僕だって婚約したいんです

 タッペル夫人と侍従を捕らえてから、一か月が経過した。


 皇宮での横領ということで事態を重く見た皇帝は、今回の不正について徹底的に調べた。

 その結果、僕が帳簿で確認したものと同様、天蝎てんかつ宮の予算の半分を自分達で着服していたようだ。


 その使い道も、カジノで負けた分の借金返済や宝石の購入など、完全に私利私欲のためであることも分かった。

 これによりタッペル夫人と侍従は極刑、同じくその実家であるタッペル伯爵家なども厳しい処罰を受けることとなった。


 ただ。


「……まさか、この僕まで処分されることになるとは思わなかった」


 そう……天蝎てんかつ宮の管理不行き届きを指摘され、僕は十日間の謹慎処分となってしまった。

 もちろん、処分といってもとても軽いもので、はたから見れば大したことはないと思うかもしれない。


 だが、少なくとも僕は、これで父である皇帝の心証を損なってしまった。

 どこか領地を与えてもらい、皇宮を出て自由を得ることを目標にしている僕にとって、これはあまりよろしくない。


 あえて良かったと言えるのは、これでますます皇位継承争いから離れられるということ。

 そもそも、死ぬと分かっているのに皇帝になんて絶対になりたくないし、これで三人の兄達も僕への警戒が薄れるかもしれないから。


 ……いや、そんなことはないか。

 むしろ今回のことで送り込んだ間者であるタッペル夫人と侍従が排除されたんだから、より敵意と警戒が増す結果にしかならないね。


 まあ、そっちは当初の予定どおりではあるんだけど。


「それにしても、早く明後日にならないかなあ……」


 謹慎になってから今日で十日目。明日になれば、僕はようやく謹慎が解ける。

 のんびりとできたことはありがたいけど、それ以上に、僕にはやることがたくさんあるから。


 まずは。


「うん。謝罪を兼ねて、皇帝に謁見しないとだな」


 僕はチリン、と呼び鈴を鳴らすと。


「ルドルフ殿下、お呼びでしょうか」


 マーヤが部屋にやって来て、うやうやしく一礼した。

 おそらく、部屋の前に控えていたメイドが呼びに行ってくれたんだろう。マーヤも専属侍女になり、天蝎てんかつ宮の管理などで忙しいだろうからね。


 何よりこの一か月の間に、マーヤは専属侍女の権限を行使して使用人達の半分を入れ替えた。

 これは、自分の主人と敵対する勢力の間者を、排除するためだろう。


 僕としてはそういったことも期待してマーヤに権限を与えたんだから、思いどおりになって密かにほくそ笑んでいる。

 たとえ敵だらけだとしても、対象となる敵は少ないほうがいいからね……って。


「その……ルドルフ殿下?」


 いぶかしげな表情で、おずおずと声をかけるマーヤ。

 いけない、つい思いふけってしまうところは、僕の欠点だな。


「ああ、すまないマーヤ。実は、僕の謹慎が解け次第、皇帝陛下に謁見したい。陛下の侍従長に頼んでおいてくれないかな?」

「かしこまりました。すぐにそのようにいたします」

「頼んだよ」


 マーヤは再び一礼し、部屋を出て行った。


 ◇


「皇帝陛下へお目通りが叶い、恐悦至極に存じます」


 バルディック帝国皇帝“カール=フェルスト=バルディック”の私室にて、僕はかしずこうべを垂れた。


 チラリ、と皇帝の様子をうかがうと……平静を装っているものの、どこか戸惑っているように見える。

 まあ、それもそうか。あの傍若無人の限りを尽くしていた僕が、いきなりこんな殊勝な態度を見せたのだから。


「うむ……話は聞いている。先の件について、謝罪をしたいとのことだな?」

「はい……僕の不徳の致すところで、皇宮に損害を与え、権威に傷をつけてしまいました。誠に、申し訳ありませんでした」


 僕は今以上に、深々と頭を下げる。

 さて……これで少しは印象がよくなればいいんだけど……って!?


「フフ……ハハハハハハハハ!」


 突然、皇帝は手で目元を押さえて大声で笑いだした。

 い、一体これは、どうとらえたらいいんだろうか……。


「ハハハ……いや、すまんすまん。そもそも余は、今回の件についてお主に対し怒ってはおらんよ」

「そ、そうなのですか……?」

「うむ。謹慎としたのも、あくまで他の貴族達への体裁を考えてのもの。もちろんあの者達のしたことは到底許せるものではないが、それでも二つの貴族家を潰した・・・のでな」


 なるほど、ね。

 いくら皇帝とはいえ、それは貴族達の上に成り立っているのであり、支える貴族をないがしろにしてはその権威も失われてしまう。


 所詮、この国も一枚岩ではないのだから。


「なので此度こたびのことは気にせず、引き続き励め」

「はっ、ありがとうございます」


 とりあえず、今回の謹慎に関してはこれで終わりだ。

 むしろ、ここからが本番。


 ありがたいことに皇帝も機嫌がよさそうだから、受け入れてくれるだろう。


「それで……謝罪の場でこのようなことをお話しするのは、とても心苦しいのですが……」

「なんだ、申してみよ」


 皇帝はにこやかな表情を崩さず、続きを促した。


「はっ……フレドリク兄上とオスカル兄上、それにロビン兄上は、十二歳の時に婚約をなされたと聞き及んでおります」

「うむ」

「僕も既に十四歳で、来年には成人を迎えます。今後を考えましても、身を固めておく必要があるかと思いまして……」


 そう……皇帝に謁見を求めたのは、僕の婚約者を手に入れるため。

 誰一人として味方のいない僕が後ろ盾を得るには、この方法しか思いつかなかった。


 貴族からすれば、いくら皇位継承権があるとはいえ、私生児の第四皇子なんて担ぎ上げようなどと思わないからね。


 それに、婚約をすることでもう一つメリットがある。

 それは……十年後に僕を暗殺する予定・・の侯爵令嬢、“リズベット=ファールクランツ”との接点を避けられるから。


 要は、僕を殺害する張本人のリズベットから逃れれば、少なくとも十年後に死ぬ運命はやってこないというわけだ。


 もちろん、ヴィルヘルムからリズベットを奪うつもりなんてこれっぽっちもないけど、既に僕は歴史とは・・・・違う・・行動をしている。

 ひょっとしたら、それが原因で予期せぬことが起こる危険だってあるんだ。なら、少しでもリスクを回避しておくのが得策だからね。


「なるほど……確かにな」


 皇帝は、顎をさすりながら思案する。

 その様子を見る限り、それなりに前向きに考えてくれているみたいだ。


「分かった。ルドルフの婚約については、余のほうで考えておこう」

「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」


 僕は再度頭を下げ、立ち上がって部屋を出ていこうとして。


「ルドルフ。これからも・・・・・弁える・・・のだぞ・・・


 皇帝の言葉の意味は、文字どおり身の程を弁えろということだ。

 それは、所詮私生児でしかない僕には、皇子として一切期待していないということを指している。


 ……そんなことは、分かっていたじゃないか。

 僕が、存在しては・・・・・いけない・・・・人間であることくらい。


「……かしこまりました」


 振り返ってうやうやしく一礼し、僕は今度こそ部屋を出た。

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