第2話 契約

▽第二話 契約

 ゲームプレイを開始した私は、さっそくVR世界を観光するべく――ではなく!


 まず、行うべきは契約者捜しです。

 精霊たるプレイヤーたちは、契約者がいなければ「力」を振るえません。精々が体当たりができるていどでしょうか?


 レベルを上げることもできません。

 ゆえに、私と契約してくれる《NPC》を探さねばなりません。


 しかし、ここに問題がひとつ浮かびます。

 私はこのゲームのいわゆる《第一陣》に位置します。最速プレイができる人間でしたが……仕事を辞めるにあたっての引き継ぎが長引きました。


 引き継ぎを頑張った私、偉いですね。

 当然? 

 そうですね。はしゃぎました、すいません……


 ともかく、引き継ぎ作業が長引き、今はサービス開始から三日が経過しております。

 最悪!

 めぼしいNPCはすべて他プレイヤーに取られています。


 王国騎士団長とか。

 聖女さまとか。

 イケメンの第三王子とか(第一王子は精霊が嫌いらしい)。

 その他、美形のエルフ冒険者など、明らかに強そうで見た目が良いNPCはあらかた契約済みだと見て良いでしょう。


「私もできるなら美少女が良いですからね」


 どうせ見守るならば、男性よりも女性、なるべく美しい人が良いです。さらに初めから強ければ強いほど、なおよし、ですよね。

 成長ブーストのことも鑑みれば、最初から高レベルのNPCは微妙かもしれませんが。


 私は王都から外れ、周辺の村をふわふわと浮遊します。

 今の私は輝く風船でした。どうやら適正のないNPCには見えないらしく、何でも見放題です。

 プレイヤーの中には契約者を選ばず、ひたすら覗きに励む人もいるようです。


 このゲームは十九歳以下はプレイ不可能。

 えっちなところも見放題だったりします。無規制なのです。ちなみにグロも制限がなく、一部の人間はトラウマで引退しているようですね。


 私がふよふよと浮遊を初めて一時間が経過しています。

 現実の三倍で時間が流れるゲーム内ですが、さすがに時間の無駄感が強いです。なるべく拘りたい私と、さっさと始めたい私がせめぎ合っています。


 と、そのような時でした。


「こ、こないで……!」


 山外れ。

 小さな村が近くにある、その場所にて。


 ひとりの幼女が魔物によって襲われていました。敵対者はいわゆるゴブリンであり、奴らは顔中を涎塗れにして、幼女にのし掛かっています。

 まだ幼い肢体ですが、ゴブリンもまた小柄。

 むしろ、最高の相手を見つけたぜ、というような顔をしています。いや、ゴブリンの表情とか解らないですけど。


「うわあ」


 これが《スゴ》のヤバいところです。

 平然と「こういうこと」が発生するのです。

 一部のプレイヤーは「美少女と契約したぜ、ひゃっはー!」と喜び勇んでフィールドへ。その後、その美少女がゴブリンに敗れて陵辱。

 興奮する人。

 絶望する人。

 泣き喚く人。


 色々なプレイヤーが出現することになりました。連日、ネットでは「このゲームは発売中止にするべきでは?」という意見が飛び交っております。


「……これ、見過ごすの気分悪いですねえ」


 いくらNPCとはいえども、彼らには超絶性能のAIが搭載されている。感情、と呼べるのかは定かではありませんが、傷ついたり、悲しむ機能はあるようです。

 私は溜息を吐きながら、これも運命だと受け入れました。


       ▽

 幼い少女――アトリは絶望していた。

 病気を患った母のため、薬を採取するべく、山に侵入したことが間違いだった。魔物がいることは知っていたが、まさか本当に襲われるだなんて――、


「だ、だれか、たすけ――」


 ゴブリンに顔面を殴打される。

 鼻血が吹き出し、視界に光が飛ぶ。すでにゴブリンは臨戦態勢であり、アトリのスカートを脱がせている。

 まだ毛も生えていない、幼い肉を見つけたゴブリンは……ぎゃっぎゃっと嗤う。


(おわった)


