同じ二人、違う二人

「な……」


 ヴィルヘルムの告白に、僕は言葉を失った。

 じゃ、じゃあ何か? 実は、僕の本当の父親はスヴァリエ公爵で、目の前にいるヴィルヘルム=フォン=スヴァリエという男は、この僕の腹違いの兄弟だったと、そう言うのか……?


「信じられないのも無理はない。だが、これは事実だ。あのヨーランが、壊れる・・・前に・・はっきりと答えた」


 そうか……僕は……僕は、皇族ですらなかったんだ。

 僕のこの血は、半分がヴィルヘルムと同じもので、残りの半分は、やっぱりベアトリスのもので……。


 そして僕の存在は、ただ暴君となって、殺されるだけのものでしかなかったんだ。


「ルドルフ=フェルスト=バルディック、もし貴様が、自分の運命を呪うのであれば……共に、運命と抗う意志があるのなら、この手を取れ」


 ヴィルヘルムが、棒に向けて右手を差し出す。

 その姿は……その琥珀こはく色の瞳は、物語に登場する英雄のようだった。


 だから、僕は。


「ははっ」

「……ん?」

「僕は暴君になるために生まれ、その運命に抗わないかって……笑うしかないね」


 そう言って、肩をすくめておどけてみせた。


「そうだ。笑わなければやっていられない。だからこそ、こんな運命を壊し、笑い飛ばしてやろうではないか。俺と貴様は・・・・・同じ人間・・・・なのだから・・・・・


 だけど、何を勘違いしたのか、ルドルフがそんなことをのたまう。


 その時。


「か……は……っ!?」


 ルージアの女が、僕達の横を飛んでいった。

 もちろん、そんなことをしたのは。


「ふふ……面白いことをおっしゃいますね」


 僕の愛する婚約者、リズベット=ファールクランツだ。


「リズベット……」

「聞いておりましたら、私の・・ルディ様が暴君になるために生まれた? 暴君として、一生を討終えるために存在している? はなは滑稽こっけいです」


 見つめるヴィルヘルムを、リズは小馬鹿にするように鼻で笑う。

 リズ、僕も同じ気持ちだよ。


 この男の言ったことは、全て本当のことなのかもしれない。

 あの『ヴィルヘルム戦記』において、暴君としてリズに暗殺されることも、全てはスヴァリエ公爵……いや、ヴィルヘルムが描いた絵図で、やはり真の歴史だったのかもしれない。


 でも。


「ルディ様は……ルドルフ=フェルスト=バルディックという御方は、そのような運命に最初から抗っておられました。退けておられました。あなたごときの言葉が、ルディ様に響くはずもございません」


 そうだ。リズの言うとおり、僕はずっと抗い続けてきた。

 僕の歴史を、覆すために。


「ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエ。ルディ様とあなたでは、違うのです。たとえ血が繋がっていることが……ルディ様の実の父親が、スヴァリエ公爵であったとしても、あなたのように黒く染まることはありません。だって」


 リズが、僕を見つめる。

 どこまでも透き通るような、アクアマリンの瞳で。


 そして。


「ルディ様は……私の太陽・・・・ですから」


 リズは胸に手を当て、咲き誇るような笑顔を見せてくれた。

 あの日・・・に見た、ジャスミンの花のように……気高く、美しく。


「なあ、ヴィルヘルム。これ、知っているか?」


 僕は、ポケットから大切な宝物を……あの日・・・、リズがくれた金貨を掲げる。

 そのことが分かったのだろう。ヴィルヘルムは、悔しそうに眉根を寄せた。


「そうだ。貴様がマーヤにブローチと答え、あの・・嘘が決定的となったものだ」

「…………………………」

「貴様は、スヴァリエ公爵の計画によって僕の心が壊され、暴君になる運命……って言ったけど、残念ながらそんな未来は絶対に訪れない。だって」


 そう言うと、僕は金貨を強く握りしめ、リズを見つめる。

 リズは、そんな僕に笑顔で頷いた。それは、そばに控えているマーヤも。


 さあ、言おう。

 この男に……運命に抗ったつもりが、実は英雄になるという運命に従っていたけど、結局はその運命も足元から崩れた、むなしさだけしか持ち合わせていない、悲しき男に。


「僕には、この金貨が……世界一大好きな女性ひとがくれた、宝物があるから。闇に堕ちそうな時、いつも小さく照らして僕の心を救い続けてくれた、この金貨が。そして」


 僕は、リズの手を握った。

 強く……ただ強く。


「ヴィルヘルム……僕には、リズがいるんだよ。ずっと僕だけを見てくれる、世界一大好きな、リズベット=ファールクランツが。どんな闇さえもたちどころに晴らしてしまう、そんな誰よりも……女神よりも素敵な女性ひとが。だから」


 僕は、すう、と息を吸うと。


「僕は、貴様とは違う」


 そう、はっきりと告げた。


「俺とは違う、か……」


 ヴィルヘルムが視線を落とし、どこか諦めのような表情を浮かべて、ポツリ、と呟く。

 今思えば、この男も可哀想なのかもしれない。


 僕にはあの日・・・のリズがいて、この金貨があった。

 だから、壊れそうに……闇に堕ちそうな時も、ずっと耐えることができたんだ。


 リズと再び巡り合えてからは、闇どころか常に光が僕のそばにあって、大半を絶望で埋められていた僕の心が、今では幸福と希望しかない。


 でも……ヴィルヘルムには、そんなものはないんだ。

 だから、ただ闇に堕ちてしまった。


 それでも、この男は『英雄になる』という、残されたった一つの運命に……希望にすがるしかなかったんだ。


 すると。


「ヴィ、ヴィルヘルム様……」

「ニキータ殿……」


 ヴィルヘルムとルージアの女……ニキータが、見つめ合う。

 まるで、会話でもするかのように……って!?


 突然、ヴィルヘルムとニキータがきびすを返し、共に奥へと逃げて行ってしまった。


「ルディ様! 追いましょう!」

「っ! はい!」


 僕とリズ、それにマーヤは、ヴィルヘルム達の後を追いかける。

 もはや逃げ場のない二人に、終わりを告げるために。

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