決着

「フン……ここは戦場、実力試験の時と同じようなことになるとは、思わないことだ」

「いや、それはこっちの台詞セリフだよ」


 ヴィルヘルムめ、一体どの口が言っているんだろう。

 あの時だって、先に僕の足を踏んできたのはオマエだし、やり返されてのたうち回ったのもオマエなんだけど。


 まあいいや。

 僕は……この男を倒すだけだ。


「シッ!」


 建物内部の時とは違い、今度は僕から攻撃を仕掛ける。

 手加減など一切なく、ヴィルヘルムの喉笛を狙って。


 だけど。


「っ!?」

「甘い」


 ヴィルヘルムは、バックステップで僕の剣の間合いから外れると。


「せえええええええええいッッッ!」


 掛け声一閃、全体重を乗せて一気に振り下ろしてきた。


 ――ギイイイイイイイインンンッッッ!


 剣と剣の激しくぶつかる音が、城壁にこだまする。


「ヴィルヘルム、これじゃさっきと同じ……っ!?」

「おおおおおおおおおおおッッッ!」


 僕は全力で膝の裏を蹴り込むも、ヴィルヘルムは膝を返して受け止め、耐えた。

 片足となり、体勢が不安定となったところへ、ヴィルヘルムが押し込んでくる。


 ――ギリ……ギリ……ッ。


「どうだ、ルドルフ。貴様の小さな身体では、耐えられまい」

「く……っ」


 せめて体勢を立て直したいところだけど、一瞬でも力を抜いたら、それこそ一気に叩き潰されてしまいそうだ。


 なら。


「っ!?」

「手がお留守だよ」


 僕は、ヴィルヘルムの柄を握りしめる手に膝蹴りを加えた。

 もちろん僕も持ちこたえることができずに、そのまま地面に転がってしまうけど、ヴィルヘルムも同じ状況なので、体勢を整えるには充分だ。


「……足癖の悪い奴だな」

「それはどうも。誉め言葉として受け取っておくよ」


 互いに立ち上がり、再び剣を構える。

 ヴィルヘルムがガントレットをはめていなければ、指の一、二本潰してやれたんだけどなあ……残念。


「だが、所詮は小手先の技術。甲冑を身に着けている俺には、そのような攻撃は通用しない」

「…………………………」


 まあ、これはヴィルヘルムの言うとおりだな。

 防具をつけていない状態ならいいけど、さすがに防具の上から有効打を与えることは難しい。


 それに……戦いの場所が城壁の上というのも悪い。

 狭い通路では攻撃もかわしづらく、体格で圧倒的に不利な僕では、防御もままならない。


 その証拠に。


「らあああああああああああッッッ!」

「うぐっ!?」


 ヴィルヘルムの攻撃を受け止めても、身体ごと吹き飛ばされてしまう。

 何とか体勢を素早く立て直して対処しているけど、ちょっとでも間に合わなかったら、そこへ一気に連撃を加えられ、総崩れになってしまう。


 本当に、戦場では技術よりも体格や膂力りょりょくがものを言うね。

 せめて、もっと広い場所だったらよかったんだけど……って、泣き言を言っていても始まらない。


 それに。


 ――ガアンッッッ!


「う……っ!?」

「そんな力任せの攻撃ばかりしてると、防御が留守になってしまうぞ。精々甲冑の隙間を守るんだな」


 手数は僕のほうが上だし、もちろん技術だって。

 何より……僕には、ファールクランツ侯爵が教えてくれたわざがある。


 何度も何度も繰り返してきた、ただ敵をほふるための、わざが。


 僕とヴィルヘルムは睨み合う。

 互いに、相手を倒すために。もう一人・・・・の自分・・・を、消し去るために。


 その時。


「ふう……これ以上は、付き合っていられませんね」


 突然、ニキータがそんなことを呟いた。

 まるで、これみよがしに僕達の戦いに水を差すように。


「ヴィルヘルム様、どうやら私達との・・・・約束・・、お守りいただくことは不可能のようですね」

「約束?」


 ニキータを見やったあと、僕はヴィルヘルムに視線を戻す。

 この女と……いや、ルージア皇国と交わした約束とは、一体……。


「……ならば、ここから去るがいい。ただし、リズベット達やファールクランツ軍から逃げおおせるのであればな」


 つまり、ヴィルヘルムはこう言いたいんだろう。

 自分が僕との決闘に勝利しない限り、ここから生きて帰るすべはないのだと。


 だが。


「フフ……使えない・・・・あなたがいなければ、そんなことは容易いのですよ。精々、ここで惨めに散りなさい」


 ニキータは妖艶な笑みを浮かべ、淵に立つと。


「「「っ!?」」」


 僕達の目の前で、城壁から飛び降りた。


「あ、あれは!?」

「リズ! 何があるんですか!?」

「あの女が、城壁の壁を駆け下りています……」

「はあ!?」


 そ、そんなこと、できるものなのか……?


 だが、僕達が油断をしてしまったことは事実。

 信じられないが、僕達はヴィルヘルムの野望に加担するルージア皇国の人間を、逃してしまった。


「……フン、所詮は利害関係でのみ手を握っていただけなのだ。俺が力を失えば、こうなるのは当然だ」


 ヴィルヘルムは僕を見据えたまま、吐き捨てるように言った。

 これで……この男は、たった一人だ。


「いい加減、決着をつけよう。俺は貴様を倒し、へ進む」

「貴様に、なんてないよ」


 僕は腰を落とし、低く構えた。

 切っ先を、ヴィルヘルムの胴体へ向けて……甲冑すらも、一気に貫くつもりで。


 そんな僕の覚悟を読み取ったのだろう。ヴィルヘルムもまた、それを待ち構えるように剣を下段に構える。

 僕が飛び込んだ瞬間、かち上げて一刀両断にするために。


 さあ……僕の剣が先か、ヴィルヘルムの剣が先か、勝負だッッッ!


「あああああああああああああああッッッ!」


 両の脚で地面を蹴り、掛け声とともにヴィルヘルムへ向けて一気に飛び込んだ。

 まるで、限界まで引き絞られたげんから放たれた、バリスタのように。


 この一撃に、全てを懸けて。


「おおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


 剣の間合いに入った瞬間、ヴィルヘルムの剣先が地面すれすれをかすめ、そのまま弧を描くように空に向かって振り上げる。


 それを、僕は。


「っ!? なにいッッッ!?」

「これで……これで、終わりだああああああああああああああッッッ!」


 さらに一歩、前へと踏み出した。

 かわすのではなく、防御するのではなく、ただ……前へ。


 ――ギイイイイイイイインンン……ッ。


 金属のぶつかる音が……いや、金属を・・・貫く音・・・が、響き渡る。


 そして。


「が……ふ……っ!?」


 ヴィルヘルムは、口から血を吐き、苦痛に顔をゆがめた。

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