不正をするにしても、詰めが甘いね

「……帳簿はまだか」

「は、はあ……私には……」


 呼び鈴を鳴らして呼びつけたメイドをジロリ、と睨みながら問い詰めるが、メイドは恐縮するばかりで身体を小さくしている。

 頼んでから既に三時間も経つのに一向に持ってこないところをみると、今頃は必死に帳簿の改ざんでもしているのかもしれないな。


「ハア……仕方ない。まだ体調は戻ってはいないが、ここで待ち続けていたら朝になってしまう。君、タッペル夫人のいる場所まで案内してくれ」

「っ!? しょ、少々お待ちくだ……」

「どうして僕が待つ必要がある。いいから君は、僕の指示どおりさっさと案内しろ」

「はい……」


 観念したメイドは、僕を連れてタッペル夫人のいる部屋へと案内した。


「っ!? で、殿下!?」

「やあ。あんまり遅いから、待ちきれなくてここまで来たよ」


 タッペル夫人が驚きの声を上げ、そばにいた中年の侍従が慌てて目の前にある帳簿に覆いかぶさった。

 どうやらまだ、帳簿改ざんの真っ最中だったみたいだ。


「それで、僕に帳簿も持ってこないで何をしていたんだ?」

「そ、それはもちろん、ルドルフ殿下にご確認いただく帳簿に不備があってはいけませんので、念のため確認をしていたのです」

「そうでございますぞ! 我々は殿下からこの天蝎てんかつ宮の管理を任されている身、間違いがあってはいけませんからな!」


 よくもまあ、臆面もなくそんなことが言えるものだ。

 だが……全てを確認し終えた後で、同じ台詞セリフが言えるかな?


「そうか。どうやら君達は、僕のために色々と尽くしてくれているようだな」

「「もちろんでございます」」

「分かった。では、早速見せてもらうとしよう」


 僕は机に積まれている帳簿の中のうち一つを適当に選び、斜め読みする。

 こう見えて僕は、前世では村の教会の神父様から、経理を任されたりもしたんだ。この程度の帳簿を見るなんて、朝飯前だよ。


 だけど……ふうん、上手く辻褄つじつまを合わせて、金の出入りを不都合なく綺麗にしてあるな。


 他の帳簿も手に取り、同じようにパラパラとめくると……お、あったあった。

 僕が探していたのは、この帳簿だよ。


「ふむ……確かに帳簿を見る限り、おかしなところは見受けられないな」

「当然です。私達がしっかりと管理しておりますので」


 タッペル夫人が胸に手を当て、自慢げな表情を見せた。

 いやいや、横領をしているんだから、もう少し謙虚にしたらどうなんだよ。


「では尋ねるが、この宮殿に充てられている予算に対して、使った金額もほぼ同額となっている。このうち、『調度品』の費目に割り当てられているお金は、何に使っているんだ?」

「ハア……ルドルフ殿下は、やはり分かっておられませんね。いいですか? ここは皇宮なのですから、皇室としての威厳を保たないといけないのです」


 肩をすくめてかぶりを振り、タッペル夫人は小馬鹿にするように説明を始める。


「当然、ほんの少しでも威厳を損なうようなものがあれば、それらは処分して次の調度品に入れ替えなければなりません。むしろ、予算はどれだけあっても足らないほどなのです」

「なるほど……だから調度品には、特に気を配っているというのだな?」

「そのとおりです」


 ……呆れて物が言えないとはこのことだ。

 そもそも僕は、自分の部屋の古く傷んでいる家具を見て、横領を疑ったんだぞ?


 ハア……もうこれ以上は付き合っていられないし、さっさと終わらせる・・・・・としよう・・・・


「ところで……僕の手元に、こんな帳簿があるんだが?」

「「帳簿というのは……っ!?」」


 僕は口の端を持ち上げ、隠し持っていた一冊の帳簿を取り出してこれ見よがしに見せると、まじまじと眺めていた二人は息を呑んだ。


「これは、たった今見せてもらった帳簿と同じ時期のものなんだが、こちらの帳簿だと予算が余っている。それも、半分も・・・だ」

「そ、それは……おかしいですわ! ここにある帳簿こそが本物で、殿下がお持ちのものは偽物! 殿下は騙されているのです!」


 険しい表情で、大声で叫ぶタッペル夫人。

 まあ、この女がこういった答えを返してくることは分かり切っていた。


 だから。


「だ、そうだが?」


 後ろを振り返り、扉に向かって声をかけると。


「っ!? マ、マーヤ!?」

「…………………………」


 現れたのは、メイドのマーヤだった。

 説明しなくても分かると思うけど、僕はタッペル夫人を陥れるために、呼び出した時に一緒にいたマーヤを利用した。


 怯えた態度からも、少し脅せば僕の言うことを聞くと判断して。

 といっても、言うことを聞かなかったら聞かなかったで、別によかったけどね。


「それでマーヤ、僕に届けてくれた帳簿が本物なのか偽物なのか、教えてくれないか」

「は、はいい……」


 震えるマーヤは、僕とタッペル夫人を交互に見ながら、どう答えていいのか迷っている。


「マーヤ」

「わ、私が殿下にお届けしたものは、間違いなく本物の帳簿です!」

「マーヤ! あなた!」

「そ、その証拠に、表紙に天蝎てんかつ宮の印章が押されています!」


 僕にすごまれてどうにもならなくなったマーヤは、顔を真っ青にして大声で告げた。

 タッペル夫人と天秤にかけ、僕を選んだみたいだな。


「そこのメイド、すぐに衛兵を呼んでくるんだ」

「か、かしこまりました」

「お、お待ちください! 私はこの男に頼まれ、仕方なく!」

「う、裏切るのか! この話を持ちかけてきたのはタッペル夫人じゃないか!」


 慌ただしくメイドが駆けていく中、タッペル夫人と侍従は、見苦しい言い争いをしている。

 そうだ、無様な姿をもっとよくさらしてくれ。


 そうすれば、天蝎てんかつ宮にいる全ての使用人も、明日は我が身だと気づくだろうから。

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