ヴィルヘルムの理由

「さて……このまま貴様と戦ってもいいが、その前に話をしないか?」


 にじり寄る僕に、ヴィルヘルムがそんなことを言ってきた。


「はは、僕に敵わないからって、まさか得意の口先で丸め込むつもりか?」

「そうだな、それもいいかもしれん」

「おいおい。たった今、そこの女に僕を殺させようとしたじゃないか」

「まあな」


 ヴィルヘルムは、苦笑して顔を竦める。


 コイツ……何を考えているんだ?

 時間稼ぎをしているようにも見えるが、そんなことをすればこの男にとって逆に不利にしかならない。


 要塞内には既にファールクランツ軍が押し寄せており、逃げることがより難しくなる。

 仮にルージア軍が援軍として駆けつけるのだとしても、今度はファールクランツ軍がこの要塞内で防衛するんだ。それこそ、文字どおり難攻不落だ。


 なら、一体……。


「それより、助けに入らなくてもいいのか?」

「…………………………」


 少し離れた場所でリズとマーヤが、ルージアの女と戦いを繰り広げていた。


 ただ。


「く……っ!」

「……厄介ですね」

「フフ、その程度ですか」


 あの二人を相手取っているにもかかわらず、優位に戦いを進めるルージアの女。

 ヴィルヘルムが余裕を見せているだけあって、その実力は確かなようだ。


 だけど。


「っ!?」

「ふふ、あなたのおっしゃるとおり、この程度です」


 リズがお返しとばかりに、ルージアの女のキンジャールを槍で叩き落とした。

 建物の中という不利な状況下でこんなことができるんだから、本当にすごいのはやっぱりリズだ。


「見てのとおり、僕の助けは必要ないようだよ」

「……そうみたいだな」


 さすがのヴィルヘルムも、リズの強さは認めざるを得ないみたいだな。


「どうだい? 僕の婚約者は、ただ優しくて綺麗なだけじゃない。こんなにも強いんだ」


 僕は、これ見よがしにリズを自慢する。

 リズに特別な感情を抱いているヴィルヘルムだからこそ、僕のこのあおりは悔しいだろうね。僕も、分かっていてやっているんだけどね。


「……ああ、そうだ。貴様の言うとおりだ。リズベットが強く、美しいことは、最初から分かっていた」

「おや? やけに素直じゃないか。だけど駄目だよ。リズは、この僕の婚約者なんだから」


 それこそ、今さらだろう。

 こんなことを言ってはなんだけど、ヴィルヘルムも最初から誠実にリズと接していれば、ひょっとしたらひょっとしたかもしれない。そんな可能性、僕は絶対にお断りだけど。


 すると。


「貴様が」

「?」

「貴様が俺で、俺が貴様だったら、こんなことにはならなかった」


 ヴィルヘルムが、恐ろしく低い声で告げた。

 コイツ、何を言っているんだろう。ひょっとして、今の状況が自分の境遇のせいだとでも言いたいのか?


 僕なんかよりも恵まれている、この男が。


「まあそれも、今さらどうでもいい。貴様を殺し、俺はに向かう。もう……俺は、ただの・・・スペア・・・じゃないッッッ!」

「っ!?」


 ヴィルヘルムが剣を振り上げ、一気に突っ込んでくる。

 僕はネイリングを構え、ヴィルヘルムの一撃を受け止めた……んだけど。


「ググ……ッ」

「どうした、俺より強いんじゃないのか?」


 実力は、僕のほうが間違いなく上だけど、一六四センチの僕に対し、ヴィルヘルムはおよそ一八〇前後はあり、体格はヴィルヘルムのほうが上。

 こういう力勝負になってしまうと、どうしても押し込まれてしまう。


 とはいえ。


「まあ、まともに受ける必要はないんだけどね」

「っ!?」


 膝に蹴りを入れてヴィルヘルムの体勢を崩し、軽くいなす。

 ヴィルヘルムは、勢い余って地面に転がった。


「僕に足の甲を潰されたこと、もう忘れたのか? 僕は足癖が悪いんだよ」

「忘れてなどいない。だが、とても皇子・・が使うような剣術ではないな」


 そんな捨て台詞セリフを吐いて、ヴィルヘルムがゆっくりと立ち上がる。

 それを、僕はわざわざ待っていた。


 僕は、この男に聞きたいことがある。

 どうしてヴィルヘルムは、英雄を目指しているのか。


 どうして、この国を……バルディック帝国を滅ぼそうとしているのか。


 あの『ヴィルヘルム戦記』では、暴君ルドルフから国を救うため……恋人のリズベットを取り戻すため、立ち上がるという設定・・だった。


 なら、『ヴィルヘルム戦記』に描かれていない真実・・は、どうだったんだろう。


 少なくとも、ヴィルヘルムはリズを騙してファールクランツ家の軍事力を手に入れようと画策し、裏ではルージア皇国と繋がっていて、禁制の薬物アピウムの取引をしていた。これも、資金獲得のためであろうことは容易に想像できる。


 つまり、ここまで用意周到に準備をして、僕……ルドルフの打倒、バルディック帝国の打倒を狙っていたということだ。


 さらに、僕以外の皇子……フレドリク、オスカル、ロビンは僕によって毒殺されるというのが、僕の知っている歴史だけど、それすらも怪しくなってきた。

 ひょっとしたら、それもヴィルヘルムが裏で手を引いていたのかもしれない。


 だから。


「なあ、ヴィルヘルム……貴様はどうして、こんな真似をしたんだ?」


 僕は、前世の記憶を取り戻してから、ずっと気になっていたことを尋ねた。

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