並ぶ家々。枝(といっても、一枝一枝が道路くらいあります)にも家が広がっていて、どこを見渡してもツリーハウスがあります。

 イケメンエルフがニヤリと笑みを浮かべました。


「これでも国土の半分以上を失っている。この首都付近だけは土地ごと女神の凍結指定に入っていたらしく、どうにか無事であったが……」

「エルフって数が多いんですね」

「神が訊いている。エルフは数が多い?」

「神……? そうだな。エルフはもっとも数が多い。単純に寿命が人間とは桁違いだからな。生殖機能――子どもにする話ではないが、まあ、多少劣るとはいえども問題はないくらいだ」

「?」


 エルフさんが気まずそうに顔を逸らします。

 ……嫌な予感です。アトリの性教育って私がやらなくてはいけなかったりします?

 私がログアウトしている間だ、変なのに騙されてはいけませんし。アトリは今でこそガリガリですけれども、パーツだけ見れば美幼女ですからね。


 ところで。

 幼女の定義って何歳くらいを指すのでしょう? 私的にはアトリの年齢(10から13くらいですか)は幼女認定なのですが。


 もしかして私が異端? 神なのに(詐称)


「……アトリにはたくさんご飯を食べてもらいたいですね」

「? はいっ、神様。ありがとう……です」

「それにはまず稼がねばなりません。アトリはもう十分に強いですから、冒険者ギルドに登録すればお食事には困らないでしょう」

「う、嬉しい。ですっ」

「あはは」


 私たちはエルフさんにギルドはあるか、と問いました。すると、エルフのイケメンさんは嬉しさが滲むように微笑みます。

 見惚れてしまいそうな笑顔ですね。

 アトリは「神の質問に早く答えろ」とウズウズしています。


「じつは自己紹介がまだだったな。俺はエルフの冒険者――筆頭。SSランク《天撃ち》のユークリスだ。貴女が仲間入りしてくれるなら頼もしい」

「SSランク? つよい?」

「ああ。貴女の戦いは遠くから見守っていたが、今の実力の貴女であれば瞬きも許さずにあの世へ送れるだろう。やらないがな」

「助けてくれたら良かったのに」

「あそこで下手に援護をしては、そちらも邪魔だっただろう? 経験値も減る。何よりも実力は見ておきたかった」


 む。

 とアトリが警戒で身体を硬くします。

 私がよくよく「情報を探ってくる敵は危険です。情報の開示は気をつけましょう」と言い聞かせましたからね。教育の賜です。

 ですが、


「アトリ。緊張を解きなさい。今の貴女が挑んでも殺されます。警戒を見せて敵対した時点で負けなのです」

「はい、神様っ!」


 アトリの肉体が嘘のように弛緩します。まるで実家でリラックスするかのよう(アトリは実家でリラックスできませんけど)でした。

 そのリラックス振りにユークリスが目を丸くします。


「すごいな貴女は。俺と敵対する覚悟を一瞬で決めたのもそうだが、それを次の瞬間には完全に捨てる……肝が据わっているってレベルじゃない。頼もしいっ!」

「?」


 アトリは私が命じれば、死の寸前でさえリラックスしそうな怖さがありますね。いずれ真実に気づかれた時、どうなるのでしょう。

 嘘を吐くのって怖いです。

 ですが、あの時の私はロールプレイをしたかったですし、今だってやって良かったと思っております。子どもNPCが実戦で震えて役に立たない、という前例がありますからね。


「さあ」ユークリスが言います。「我らがギルドへ案内しましょう、お姫様」


       ▽

 当然ながら木造の建物でした。黒木で作られた内装は落ち着いていて、穏やかな午後のコーヒーのような雰囲気を湛えていました。

 ギルドは静寂に満ちています。

 やはりエルフ。品がありますね。この国の人口はほとんどがエルフで占められており、ギルド内も当然のようにエルフたちがメインとなっております。

 酒を口にしている人もいますが、まるで高級バーのような酒の味わい方です。

 蜂蜜酒、私も飲んでみたいですね。


 老人のエルフがタバコを燻らせながら、じっくりと弓を手入れしていました。彼はもったいぶるように顔を上げ、口端を優しく緩めます。


「おや、ユークリス殿。もう偵察はお済みですかな?」

「ああ、ギルマス。解放者を見つけてきた。このお方だ。皆のモノ!」


 突如としてユークリスがよく通る声で叫びます。ギルドのエルフたちは優雅に一瞥をくれてから、ゆったりと彼の声に耳を澄まします。


