思わぬ勧誘
「なあ、ヴィルヘルム……貴様はどうして、こんな真似をしたんだ?」
僕は、前世の記憶を取り戻してから、ずっと気になっていたことを尋ねた。
これは、後世に伝えられた歴史を知っている、この世界でただ一人の人間だからこそ、知らなければいけないと思ったから。
「どうして、だと……?」
こちらを見据えるヴィルヘルムが、どういうわけか一瞬不思議そうな表情を浮かべる。
「え、いや、オマエ、目的があってこんなことをしているんだろ? なのに、その反応は何だよ」
「あ、ああ……そうだったな。俺は、確かにこの国を滅ぼしたい。皇族の連中を……スヴァリエ公爵家を含め、全てこの世から消し去ってやりたい。それは間違いない……のだがな」
そう言うと、ヴィルヘルムが、フ……と微笑みを見せた。
いやいやいや、本当にコイツ、どうしたっていうんだよ。オマエはどこまでも、僕達の憎き敵だろう。ここにきて心変わりでもしようっていうのか?
そんなもの、僕もリズも求めていないんだよ。
「……なあ、ルドルフ。本当に、この俺と手を組まないか?」
「は……?」
神妙な面持ちでそんなことを告げるヴィルヘルムに、僕は呆けた声を漏らす。
この男、さっきから言っていることとやっていることが、支離滅裂過ぎるじゃないか。
僕とリズを殺そうとしているくせに、リズには未練を残していて、たった今僕に斬りかかっておきながら、今度はそんな顔で僕を勧誘するなんて。
もう自分には破滅しか残されていないからと、混乱してしまっているのか……?
「なら貴様に問いたい。“穢れた豚”として皇宮内外で
「…………………………」
正直、恨みや憎しみといった感情はある。
こんな真似をした連中に、同じ報いを与えてやりたいと考えたことは、それこそ数えきれないほどあったよ。
「否定しないということは、そういうことなんだろう? なら、この俺のすること……貴様をそんな目に遭わせた連中に絶望を味わわせることは、利害が一致すると思わないか?」
「そうかも、しれないな……」
僕は顔を逸らし、ポツリ、と呟いた。
確かにこの男の言うとおり、僕の中の奥底に根付いているどす黒い感情を満たすという意味では、この男と共に滅茶苦茶にしてやることこそが、最も手っ取り早いのかもしれない。
何せこの男は、腐っても
つまり、そんな未来が確約されているのだから。
あの、『ヴィルヘルム戦記』によって。
「ルドルフ……貴様は知っているか?」
「……何をだ?」
「
リズとマーヤ、それにルージアの女が激闘を繰り広げている横で、ヴィルヘルムが、
◇
俺の、このスヴァリエ公爵家での存在意義は、スペア……いや、それ以下でしかなかった。
父のヨーランはこの俺に何一つ期待しておらず、歳が三つ離れた兄のパトリックだけを溺愛していた。
それを鼻にかけていたのが、パトリックという男だった。
俺の一挙手一投足が目障りらしく、目が合えばいつも暴力を振るわれていたよ。
しかも、陰湿なことに服で暴力の跡が見えない箇所ばかりを。
耐えかねた俺は、一度だけパトリックに仕返しをした。
あの男、偉ぶって暴力を振るう割に、三つも年上でありながらこの俺よりも弱かったのだ。
俺は一体、この男の何を恐れていたのだろう。
そんなことを考えながら、俺はパトリックを執拗に痛めつけた。
これまで受けた仕打ちを倍にして返すつもりで、何度も、何度も、何度も。
だが、俺は馬鹿だった。
こんなことをすれば、その後どうなるか分かっているのに、そんなことも忘れていたのだ。
案の定、パトリックの怪我を見たヨーランは、この俺に対しとても実の息子に対するものとは思えないほどの……拷問とさえ呼んでもおかしくないほどの仕打ちを行った。
俺は全身傷だらけになり、腫れあがって高熱に苦しんだ。
「ここで、俺は死ぬのか……」
そう考えた瞬間、俺は悔しさで気が狂いそうになった。
何故、俺がこんな目に遭わなければいけない。
どうして、俺はこんなに苦しまなければならないのだ。
そう思った瞬間、俺の中に渦巻いたのは、ヨーランとパトリック……スヴァリエ家に対する憎悪だけだった。
だから俺は、まずはパトリックから壊してやることにした。
あの男……ヨーランは、陰で色々と
その中には、貴様の知るアピウムだけでなく、遅効性の毒も。
定期的に毒を忍ばせていた料理を美味そうに食べるパトリックの姿に、俺は思わず笑い転げそうになったよ。
何故なら、このまま食べ続ければ、確実に死に向かうのだから。
どうしてすぐに殺してしまわなかったのかって?
そんなことをしたら、俺と同じ苦しみを味わうことなく、パトリックを楽にしてしまうからに決まっているだろう。
生まれてからの十年間と同じだけの期間、苦しみを与えないといけないのだから。
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