第19話 森のダンジョン
▽第十九話 森のダンジョン
アトリの服を購入しました。
私も人並みの感情を有するので、愛らしい子が着飾るのを見て楽しむことが可能です。たくさんのお洋服を買っちゃいました。
じつは《スゴ》の検証班であるプレイヤー(笑)さんによれば、王都で服を購入するのにはかなりの額が必要とのこと。
ですが、ここはエルフランド。
蚕的な生物を大量に飼っているらしく、上質な服が比較的お安く買えました。
ただし、これは戦闘服ではありません。
激戦には耐えられそうになく、いずれは破れてしまうでしょう。もう戦闘中は思い切って全裸になってもらうのも手です。
「おや、アトリ嬢」
街を観光していますと、不意にうしろから声を掛けられました。アトリも私も気配に気づけず、本当に密着するような距離に立たれています。
ギルドで出会いました、
「奇遇ですな。これは運命かもしれない。どうだい、一戦? 向こうの訓練場で」
「お茶に誘うみたいなノリで死闘を演じさせようとしないでください」
「神は言っている。いや」
む、とニーネラバさんは困り顔を浮かべます。
腕を組みます。形の良い胸が革鎧越しに歪んだのが見えます。動画を撮ってもよろしいでしょうか、とアトリに訊かせましょうかね。
「わたくしとの戦闘は良い結果しかもたらさない、と思うのですがね。訓練にもなりますし、勝てば武器や防具も差し上げますし」
「つよくなれる?」
「なりますとも。さすがに現状のアトリ嬢ではわたくしには勝てませんでしょうからね」
アトリが揺れています。
私的には受けても良いのですけどね。
ニーネラバさんは信頼できそうです。ただし「挑めば受けてもらえる」という実績が危ういのです。色々な人に話し掛けられる口実になりかねませんし、悪用されては危険です。
「たとえば」ニーネラバが蠱惑的に笑います。
「戦闘中に破けない衣服、ほしくはありませんか?」
私はびくり、と震えました。
それです! それがほしいのです!
「アトリ、詳細を聞き出してください」
「神は言っている。詳細を聞き出す」
「もっと上手く!」
「神は言っている。もっと上手く!」
「?」
ニーネラバは困ったように眉根を寄せました。
しかし、頷いてから情報をくださいます。
「この近くのダンジョンでは珍しいアイテムが手に入るのですよ。わたくしはそこで『再生』する衣服を手に入れました。おそらく、貴女は服を駄目にする戦い方なのでしょう?」
「なんで知ってる?」
「服の傷み具合を見れば一目瞭然です。貴女自身は無傷だというのに、衣服だけはボロボロでしたからね」
「む。服はほしい……神様が心配する」
「運ですからね。ダンジョンのアイテムは。しかし、今でしたらば、わたくしと死合うだけで入手可能です! もうこの際、勝敗に関わらずプレゼントしましょう!」
アトリは首を振ります。
私の「勝てない相手とは戦わない」を実戦しているご様子。
まあ、一度くらいはダンジョンに挑んでみたいです。何度か挑んで「再生」する衣服を得られなかった場合、諦めてニーネラバと遊ばせましょう。
もしも衣服を手に入れていた場合、違う何かを要求するのもアリですね。
衣服は便利ではありますが、戦力的には意味がないです。強い防具、という感じではなさそうですからね。
強い防具でしたら、そこをアピールしたでしょう。
「アトリ、私たちはダンジョンに向かいましょう」
「神は言っている。ダンジョンに行く」
「残念です。しかし、我々は強者同士……いずれは磨き合う関係になるでしょう。遅いか早いかの違い。エルフたるわたくしは待つのは得意です」
「ダンジョンどっち?」
「あっちですよ、お嬢さん」
恭しく腰を折り、腕を向けた方向は北側。
「ダンジョンについての知識は万全ですか?」
「万全。神様がすべて知ってる」
「いち、一応は聞いておきましょう! 私が知っているだけでなく、アトリも知っていることは武器になり得ますからね」
「やっぱり聞く」
それからダンジョンの解説を受けました。
必須だというアイテム類の購入も手伝ってもらい、私たちは明日にはダンジョンに向かえる準備を整えました。
今日はエルフランドに来たばかり。
せっかく良い宿も取ったので、ゆっくりと休みましょう。アトリに良いベッドを味合わせてあげたいところです。
……私もログアウトしたらマットレスを注文しましょう。
▽
アトリの就寝に合わせてログアウトしました。
現実世界で食事を摂ります。アトリに影響されて多めに作りましたが、その半分も食べきることができませんでした。
仕方がないので、明日にでも食べましょう。
まあ、もしかしたらお隣さんが欲しがるかもしれませんね。
私はマンションの一室に居を構えております。