 目を閉じたアトリが幻視するのは、巣に連れて行かれ、ゴブリンの子を孕んで腹を膨らませた、己が姿。

 糞尿の中、自分は諦念におかしくなって笑っていた。


「殺して……」

『少女よ、聞こえますかね?』

「……え?」


 ゴブリンの汚い顔から目を逸らし、隣を見やれば、そこにはふわふわと浮かぶ黒の球が存在していた。

 その球が話し掛けてくる。


『少女よ、力がほしいですか?』


 何を言っているのかが解らない。


『その醜悪なる魔物から身を守る、そのような力がほしくはないですか?』


 解らない。

 でも、その声はとても優しくて。

 こんなにも優しく話かけられたのは、初めての経験だった。


『諦めるのはまだ早いです。私と契約すれば――貴女は自由になれるのです』

「じゆう……?」

『力があれば何をしても良いのです。貴女は貴女の望むままに生きてよろしい。この私がそれを許しましょう』


 ですから、


『契約しませんか、貴女』


 アトリの諦念した心に――火が灯る。


「する! 契約、する! 自由に、なりたい!」

『契約完了です』


 突如として黒球が弾け飛ぶ。

 直後、アトリの全身に闇が纏わり付き、身体中に力が湧き出す。身体の中に眠る「芯」に熱を入れられたかのような、万能感!

 アトリが目を見開く。


 そのタイミングに合わせ、黒球が呟いた。


『なるほど。貴女の名はアトリですね。アトリ――叫びなさい』

「な、にを……」

『MP使用許可、です』

「MP使用許可ぁ!」


 そうして闇が解き放たれた。


       ▽

 私がアトリのMPを利用して放ったのは、闇魔法のひとつ。


 アーツ【ダーク・ボール】でした。

 闇色の球体がゴブリンの顔面に衝突、その勢いでゴブリンの肉体が吹き飛びます。おそらく、一撃で殺すには不足しているのでしょう。


 ゴブリンは地面で受け身を取り、瞬時に起き上がります。

 しかし、その顔面はすでにぐちゃぐちゃ。ただでさえ醜悪だった彼ですが、むしろ、傷が付いたことによって男前が増しましたかね?


 私と契約したことにより、アトリに【HP自動回復】が付与されています。彼女も顔を殴られていたようですが、徐々に回復していきます。

 呆然とするアトリに、私は声を掛けていきます。


「立ちなさい、アトリ。まだ戦いは終わっていませんよ」

「えっと、どうしたら……?」

「武器を持ちなさい」

「ぶき」


 アトリが見やったのは、地面に落ちている鎌でした。薬草でも刈りに来たのでしょうか。その鎌は使い古され、刃は錆び、刃は欠けております。

 それでも武器は武器。

 彼女はそれを拾いあげ、震える手でゴブリンに向けました。


「走るのです」

「う、うん!」


 アトリが駆け出す。

 間合いの管理も何もない、素人の全力疾走。

 字面とは正反対に、幼女の歩幅での加速は乏しい。ゴブリンは馬鹿にしたように棍棒を振り上げ、それを――私が放った【クリエイト・ダーク】製の縄に絡め取られます。


「ぎゃ?」


 唖然、と奪われた棍棒を見上げるゴブリンは、無防備な心臓に――鎌をぶち込まれていた。


【ネロがレベルアップしました】

【アトリがレベルアップしました】

【ネロの闇魔法がレベルアップしました】

【クリエイト・ダークがレベルアップしました】

【アトリの農業スキルがレベルアップしました】

【アトリがレベル10に到達したため、ジョブ変更が可能になりました】


 ゲームプレイ初のログが流れます。

 たくさん! 良いですね。ゲームっぽくて上がります。

 歓喜する私の横、アトリは呆然と己が手を見て震えていました。しかし、その引き攣る口元にあるのは恐怖ではなく――歓喜。

 そう、歓喜なのでした。


 この日、私が産みだしたのは――一人の怪物です。

 幼女型のね!

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