第5話 孤独耐性

▽第五話 孤独耐性

 ゴブリンの群れを全滅させた時、私の脳内にファンファーレが響きます。システムボイスが起動して、私たちの戦果を報告してくれます。


【ネロがレベルアップしました】

【ネロの闇魔法がレベルアップしました】

【ネロのクリエイト・ダークがレベルアップしました】

【ネロのHP自動回復がレベルアップしました】

【ネロのMP自動回復がレベルアップしました】

【アトリの鎌術がレベルアップしました】

【アトリの農業スキルがレベルアップしました】

【アトリの光魔法がレベルアップしました】


 ……おや?

 少しだけ不自然なアナウンスがありました。

 この《Spirit Guardian Online》ではスキルは使い込めばレベルアップするのです。それは逆説的に使わなければレベルアップしない、ということを指します。


 だというのに、アトリは今の戦闘で【農業スキル】がレベルアップしました。

 もしかして【鎌】を使ったからでしょうか?


 だとすれば、かなり異常事態かもしれませんね。

 レベルが上がれば上がるほど、攻撃の基礎的な威力なども強化されるのです。つまり【鎌術】と【農業】が共存するならば、アトリの鎌の威力は倍になりかねません。


 もしかしてチート?

 まあ、まだ検証は不十分です。あくまでも「そうかもしれない」というだけですから。


「良い感じですね。ゴブリン程度でしたら問題はなさそうです」

「は、はい、です。神様」

「……さて、アトリ。私はそろそろログアウト――休憩しようと思います。ずっとこちらの世界に居ることは、神にとっても負担となり得るのです」

「?」


 可愛らしく首を傾げるアトリ。

 ログアウトを理解できないのでしょう。言葉を選びながら、私は説明を繰り返します。結果、アトリはじわり、と眦に涙を浮かべました。


 その場に五体を投地しています。必死です。


「す、捨てないで、です。神様……」

「いえいえ、本当に捨てる気はありませんから。大丈夫ですよ、アトリ」

「で、でも……」

「ほら、こういう感じです」


 一旦、私はログアウトしてみます。

 それから即座にログインをし直します。ゲームの世界は現実世界の三倍で時間が進んでいるようです。


 今の一瞬でも、アトリ的には数秒経過したわけですね。


 戻ってきた私を見て、アトリは大号泣しております。


「戻ってきたでしょう? しばらくしたら戻ってきますとも」

「は、はいです……神様」

「六時間……十八時間後に戻りますので、それまで光魔法のレベル上げをしておいてくださいね。空撃ちでも効率は悪いですが、経験値は入るようですから」


 この《スゴ》はプレイヤーが居ない間も、NPCは成長していくらしいです。自主トレ、というやつですね。

 ログインしていない間も、自動でレベル上げしてくれるなんて――楽ですね。

 昨今のゲームの自動化は賛否両論ありますが、私はゲームシステムに合致しているならばアリ派です。不便よりも便利が良いですね。


 不便を楽しむ系ゲームならば自動化はNGですけど。


 ログアウトする前に、ログアウト設定をしておきましょう。

 ログアウト時、私の精霊体はアトリの周辺を浮遊するようになります。私が設定しておいたように自動で稼働します。


「アトリ、私が居ない間、貴女が【ダーク・ボール】と唱えれば依り代が魔法を放ちます。【クリエイト・ダーク】と唱えれば急所を防御する闇が出現しますからね」

「はい、神様」

「鑑定も使えるので好きにしてくださいね」


 ログアウトしました。

 消える瞬間、捨てられた子犬のようなアトリと目が合います。良心が痛みますけれども、これはゲームなのです。

 リアル優先ですよ、私は。


       ▽

 購入しておいたお寿司を食べます。

 私はひとり暮らし、独身、悲しみ、なので好きなタイミングで好きなモノを口にできるのです。

 食事中にスマートフォンを見ても怒られません。


 私が見ているのは《スゴ》の掲示板です。

 どうやら、みなさんは第一フィールドボスに手間取っているご様子。キャラロストが多発しているので困っているらしいです。


 騎士団長や聖女さまと契約したプレイヤーは、彼らが仕事でフィールドボスに挑戦できない、とやきもきしているとのこと。

 強くても立場があるNPCでは、軽率に動けなくなるのですね。


 現在、一番人気の契約対象は「強い人」です。

 次点は「そこそこに強い冒険者」でした。

 一部の人は職人と契約し、彼らの生産を手伝うつもりのようです。


 中には好みの美少女やイケメンと契約する、という人も。

 私のような子どもは超不人気です。サービス当初はロリコンさんやショタコンさんがこぞって契約したそうですが……レベリングのために外に出すと、魔物に怖じ気づいて動けなくなり、そのまま惨殺されるようです。


