第3話 神を名乗る闇精霊

▽第三話 神を名乗る闇精霊

 さあ、初のレベルアップです。

 ステータスも閲覧してみましょう。


 名前【ネロ】 性別【男性】 

 レベル【2】 種族【ダーク・エレメンタル】

 契約補正【HP増加】【敏捷増加】【力低下】

 魔法【闇魔法2】

 スキル【HP自動回復1】【MP自動回復1】

    【鑑定1】【クリエイト・ダーク2】【ダーク・オーラ】

 ステータス 攻撃【10】 魔法攻撃【10】

       耐久【10】 敏捷【10】

       幸運【10】


 名前【アトリ】 性別【女性】

 レベル【10】 種族【ヒト】 ジョブ【農民】

 魔法【光魔法1】

 生産【農業19】

 スキル【孤独耐性35】【スキル未設定】

 ステータス 攻撃【74】 魔法攻撃【50】

       耐久【77】 敏捷【53】

       幸運【50】


 という感じですね。

 まだまだ初心者なのでよく解りませんし、考えるのは後にしましょうか。


 それよりも今はアトリの新しいジョブを決め、それから新スキルの取得です。このゲームは10レベル毎にスキルが取得できますからね。

 ちょうどレベル10なのは僥倖です。


 戦後の高揚で頬を赤らめるアトリに、私は声を掛けます。


「アトリ。私と契約した貴女は、今日からは10レベル毎に職業を選択できます。また、スキルも今までのようにランダムではなく、選択方式に変わりました。どうします?」

「あ、あの……その前に、貴方は、なんですか?」

「おや」


 そういえば説明を全飛ばししていました。

 まあ、あの状況で詳細に説明していましたら、今頃、アトリは腰を振られているところだったので許容してもらいましょう。


 現状、アトリはゴブリンに襲われていると、突如として黒球に契約を迫られた。承諾した瞬間、ゴブリンが吹き飛んで勝利、という感じです。

 私ならば逃げ惑っているところです。心の強い幼女です。

 ぅゎぁょぅじょっょぃ。


「自己紹介がまだでしたね、私の名前はネロ。闇の――」


 ふと思い付きます。

 私は第一陣の後発です。出遅れ組でした。

 しかし、この出遅れはデメリットばかりではないようなのです。

 というのも私には掲示板で得た情報があるのです。掲示板曰く「めっちゃ格好いい山賊風の男と契約したら、命令を全無視されるんですけどー」という情報がありました。


 NPCは高度なAIが搭載されているため、人とあまり変わらない様子。


 これは育成ゲームなのに、育成対象が話を聞いてくれない、ということがあり得るのです。であれば、それを防ぐためにはどうするか?


 少しだけ、私の悪戯心が疼きます。

 私は闇の精霊。しょせんはただのプレイヤーのひとりに過ぎません。


 ですが、そのようなことNPCは知らないはず。

 せっかくのゲームです。楽しまなければいけません。ゆえにRP(演技)しましょう。


「――私は闇の神。人々が曰く【邪神】です」

「じゃ、邪神!? わるい、かみ、さま……?」

「安心しなさい、アトリ。邪神というのは人々がそう呼ぶだけです。私は闇を司っているだけ。闇なき世界には安らぎがありません。闇とは必ずしも悪ではないのです」

「……たしかに。暗くないと夜、眠れません」

「でしょう?」


 アトリは感心したように何度も頷きます。

 純粋ですねえ。

 ちょっと良心が痛みます。とはいえ、これはあくまでもゲームですし、相手はどこまでいってもNPCですから。

 悪いようにはしません。


 アトリは己が手を見つめ、呟く。


「……神と契約、した。神様にたすけられた」

「さあ、アトリ。貴方は神の力を手にしました。もう貴方はこの世界で自由なのです。何でもしたいことをしても良いのですよ」


 せっかくなので契約者とは仲良くしたいです。

 私としては狩りをして、てきとーに冒険者をしてくれればオーケーです。そこだけは「神の使命」とか言ってやらせますけど、それ以外は楽しく自由にやってほしいですね。


「アトリ、私は闇の神。すべての欲望を許しましょう。何がしたいです?」

「……つよく、なりたい、です」

「その強さで何をしますか?」

「ぼ、ぼうけん」


 アトリは頬を紅く染め、それから一気に目をグルグルに回し始めました。頭が小刻みに揺れ、抱えていた気持ちを吐露していきます。

 幼女の欲望が、闇が――発露しました。


「冒険者になってお金持ちになりたいです! 、です。お腹いっぱい! 誰にもご飯を取られたくないです! 温かいお布団で寝たいっ! 誰にも殴られないようにしたいっ! 虐めてくる村のみんなも兄弟も、私を、ボクを娼館に売ろうとする両親も、ぶっ殺したいっ! もう、もうあんな奴らの顔色を窺いたくないっ! 自由に、なりたいっ!」


 絶叫しながら心を吐露していくアトリ。

 滂沱の涙を流し、頭を抱えて叫ぶ幼女に気圧されてしまいます。


(この子、バックボーンエグすぎません?)


 薄汚れたアトリをよく観察します。

 顔の造形は恐ろしいほどに整っていました。真白の髪に紅い瞳に、人並外れて純白の肌からは、うっすらと血管の朱が見えます。

 ハッと息を呑むような、美しい容姿をしています。


「ボクを魔物の子だって言って虐げてきた奴ら、みんな、みんな殺したいっ、ですっ!」


 アトリはピタリ、と泣き止んで私を見つめていました。

 その表情は虚ろ。鏡を見たら、鏡の中の自分が無表情でこちらを見ているかのような、そういう悍ましい顔です。


 その表情を見せつけられた私は――ムカつきました。

 破られた衣服の下には痣があります。今つけられた傷ではないのです。そして、今のアトリの言いよう。

 村でどういう扱いを受けていたのか、すでに理解しています。


「良いでしょう、アトリ」


 私は邪神なのです。

 所詮、このゲームはゲームです。ゲームのNPCに同情する、だなんてくだらない感傷だと思います。


 ですが、私はこの娘に共感しました。

 周りの奴らに理不尽な理由で虐げられる。こちらは向こうに必死に尽くそうとしているのに、そのような献身を当たり前だと横柄に受け止める。


 嫌いな奴らです。幼女を虐めるなんて敵です。モンスターです。


「良いでしょう、アトリ! 村人どもを根絶やしにしましょう!」


 私はゲームキャラを殺すことに逡巡するタイプではないですからね。カルマ値とかあるのか知りませんが、そんなのドンと来いです。


 承諾した私に向け、アトリは陶酔したようにウットリと呟きました。


「はい……かみさま」


 薄汚れたゴブリンの死体の隣。

 村の裏の山の中。

 鬱蒼と生い茂る大自然の血溜まりで、私たちは本当の契約を交わしたのです。風が森を揺らし、ざあざあと木の葉が鳴く様子が、さながら喝采のように聞こえるのでした。

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