第3話

「……いない……」

 この未開の土地にも、奴の姿は見当たらない。

「いったい何処へ……」


 ここまでの探索で、奴が身を隠せそうな窪みや横穴、ブッシュ等の発見は無かった。

 さらに上流へ遡って行ったという事か? それほど自由に動ける身なら、何故、肛門から出て来て呉れぬっ!

 私は指を刺した仰向けのまま、天井を見上げて怒りに震える。


 ――どうする私。

 更に奥地まで探索を続けるか? 第二関節にある『太いところ』を過ぎれば、もう1.3センチぐらいは攻め込むことが出来る筈だ。

 どうやら私は、今回の冒険を甘く考え過ぎていたのかも知れない。

 可能なら奴の全容を捕らえ、関所を通過しやすい様、腸内で指を動かし流線形に加工し直してやろうとさえ思っていた。

 イメージは『N700系』。

 ――さて、どうする?


 ここは試しに第二関節の『太いところ』が、いったいどれほど太いのか、少しだけ侵入してみよう。

 そう思った私は僅かに、ほんのチョットだけ勇者を前進させた。


 ――欲をかいてしまった。


 ぐ。


「い、い、遺憾イカンッ!!『プリ座』切れかっ! う、動けない!」


 これは相当ヤバい。粘膜の感触で危険度が分かる。

 下手に動くと確実に切れるぞ。


 ピンチ!


 ――かりっかり……。


 蒼く震える私の耳に、部屋の入り口から不審な音が聞こえてきた。


「……にゃおん(おやじ、どうした)?」


 私のピンチを嗅ぎつけた愛猫の『みにら』が部屋の引き戸を開けようと、外から爪を立てたのだった。

 ネコの第六感は素晴らしい。時々飼い主の窮地を救ってくれる事も有ると聞く。

 まさか何時も太々しい我が家の『七キロ越え巨大猫』が、こんな愛情を持ち合わせていたとは!


 感動的で有り難いが、今はやめて欲しい。


「にゃおん(大丈夫か、おやじ)?」

 かりっがりっ!


 引き戸につっかえ棒をして今のところ侵入を防げているが、それが外れてしまいそうな勢いで心配の爪をかけ続ける愛猫。

 嬉しく愛おしいが……本当に私は幸せ者なんだが、やめてくれ。


「く、く、く……」

 仕方がない。本日の探索は此処までとしよう。


 私は深く息を整え、すべての神経を肛門へ集中させる。

「菊の呼吸!」


 ――ふ~っ、ひゅ~っ……。


「……フンむっ!」


 ちゅぽん!


 気合を込めた逃走技は見事成功。流血の最悪は防げたようだ。




「――にゃおん(おい親父、いったい何だってんだ)?」


 ズボンを履き直し引き戸を開けた私の無事を、心配顔で確認する愛猫。


 ありがとう……ありがとう、みにら……大好きだよ!


 私は、みにらの鼻面へ、左の中指を押し付ける。


「!!」


 久しぶりに、彼の『フレーメン反応』を拝むことが出来た。




 ――今回の冒険で得られた仮説。


 その壱。


『ヒグラシの体内には隠れ家が有る』


 その弐。


『或いは異世界へ通じるゲートが有る』


 その参。


『ヒグラシの肛門からは猫フェロモンが出ているらしい』




 ―――― 了。

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暗黒ダンジョン冒険記 ひぐらし ちまよったか @ZOOJON

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