そのお隣さんが変わった方で、ある日、いきなり夜に尋ねてきて「すいません、夕ご飯を作り過ぎちゃっていませんか?」と問うて来たことがあります。
戦慄しました。
一応、その日は角煮をスロークッカーで作り置きしていまして、それを召し上がっていただきました。彼女は「プロの味ですみゅ――ね! 本職の方ですか?」と仰っていました。
お隣さんは人と会話する時、緊張するタイプなのでしょう。
彼女は会話中、よく噛みます。もう「みゅ」が口癖レベルでよく噛みます。
ちなみに角煮に関しては、ただ家電に素材をぶち込んでボタンを押しただけです。
料理は得意ですけど、煮込み料理は煮込み時間がモノを言いますからね。
そのような感じで以降、たまに食事を強請りに来ます。そうとう生活力が欠如しているらしく、出前の時間を過ぎると食べ物がないみたいです。
なるべく会いたくないんですよね。
夜に騒ぐ方なので嫌いです。絶叫したり、机を叩いたり……怖いです。おそらくゲームをしながら独り言を呟いているみたいです。会話、という感じではありません。
可愛い女性でしたが、嫌いです。
最近は騒がなくなりましたが、もしかして――死んでいる? ちょっと壁の向こうが怖くなりました。脅威の女性です。
▽
さあ、今日はアトリと共にダンジョンの攻略です。
結局、ゲーム時間の翌日にダンジョンアタックはできませんでした。私のほうが疲れてしまったのです。
ここは宿で安全ですし、私は寝ることにしました。
八時間くらいは寝ます。時間加速があるのでアトリ的には一日、完全にフリーだった感じでしょうか?
寝ている最中も夥しい量の通知が来るのですが、寝ているので返せません。
起きて返信をしてから、色々と実生活を送ります。歯を磨いたり、お風呂に入ったり、とそういう感じに過ごします。
最近は《スゴ》に熱中しているので、余暇がありませんでしたからね。
本とか読みたいですが、やはりアトリからの執拗な通知。これ、運営が絶対に《スゴ》以外で遊ばせない、という意志を感じさせます。
他のプレイヤーもこんな感じなのでしょうか?
「やりますか、《スゴ》。課金すればゲーム内に現実のデータを持ち込めますし、あっちで読書をしましょう」
ログインしました。
▽
ダンジョン内は神秘的な空間でした。
眩しいほどの森の中。朝露に濡れた《黄金色》の葉っぱからは、透明な雫が垂れています。あちらに見えるのは巨大な滝です。
黄金に輝くジャングル。
それがエルフランド内に三つあるダンジョンのひとつ。
『黄金樹海ダレスガーナ』
ここで「再生」する衣服がドロップする、ということでやって来ました。当然のように私たちはソロ活動です。
いえ、デュオでしょうか? システム的にはソロです。
「ここの第一階層で気をつけるべきは、川や沼地に引き摺り込んでくるタイプの敵です。あとは毒を持った虫ですが……アトリには【キュア】がありますからね」
「安全、ですっ!」
「油断はしないように。【アイテムボックス】に封印解除ポーションと沈黙解除ポーションがあるので、魔法封じ対策もありますが……いつでも飲む覚悟をしておくように」
こくり、と頷いてアトリは真剣な眼差しになります。
第一階層の敵は弱いらしいですが、油断はできませんよね。さて、警戒を露わにしたところで、ちょうどジャングルの蔦を使って猿型魔物がやって来ます。
『あー、ああー!』
「奇襲するのに奇声あげてる場合ですか、お猿さん……」
蔦を空中ブランコのようにして、魔猿が頭上からの奇襲を放ってきます。踏みつけるような一撃に対し、アトリは冷静に大鎌を掬い上げました。
【死導刃】
強制クリティカル効果により、お猿さんは足裏から心臓まで、一直線で輪切りにされてしまいました。
ぱかん、と真っ二つになったことにより、攻撃はアトリを避けるように不発に終わります。ただ夥しい量の返り血――を浴びないように【クリエイト・ダーク】で傘を作りました。
掲示板では不人気でしたが、私的には扱いやすいスキルです。
「アトリ」
「――っ、ですっ」
戦闘直後、私は嫌な予感がして呼びかけます。
ですが、私よりもアトリのほうが察知が早かったようです。すでに鎌を構えで振りかぶっていました。
キン、と鎌が何かを弾いた、硬質な音を立てます。
地面に落ちているのは、小さな針でした。調べた知識によれば、これはアサシン・ホーネットの飛ばした毒針でしょう。
距離は五メートルほど。
「【プレゼント・パラライズ】」
私の新取得した闇魔法アーツの【プレゼント・パラライズ】は、対象を麻痺にする魔法です。効果は覿面。
蜂が地面に落ちます。
そこにアトリが一歩で踏み込み、鎌の先端で突き刺し殺します。
私たちは進みます。
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