対峙

「こんなところで、一人だけのんびりしているなんて余裕じゃないか」

「っ!? ……ルドルフ……ッ!」


 とうとう僕達は、ヴィルヘルムを発見した。


「どうやってここに……」

「簡単だよ。貴様なら知ってるんじゃないか? このヴァンダにある、脱出用の地下通路を」

「っ!?」


 意外だったらしく、ヴィルヘルムがさらに狼狽うろたえる。

 へえ……そっちの姿のほうが、よく似合うよ。


「いつも余裕ぶっているくせに、珍しいな」

「…………………………」


 ヴィルヘルムが、琥珀こはく色の瞳で僕を睨みつけた。


「ところで……どうして貴様しかいないんだ? 貴様のことだから、万が一に備えて護衛を潜ませていても、おかしくないと思ったんだけど」


 そう言って、僕は周囲を見回す。

 どうやら、本当に誰もいないみたいだ。


 まあ、五千の兵で正面から攻め込まれては、たった千人しかいないスヴァリエ軍では、護衛に回すほどの余裕もないということか。


 だけど。


 前世の記憶を取り戻してからの僕が知った、ヴィルヘルムという男。

 それは、『ヴィルヘルム戦記』にあるような、誰もが憧れた……初恋の女性ひとが憧れた英雄・・とは程遠い、卑怯で、卑劣で、狡猾な奴だ。


 そんな男が、果たしてなんの備えもなしに一人でいたりするのだろうか……って。


「殿下!」

「っ!?」


 マーヤに強引に引っ張られ、僕は体勢を崩してよろめく。


 そこへ。


 ――トッ、トッ。


 二本の投げナイフが、床に突き刺さった。


「外しましたか」

「「「っ!?」」」


 一人の女性が、姿を現す。

 輝く白銀の髪と、虚無をたたえる灰色の瞳。


 彼女が、ナイフを投げた張本人のようだ。


「はは、やっぱりね。決して正々堂々と戦おうとはしない、貴様らしいな」

「フン」


 僕の皮肉を、ヴィルヘルムはふてぶてしくも鼻を鳴らして受け流す。

 この態度だけは、英雄と同じかもしれない。


「それで? 見たところ、その彼女はルージア人みたいだけど」

「ああ、そうだ。それも、ルージア皇国屈指の暗殺者。貴様等をほふるには、おつりがくる」


 なるほど、ね。

 だからコイツは、余裕でいられるということか。


 自分の実力は、僕にすら及ばないくせに。


 でも、それ以上に。


「……今の言葉、本気なのか?」

「本気とは?」

「貴様の言った、『貴様等をほふるには、おつりがくる』がだ!」


 怒りに任せ、僕は叫んだ。

 何故こんなに怒っているかって? 当然だ!


 僕に対しての言葉ならいい。所詮僕とヴィルヘルムが、相容れることはないのだから。

 だけど! コイツの放った『貴様等』には、リズが含まれているじゃないか!


「やはり貴様は、リズをファールクランツ家の軍事力を手に入れるための道具でしかなくて! それで、僕とリズの思い出を利用して! だまして! リズを……リズを、ただもてあそんだのか!」

「……だから、どうした」


 ヴィルヘルムが目を逸らし、そう吐き捨てる。

 やっぱり、この男にとってリズは……って。


「ルディ様……あなた様が気に病む必要はございません」

「リズ……?」


 リズが、僕の手をそっと握りしめた。

 僕に、微笑みを向けながら。


「この男が本当に私に懸想しているのだとしたら、それこそ迷惑というものです」

「ですが……それでは、君があまりにも……」

「私は、あなた様の想いだけが欲しいのです。なら、むしろ私にとってそのほうが助かります。この男が本気で私のことが好きだと言われても、困ってしまいます」


 どうやらリズは、本気でそう思っているようだ。

 君が傷ついていないのであれば、僕は構わないですが……って。


「……っ」


 ヴィルヘルムが、血を流すほど強く唇を噛んでいる。

 そうか……コイツ、実は……。


 でも。


「……もういいだろう。そこの彼女が加わったところで、貴様はもう終わりだ。それに……聞こえるだろう?」


 そう言うと、僕は耳を澄ます。

 聞こえてくるのは。


『城門が開いた! 全軍、突き進めえええええええッッッ!』

『『『『『おおおおおおおおおおおおおおッッッ!』』』』』


 ファールクランツ侯爵の張り裂けんばかりの声と、それに応える五千の兵士の気勢。

 これで、勝負ありだ。


 なのに。


「ク……クハハ……」

「……ヴィルヘルム?」

「クハハハハハハハハハ……ハア。そうだな、今回は・・・貴様の勝ちだ」


 大声で笑いだしたかと思うと、ヴィルヘルムは大きく息を吐き、肩をすくめた。

 しかも、まさかこの男が負けを認めるなんて……。


「なので、ここで貴様等を始末し、俺はに備えることにしよう。だから……死ね」

「っ!?」


 ヴィルヘルムの合図と同時に、ルージアの女がキンジャールと呼ばれる短剣を両手に握りしめ、僕目がけて襲いかかってきた。


 それを。


「…………………………」

「見くびらないでください。この私が、好きにさせるとでもお思いですか」

「リズベット様、ここは私が」


 ルージアの女のキンジャールを、リズの槍とマーヤのマチェットが受け止めた。


「ルディ様。この女は、私達が仕留めます。あなた様は、ヴィルヘルムを」

「リズ……マーヤ……」


 リズとマーヤが、僕を見て頷く。

 そうだね……僕を守り、自分も守り抜くと誓ってくれた君達だ。


 なら、僕は君達を信じ、そして。


「二人共、頼んだよ。僕は……ヴィルヘルムとケリをつけるッッッ!」


 さやからゆっくりとネイリングを抜き、構えた。


 切っ先を、同じく剣を抜く、ヴィルヘルムへ向けて。

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