 子どもの死体が平然と描写されるのが《スゴ》ですからね。


 そもそもレベリングの場所に、親が行かせてくれない、ということもあるようで。


「どうやら私はかなり特殊なプレイヤーになりそうですね」


 呟いてイクラを歯で潰します。ぷちぷちとした感触を楽しんでから、中から垂れてくるドロリとした液を味わいます。

 美味しいですね。


 スマートフォンと連動させた《スゴ》アプリを開きます。

 そこには『換金』ページがあります。まだろくに活動しておらず、換金できるモノも少ないですね。


「あ、ゴブリンの死体が十円で換金できるんですね」


 たった十円か、という人もいるでしょう。

 しかしながら、私は「十円」と感じます。だってゴブリンの死体なんて一万円もらっても要りませんよ。

 処分に困ります。

 十万なら……悩みますね。処分した時に逮捕とかされないかしら? いや、そんなことを悩んでも無意義なんですけどね。


 一応、換金はしておきます。

 十円でもお金はお金です。不要品を売却できるなら得しかありません。


「ですが、どうやったら換金システムが成り立つのでしょう。なにやら《スゴ》には裏がありそうですけど……楽しく稼げるなら些事ですかねえ」


 私はお寿司を平らげた後、ベッドに飛び込みました。

 今日から無職なのです。

 惰眠を貪りましょう。自由に! 何にも縛られずに!


 ……まあアトリを放置するのも申し訳ないので目覚ましは掛けますけどね。


       ▽

 食欲、睡眠欲を満たしました。

 トイレも終え、水分補給も完了した私は、さっそく《スゴ》の世界に飛び込みます。アトリに宣告しておいた十八時間後、というのよりも少々早めです。


 意識が黒球に移った途端、アトリがパッと表情を輝かせます。どうやら意識の有無に気づけるようですね。


「神様! 良かった、です……捨てられた、と思った、です」

「捨てませんよ、アトリ。私を信じなさい」

「は、はいっ!」


 アトリが姿勢を正した瞬間、アナウンスが流れます。


【ネロのレベルが上がりました。ネロのレベルが上がりました。ネロのレベルが――】


 凄まじい量のアナウンスである。

 煩いまでありますね。

 無数の通知が収まった後、私は自身とアトリのステータスを確認しました。それを目撃してしまった私は――絶句します。


名前【ネロ】 性別【男性】

 レベル【13】 種族【ダーク・スピリット】

 魔法【闇魔法16】

 生産【スキル未設定】

 スキル【HP自動回復8】【MP自動回復18】【鑑定3】

    【クリエイト・ダーク12】【ダーク・オーラ1】

    【スキル未設定】

 ステータス 攻撃【65】 魔法攻撃【65】

       耐久【65】 敏捷【65】

       幸運【65】


名前【アトリ】 性別【女性】

 レベル【15】 種族【ヒト】ジョブ【神官】

 魔法【光魔法16】

 生産【農業21】

 スキル【孤独耐性36】【鎌術13】

 ステータス 攻撃【84】 魔法攻撃【90】

       耐久【102】 敏捷【93】

       幸運【75】


 めっちゃ強くなってますー!

 何が起こっているのでしょう。私がお寿司を食べて寝ている間に……アトリには何が起きたというのでしょう。


 動揺しながらも、私は邪神。

 努めて落ち着いた様子を見せます。浮遊球なので表情を読まれることはないでしょう。


「アトリ、とてもレベルアップしているようですが……何かありましたか?」

「? いいえ。神様に言われた通りに訓練をしていました、です」

「えーと、どれくらいです?」

「? ずっと、です」

「私が戻ってくるまで16時間くらいありましたけど」

「ずっと、です」


 あー、この娘ヤバいんですね。

 しかも元気に見えます。十八時間労働(魔物討伐)なんてブラック過ぎます。下手に【HP自動回復】と【MP自動回復】スキルがあるので無理が効いたのでしょう。


「アトリ、今日はしばらく休みましょう。貴女は働き過ぎです」

「? 今日は三時間も寝て、ます、です。神様」

「……あー、なんかヤバいですね」


 掲示板によればNPCは寝るようです。

 ログインの時間がまったく合わず、まずNPCが起きるのを待たないと遊べないプレイヤーがいるくらいです。

 おトイレもします。

 それを見るのが嫌で引退したプレイヤーは数知れず。


 だというのにアトリは「三時間」も寝た、なんて供述しており……やはり彼女の家族は悪い人たちのようですね。


「……この【孤独耐性】スキルが原因でしょうか?」


 説明を見るに【孤独耐性】は、孤独な状態の時に強くなるらしいです。その際、孤独に作業をすればスキルレベルが上昇し易くなる効果があるらしい。

 また、孤独作業を補正する力により、睡眠時間も減らせるとのこと。


 そこに更には【自動回復】系が加わったのです。

 そりゃあ、一日中、ゴブリン退治もできますよね。普通は精神的に不可能ですけど。


(私を神と信じていますからね。狂信者のメンタルなのかもしれないです)


 アトリの目は相変わらずグルグルしています。

 可愛らしいルックスからは窺い知れぬほどの狂気ですね。このゲームを作成した人にドン引きしてしまいます。

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