まずは、不正を暴くことから始めよう

「ふう……ようやく手足のしびれもなくなったよ……」


 目を覚まし、僕が前世の記憶を取り戻してから一週間。

 僕は両手を握ったり開いたりしながら、身体の感触を確かめる。


 いくら邪魔でしかない僕だからとはいえ、さすがに寝込みを襲ってくるような者もおらず、使用人達もかいがいしく僕の世話をした。


 まあ、ただでさえ皇室主催のパーティーで僕の毒殺未遂があった直後に、さらに僕の身に何かあったら、それこそ皇室の権威が疑われてしまう。

 使用人達の会話からも、僕を毒殺しようとした犯人については皇室を挙げて捜索しているようだし、ここで下手な真似をしたら身の破滅だからね。


 とはいえ、どうせ金に困ったどこかの没落貴族を人身御供ひとみごくうにして、犯人に仕立て上げるんだろうけど。


「まあいいや。それよりも……」


 僕はベッドから立ち上がり、かなり傷んでいる家具……まあ、ほとんどの家具がかなり古くて傷んでいるんだけどね。そのそばへ行くと、引き出しの中に大切にしまってある一枚の金貨を取り出して握りしめた。

 この誰も味方のいない皇宮で、たった一人だけ優しくしてくれた人がくれた、僕の宝物・・・・


 といっても、その時の僕は幼かったこともあり、誰がくれたのかも覚えていない。

 ただ、僕と歳の近い女の子だったことは、おぼろげながら記憶がある。


 ……もし再び出会う奇跡が起きたら、その時はちゃんとお礼を言わないと。

 このお守り・・・があったからこそ、僕はこうして今も生きているのだから。


「まあ、子供の気休めだけどね」


 そう呟き、僕はクスリ、と笑った。

 でも、そんな気休めを握りしめているだけで、僕は勇気が湧いてくるんだ。


「それじゃ、早速始めるとしようか」


 僕は呼び鈴をチリン、と鳴らすと。


「……お呼びでしょうか」

「し、失礼します……」


 やって来たのは、僕を担当している侍女長の“タッペル”夫人と、若いメイドが一人。

 普段はもっと身分が下の侍女が対応するけど、さすがに毒殺未遂があったので、侍女長自ら対応するしかないと判断したのだろう。


 だが、タッペル夫人は第四皇子の僕に対して不遜ふそんな態度を隠さず、『用件はなんだ』と言わんばかりに睨みつける。

 逆に若いメイドのほうは、僕が暴れだしたりしないかと、怯えた様子だった。


「すまないが、僕もようやく身体を動かせるようになったので、服を用意してくれ。それと……仕事・・も滞ってしまったから、この天蝎てんかつ宮の帳簿一式を持ってくるように」

「「っ!?」」


 僕の言葉に、二人が思わず目を見開く。

 だけど……うう、暴君らしく偉そうに振舞おうとすると、違和感を覚えてしまう。


 どうやら僕は前世の記憶を思い出したことによって、人格まで前世の頃に戻ってしまったみたいだ。

 ま、まあ、この皇宮から抜け出して自由になったら、偉そうなままだとやっていけないし、このほうがいいよね。そういうことにしよう。


 なお、天蝎てんかつ宮というのは、僕が暮らしているこの宮殿のことだ。

 フレドリクは人馬宮、オスカルは白羊宮、ロビンは金牛宮というように、皇子達はそれぞれ宮殿と運営に必要な予算を割り当てられていた。


 そして、宮殿の運営に関しては皇子達の裁量に任されているんだ。

 僕のように侍従や使用人達に運営の全てを放り投げている者もいれば、フレドリクのように自分一人で管理しなければ気が済まない者、部下達と連携・協力しながら運営を行うオスカルなど、そのやり方はばらばらだけどね。

 まあ、ロビンに関しては僕と同じように使用人達に任せきりで、遊びほうけているけど。


「……ルドルフ殿下。お言葉ですが、今まで仕事もなさらずに遊びほうけていたのです。帳簿を見たところで、理解できないと思いますが?」


 思ったとおり、タッペル夫人が僕に仕事をさせまいと難癖をつけてきた。

 そうだよね。色々と調べられたら、この天蝎てんかつ宮で僕の生活費を横領していることがバレてしまうからね。


「理解できるかできないか、それは僕が帳簿を見て判断する。それに、分からなかったらタッペル夫人が教えてくれればいいだろう?」

「そ、それはそうですが……」


 はは……僕が教わるていにすれば、彼女も嫌とは言わないだろう。

 これならば、いざとなれば僕に横領を悟らせないように誘導することだってできると考えるだろうからね。


「よし、そうと決まれば腹ごしらえだ。すぐに温かいスープでも持ってきてくれ。それを食べてから、仕事をこなすことにする」

「「かしこまりました」」


 安堵した様子の二人が一礼し、部屋を出ていこうとして。


「あ、そうだ。君、ちょっとこい」

「っ!? は、はい!」


 僕に声をかけられてしまい、若いメイドが身体を硬直させる。

 ようやく僕から逃れられると思ったのに、一難去ってまた一難くらいに思っているんだろう。


 前世の記憶を取り戻すまでの僕は、使用人達を気分次第で痛めつけたりしていたから。

 今から思えば、暴君の少年時代らしく最低なことをしていたな……。


 だが、今はそれが役に立つ。


「名前は何という?」

「は、はい! “マーヤ”と申します!」

「そうか。実はマーヤに、タッペル夫人には内緒で頼みたいことがある」

「わ、私に、ですか……?」


 僕は彼女に近づき、そっと耳打ちをする。

 ひょっとしたら、タッペル夫人が部屋の外で聞き耳を立てているかもしれないしね。


「そ、そんなことをして、本当によろしいのでしょうか……」

「ああ。それと……もちろんこのことを誰かに告げたら、分かっているな?」

「っ!? も、もちろんです!」


 ニタア、と口の端を吊り上げた瞬間、マーヤが恐怖で顔を引きつらせた。


「よし。じゃあ頼んだぞ」

「し、失礼いたします!」


 マーヤは深々とお辞儀をし、逃げるように部屋を飛び出した。


「さあ……タッペル夫人は、どんな顔をするかな?」


 元々タッペル夫人も、僕をおとしいれようとする誰か・・の差し金だということは分かっている。

 それが、自分の身から出た錆によって、墓穴を掘ることになるんだ。


 横領が発覚した時のタッペル夫人の様子、それを見ている連中の様子を思い浮かべ、僕はくつくつとわらった。

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