ルドルフ=ファールクランツ

「ヴィルヘルム達は右に曲がりました! 早く!」


 先行するマーヤが、僕達に告げた。

 足の速い彼女がヴィルヘルムの背中を捉えていてくれるおかげで、僕達はあの男を見失わずに済んでいる。


 といっても……ヴァルグの隠し通路も、建物内も、全てファールクランツ兵が殺到しており、もはや、ヴィルヘルムに逃げ場はない。

 僕達が見失ったとしても、その他の兵士に殺されるだけだ。


 だけど。


「そんなのは……認めない!」


 これは、僕とヴィルヘルムの戦い。

 それを、第三者の手に奪われてたまるか。


 この手で……必ずこの手で、決着をつける!


「っ! ルドルフ殿下! 二人は外へ出ました! これは……城壁の上へ逃げるようです!」

「分かった! すぐに追いついてみせる!」


 とはいえ、このままじゃ絶対に追いつくことができない。僕は走りながら着こんでいるプレートアーマーを取り外し、放り投げた。

 うん。これで、かなり軽くなった……って!?


「リ、リズ!?」

「このような甲冑は、もはや不要です」


 僕の真似をして、リズも走りながら器用に甲冑を脱ぎ捨てる。

 た、ただ、こんな時に不謹慎なことかもしれないけど、その……甲冑の下が薄着で、汗でリズの身体のラインがくっきりと露わになっているんですけど。


「あう……も、もう、あまり見ないでください!」

「あいた!?」


 視線に気づいたリズが、ポカポカと僕の肩を叩いた。

 いくら甲冑を脱いだとはいえ、ガントレッドはまだ装着したままなんですけど……って。


「あははっ」

「ふふっ」


 僕とリズは、こんな時だっていうのにお互いに笑ってしまった。

 でも、この殺伐とした戦場で、ヴィルヘルムを追い詰めようとしているっていうのに、リズとのこんな他愛のないやり取りが、楽しくて仕方ないんだ。


「あはは……ねえリズ、ヴィルヘルムを倒してこの戦いが終わったら、どこかにお出かけしませんか?」

「お出かけ、ですか?」

「はい。今まで僕達、皇宮の中か帝立学園、あとはファールクランツ家の屋敷でしか、一緒にいたことがないんですよ? 僕はもっともっと、リズとたくさん楽しいことをしたいのに。もっともっと、リズと色んなところに行きたいのに」


 そんなことをリズに言って、僕はほんの少し、不満げな表情を見せる。

 もちろん、本気で不満に思っているわけじゃないけど。


「ふふ……それはいいですね。私も、ルディ様と一緒に帝都を散策したかったんです」

「じゃあ決まりですね。帰ったら、早速そうしましょう」

「はい! ……って、いけません。マーヤが少しねています」

「あー……本当ですね」


 ヴィルヘルムを追いかけながら、マーヤは僕達をジト目で睨んでいた。

 まあ、帝都散策の時は君も一緒に連れて行ってあげるから、そんな目で見ないでよ。


 その時……僕の視界に、口から血を流して死んでいる、身なりの良い赤い髪の中年男性が入ってきた。

 僕は、この男を知らない。知る由もない。


 だから僕は……この男の横を、ただ走り抜けた。


「ヴィルヘルムは!」

「あそこです!」


 僕達はようやく外に出ると、リズが城壁の上を指差す。

 その先には、ニキータという女と一緒に全力で走る、ヴィルヘルムの姿があった。


「ルドルフ殿下、あの男の向かう先には、ファールクランツ兵が待ち構えています。これで、あの二人は袋のネズミです」

「うん」


 マーヤの言葉に、僕は力強く頷く。

 さあ……これで、ヴィルヘルムはもう逃げられない。


 僕達は梯子はしごを駆け上り。城壁の上へと昇った。


「……ルドルフ、リズベット」

「ヴィルヘルム……もう、逃げられないよ」


 とうとう追い詰めた僕は、城壁の淵に立つヴィルヘルムに、静かに告げる。

 奥にはファールクランツ兵。手前には僕達。城壁の下は断崖絶壁で、さらにその下には川が流れていた。


 自殺願望でもない限り、川に飛び込むという選択肢はお勧めしない。


「どうする? あえて選択するなら、三人しかいない僕達を倒して活路を開くのが、現実的だと思うけど」

「…………………………」


 遥か下の川を見やってから、僕を睨むヴィルヘルム。

 どうやら、覚悟を決めたようだ。


「ルドルフ……俺は、貴様との一対一の決闘を所望する」

「僕との……決闘?」

「そうだ。俺が勝ったあかつきには、ここから俺とニキータ殿を見逃せ」

「……この期に及んで、何を勝手なことを。そんなことをして、ルドルフ殿下にどんなメリットがあるというのでしょうか」


 マーヤの言うとおりだ。

 この男と決闘したところで、何の意味もない。それどころか、万が一僕が負けてしまったら、目も当てられない。


 だけど。


「いいよ、やろう」

「ルドルフ殿下!?」


 僕は、ヴィルヘルムの口車に乗ることにした。

 それを聞いたマーヤが、抗議の声を上げる。


「マーヤ、ルディ様にお任せするのです」

「リズベット様! ですが!」

「あなたも聞いていたでしょう? ルディ様とヴィルヘルムが戦うのは、それこそ運命のようなもの。たとえ、血を分けた実の兄弟であったとしても、これは避けられないのです」


 リズがマーヤを制止し、かぶりを振った。

 本当にあなたは……どこまでも、僕のことを信じてくれるんでですね。


「ですがルディ様、これだけは絶対に約束してください。必ず勝利して、私の元に帰ってきてくださると」

「リズ……約束します。僕は絶対に、君の元に帰ると。この、ルドルフ=フェルスト……って、僕はもう、その名を名乗る資格はないのでしたね」


 なら。


「ルドルフ=ファールクランツとして……ファールクランツの名を、継ぐ者として」

「あ……は、はい! あなた様はファールクランツ家の当主となる御方! 私の愛する婚約者、ルドルフ=ファールクランツです!」


 僕は振り返り、ヴィルヘルムを見据えると。


「待たせたね。さあ……始めようか」


 ネイリングの切っ先を、僕と同じ琥珀こはく色の瞳へと突きつけた。

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