「このお方は来る魔王戦役にて要となる――実際に戦い振りを見た俺は断言しよう。今はまだレベルが低いだけで、実力は卓越しておられる。くれぐれも無礼はせぬようにな」

「ほう」


 そう言って立ち上がったのは、蜂蜜酒を優雅に舐めていた女性エルフでした。背に大剣を負ったエルフは、足音を感じさせずにアトリの前に立ちます。

 顔を覗くように、近づけてきます。


「ユークリス殿が言うだけあられる。尋常ではない、死の香り」


 よろしければ、と女性エルフが恭しく腰を折り、上目遣いでアトリを窺う。


「このわたくし《戦姫》ニーネラバと刃を交えてくださりませんか?」

「いや」

「……よろしいでしょう。ならば、わたくしに勝利した暁には、わたくしが蓄えた財宝の一部を差し上げましょう。良い武器、良い防具がございますとも」

「いや」

「む、交渉上手なお嬢さんですな。では……」


 がしり、とユークリスがニーネラバの肩を掴みます。骨を折りそうな威力が込められていることが、傍目に見て理解できます。

 ユークリスは優雅に微笑んでいます。

 目さえも完全な笑みです。しかし、それが作り笑いである、とあえて雰囲気で伝えていますね。目も笑えるタイプは怖い人です。二流は目だけは笑えませんからね。


「ニーネ。俺の客だ」

「で、ですけど兄様。わたくし強い人と戦いたい……」

「ニーネ」


 項垂れるニーネラバを放置して、我々はようやく受付に並びます。いえ、列は完全に消え失せて、エルフたちは私たちに道を空けてくれています。

 何人かは頭を下げてくれています。

 なんだか礼儀正しい、というか余裕がありますね。さすがはご長寿種族。


 受付さんと向き合います。


「アトリ。冒険者になりたい、です……」

「かしこまりました、アトリさま。では、ギルドカードを発行いたします。本来でしたら身分の証明、ならびに登録費が必要ですが――ユークリスさまのお墨付きです。オマケしちゃいますねっ」


 受付のエルフさんは弾けるような笑みを向けてきます。

 かわいい。テンションが上がります。私、結果的にはアトリとの契約で満足していますが、本当はエルフの美少女と契約するつもりだったんですよね。


 当時はまだエルフランドが解放されていなかったので、エルフの数がどうしても少なかったのです。第二陣はエルフとの契約が多くなるでしょうね。

 獣人も人気なので、第三フィールドは獣人の国かもしれません。


 受付がせっせとギルドカードを作ります。

 必要な情報はアトリが口頭で答えていきます。といっても、情報を秘匿せよ、との指示は守ったままなので最低限ではあります。

 パーティを組むときに便利だそうですが、アトリはソロで行ってほしい所存。


 面倒ですからね、人付き合い。

 ソロ用に新スキルも取得してもらいましたし。じきにお披露目ですよ。


「はい、では登録終了です。ギルドについて説明は必要ですか?」

「神が知っている」

「……アトリ、一応は聞いておきましょう。私と人類種とでは、桁が違いすぎて解釈が不一致することがあるのですよ」

「神が言っている。やっぱり聞け、と」


 は、はい、と受付さんは困惑百パーセントの苦笑いを浮かべました。

 それからの言葉はありきたりな説明です。

 要約すれば、冒険者にはランクがあるとのこと。ランク毎に受けられる仕事は決まっており、2ランク上、2ランク下の仕事は受けられません、とのことでした。


 仕事がほしい方は掲示板を見ましょう。

 Aランク以上の仕事は専属の受付員からも受けられます。また、強制任務というモノがあり、これを断れば降格、最悪はギルド追放処分となる、という情報も得られました。

 活躍を期待して優遇していたのに、いざという時に逃げる人は要らないのでしょう。


 アトリが嬉しそうにギルドカードを見つめます。

 私も横から覗き込めば、そこには『Aランク冒険者――アトリ』の文字。動揺した私は珍しく、肉体の制御を失って地面に落ちます。

 ようやっと起き上がった時、アトリも疑問を覚えて首を傾げています。


「これ、間違ってる。最初はFランクのはず」

「いいえ、ユークリス様のご推薦です。Aからのスタートが相応しい、とギルドは判断いたしました。ご活躍、期待しておりますよ、解放者さま」


 ギルド内に拍手が満ちる。

 決して騒がしくはないが、静かではない。エルフなりの大騒ぎなのかもしれないですね。


 こうして私たちは上級冒険者の仲間入りを果たしました。

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