ストーカー、ヴィルヘルム

 帝立学園に入学して、一週間が過ぎた。


 ようやくここでの生活にも慣れ、子息令嬢達もそれぞれ仲の良いグループのようなものを形成し始める。

 この学園でできた繋がりが、将来自分達が家督を継いだり、帝国の要職に就いたりした時などに活きてくる……のだけど。


「ルディ様、ご一緒に食堂にまいりましょう」

「あ、あははー……」


 僕はといえば、残念ながら学友といったものができず、相変わらず仲良く会話をするのはリズだけだ。

 まあ、元々評判が悪い私生児の第四皇子ということもあるし、子息令嬢達からも敬遠されているからね。仕方ない。


 とはいえ。


「あの方……今、ルディ様を見ておりましたね」


 僕に学友ができない理由の半分は、リズが威嚇をしているからというのもあると思う。

 これはこれで、リズが僕のことを大切にしてくれている証なので、すごく嬉しいんだけど。


 でも。


「リズは本当にいいのですか? 僕と一緒にいることで、君まで友人を作ることができないじゃないですか」

「うわべだけの友人など、必要ありません。それ以上に、私の友人になることで、令嬢方がルディ様に近づくことのほうが耐えられません」

「そ、そう……」


 リズがいいなら、いいんだけど……うん、愛が重い。


「それより、今日はどれになさいますか? 私は、肉料理メインのものがよいと思うのですが……」


 食堂に到着するなり、リズがメニューを眺めながら上目遣いで尋ねる。

 この質問の意図は、『私は肉料理が食べたいので、魚料理を頼んでほしい』というもの。


 つまり、リズは肉料理と魚料理、その両方を食べたいってことだ。


 なら、両方を頼めばいいじゃないかと思うかもしれないが、リズも侯爵家の令嬢。食い意地が張っていると思われたくはない。

 だから、僕が魚料理を注文することで、お互いにシェアしようという、彼女のお願いなのだ。どうだい、僕の婚約者可愛いよね。


「でしたら、僕は魚料理を頼みますので、あとで交換してもらってもいいですか?」

「! も、もちろんです!」


 ほら、リズはパアア、と満面の笑みを浮かべたよ。

 もちろん、こういったことは僕が気づいて、言ってあげるのがマナーだ。


 ということで、僕達は注文を済ませてテラス席に座る。

 ありがたいことに、僕が嫌われていることとリズの威嚇によって子息令嬢達が逃げていくから、席が選び放題なんだよね。


「ふふ、やはり魚料理も美味しそうです」

「リズの肉料理も、すごく美味しそうだよ」


 なんてやり取りをしながら、僕達は昼食を楽しんでいると。


「隣、いいかな?」


 性懲りもなく絡んできたのは、ヴィルヘルムだった。


「ルディ様、席を移動しましょう」

「なら、俺もそうしよう」


 ええー……僕達についてくる気?

 本当に迷惑なんだけど。


「分からないのですか? あなたと同席に……いえ、あなたが近くにいることが不快なので移動するのです。ついてこられては、本末転倒ではないですか」

「別に、俺はついていっているわけじゃない。たまたま・・・・、座りたい場所が被っているだけだ」

「場所だけの問題なら、私達とは時間をずらせばいいのでは」


 リズがここまではっきりと言っているのに、今日に限ってヴィルヘルムが引き下がらない。

 ひょっとして、何か目的があるのか?


「ヴィルヘルム、リズの言葉が理解できないのか? 貴様が視界に入ると食事が不味くなるから、消えて・・・ほしい・・・と言っているんだよ」

「ルディ様のおっしゃるとおりです」


 ヴィルヘルムを邪魔するようにリズとの間に立って告げると、リズも相槌を打ってくれた。

 僕達のこういうところも気に入らないのか、ヴィルヘルムは顔を歪める。


「……リズベット。君は本気で、ルドルフ殿下の婚約者でいることに満足しているのか?」

「今の言葉、撤回なさい。私はルディ様の婚約者であることに満足しているのではなく、婚約者であることがこの上なく幸せなのです」


 リズはヴィルイヘルムの問いかけが心底気に入らなかったらしく、即座に否定した。


「いいかい、リズベットの実家であるファールクランツ家は、帝国の武の象徴。婚約相手にも、それに相応しい実力が備わっていることは重要じゃないか?」

「……何が言いたい」

「詳しくは、明日に・・・なれば・・・分かる・・・。だから、リズベット……この俺を、よく見ていてくれ」

「お断りします」


 そう言うと、ヴィルヘルムはようやく僕達の前から去って行った。


「……せっかくのルディ様との昼食でしたのに、これでは台無しです……」

「リズ。気を取り直して、今から二人きりで楽しめばいいじゃないですか。それに、ヴィルヘルムも珍しく良いことを言いましたよ」

「あの男が、ですか……?」


 僕の言葉が気に入らないリズは、眉根を寄せて尋ねる。


「ええ。だって、明日の実力試験において、あの男は無様な姿をさらすのですから」

「あ……ふふ、そうでした。ですが、それでも私の瞳には、あなた様しか映りませんが」


 リズはクスリ、と微笑み、熱を帯びたアクアマリンの瞳で僕を見つめた。

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