スパイをもってスパイを制してみる
「は、離して! 離しなさい! 殿下!」
「殿下! どうかお許しください!」
タッペル夫人と侍従が、駆けつけた衛兵に引きずられて部屋を出ていく。
二人は必死に叫んでいるけど、僕は聞こえないふりをして窓の外を眺めていた。
なお、部屋の前には騒ぎを聞きつけた侍従やメイド達でごった返していて、その様子を一部始終眺めている。
「さて……うるさい者もいなくなったし、これからゆっくりと帳簿を調べるとしようか。他にもたくさん不正が出てくるかもしれないからな」
「「「「「っ!?」」」」」
そう呟いた瞬間、使用人達は蜘蛛の子を散らすように部屋の前から退散していった。
タッペル夫人と同じような目には遭いたくないから、当然だよね。
この部屋には僕とマーヤを残し、誰もいなくなった。
「それにしてもマーヤ、この帳簿をよく入手できたね」
「は、はい! 私はこの宮殿でタッペル夫人と一緒にいる機会が多かったですので、
「そうか」
僕はマーヤをまじまじと見ながら、軽く頷くと。
「マーヤ、ありがとう。君のおかげで、腐った
「は、はい……」
僕は笑顔さえ見せながらお礼を告げたのに、マーヤは暗い表情でうつむく。
まあ、これからマーヤは
一応、フォローしておくか。
「心配はいらない。君には今日から、僕の専属侍女として仕えてもらう。そのための権限も与えるつもりだ」
「っ!? わ、私にですか!?」
僕の言葉に、マーヤは勢いよく顔を上げた。
「あはは。僕は、信賞必罰はしっかりするつもりだよ。ちゃんと僕のために働いてくれたんだから、これは当然のことだ」
「で、ですが、一介のメイドでしかない私に、そのような大役が務まりますでしょうか……」
「当たり前じゃないか。君だって、少なくとも男爵家以上の家の者なのだろう? なら、問題ない」
そう……皇宮で働く使用人はいずれも貴族の出の者となっており、ここに平民は一人もいない。
なら、彼女だって一般教養は身に着けているはずだ。そうでなければ、皇宮で働くことなんてできないのだから。
「わ、分かりました! ルドルフ殿下のご期待に添えるよう、精一杯頑張ります!」
「期待しているよ」
そう言って、あらかじめ用意しておいた金のブローチを手渡した。
「これは……」
「もちろん、僕の専属侍女であることの証だ。
「あ、ありがとうございます!」
マーヤはブローチを
「うん、よく似合っている。では、最初の仕事としてこの帳簿を僕の部屋に運ぶのを、手伝ってくれないかな」
「かしこまりました!」
ということで、僕とマーヤは書類を部屋まで運ぶ。
とりあえず、少なくともタッペル夫人の結末を見て、使用人達も調子に乗って不正めいたことすることは控えるようになるとは思うし、これまでの僕へのふざけた態度も、しばらくは鳴りを潜めるとは思う。
そして、この
毒殺未遂事件でもあるように、三人の兄なのか、それ以外の誰かなのかは分からないけど、僕を排除したいだけでなく、どこか警戒しているようにも見える。
そうでなかったら、支援してくれる貴族の後ろ盾もなくて傍若無人に暴れているだけの第四皇子なんて、放っていても次の皇帝になることなんてあり得ないのに、こんな真似をするはずがないからね。
もちろん、僕はタッペル夫人が誰かの間者だと考えてはいるけれど、そのことについての確証はない。
でも……それでも、この宮殿に間者が潜んでいることは間違いないんだ。
ねえ、そうだよね?
「? ル、ルドルフ殿下、何かおっしゃいましたでしょうか……?」
「いいや、何にも」
振り返っておずおずと尋ねるマーヤに、僕は首を左右に振る。
マーヤは首を傾げ、また前を向いて歩きだした。
実は僕は、タッペル夫人の横領を暴くと同時に、一つ
マーヤに裏帳簿を入手して持ってこさせることを指示し、どのような対応を見せるのかを確認するために。
そうしたらマーヤは、予想どおりの行動を示した。
裏帳簿を、
つまり……マーヤはタッペル夫人とは
それに加え、おそらくはタッペル夫人も巧妙に隠していただろう裏帳簿をあっさり見つけたことからも、夫人とは違ってちゃんと訓練された間者であることを物語っている。
さて……この
できれば、
僕はマーヤの背中を眺めながら、口の端を吊り上げた。
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