第35話 初勝利
「勝った?」
「ナイス」
「やった!」
見事敵にポイントを一切譲ることなく公式戦初勝利を収めた。
3人が各々の反応で勝利を確認するが、トモさんは集中しすぎていたあまり勝利の瞬間画面が止まったことに驚いていた。
「よぉっしゃ!」
俺も思わずガッツポーズをしながら声を上げる。
途中で相手との実力差があることは分かったが、それでも慢心することなく練習通りに最後までやり通したことが何よりも嬉しかった。
「おめでとう!」
俺は、ボイスチャットに入り、すぐさま祝福の言葉を口にする。この喜びの感覚を味わうのはいつぶりだろうか。選手の時は時々勝ったがあったとしても、喜びよりも安堵の気持ちの方が大きかった。
きっと今の俺はとんでもなく口角が上がり気持ち悪い顔をしているに違いない。
「おう! 勝ったぞ!」
トモさんが誇らしげに言うが、それも喜びがこぼれている。
「勝った」
「勝ちましたね!」
3人ともそろって同じ反応をする。
まだまだ予選の1試合が終わった所だが安心感からか、感情が爆発している。俺ですら今日まで不安で眠れない日があったくらいだ。選手たちはもっと色々な感情で押しつぶされそうになりながらやってきたのだろう。
「ここまでの圧勝を見せてくれるとは思ってなかったよ」
いい方向に肩の力が抜けていて、固くならずに戦えたことが一番の要因だろうが、それ以上に。
「練習の成果が本当に出てた。この1勝は皆の努力の証だよ」
このパターン練習を考案したのは俺だったが、俺ですらここまで想定通りにいくとは思わなかった。敵チームが一般的な動きをしてきてくれたこともそうだが、それ以上に選手が一つのミスも無くやり切ったことが一番の要因だ。
「当たり前でしょ。トモたち強いんだから」
「自分も少し自信ついた」
「これはちょっと自分を褒めたいですね」
「もちろん。これ以上にない出だしだよ」
プロの称号を得ようとしているにも関わらず、こんなところで喜んでいては先が思いやられると感じるかもしれない。それでもチームとしての公式戦初勝利を喜ばないなんてことはできなかった。
「多分最速勝利だから、次の試合までは30分くらいはあるよ」
今日は公式配信などが無いため、進行具合は運営からのチャットでしか確認することができない。
「結構ありますね」
今日の残りの試合数は8試合、明日は6試合。
ここで、あまり疲れを残したくもないし、かといってリラックスしすぎるのも怖い。1勝をあげられたことで第一ステージはほぼほぼ抜けられるとは思うが、肩の力が抜けた後に崩れ落ちるなんてことはざらにある。
疲れをためないように且つ緊張感を保つためには。
「今の試合で気になった点はほとんどない。ちょっと悪い癖みたいなところはいくつかあったけど、そこまで意識して動きの流れが変わるのも良くないから今は言わない」
トモさんのスキルの使い方が一定リズムとか、ひまりさんのワンテンポ早い突っ込み癖とか、ISAMIさんの一瞬どの敵を撃つかを迷うところとか。気になった点をメモしながらやっていたが、いくつか出てきた。だが極度の緊張状態で戦っている選手に完璧を求めることの難しさは分かっているつもりだ。
勝てたからいいというわけではない。ただ今の選手たちに求められるのはミスをなくす完璧さではなく、長所を伸ばして伸びしろを作ること。
「このままでいいってこと?」
「このままでいい」
ここは選手を不安にさせないために普段以上に力強く肯定する。
「わかった」
「じゃあ、射撃練習でもしてAIMあっためておきますね」
「あっ! ひまちゃんトモもいく!」
俺は目を休めるように言おうとしていたが、選手たちの行動の方が一歩早かった。努力の仕方を知っている彼女達は、こんなところで慢心するような人物では無い。
目標に一歩近づき安堵していると思っていたが、俺に言われずとも既に先を見ているのだから、自分の不出来さを再確認することとなった。
「時間になったらいうよ」
さっきまでの反省会はそれぞれミュートしていたようで、そういった意味での慣れも感じる。
ひまりさんとトモさんになにも言わずいともISAMIさんもついて行っていき、3人がマップ内で1v1を交代交代で始めた。試合の時のテンションとは違い、純粋にゲームを楽しんでいるようなそんな姿を見ると、試合中に練習の成果がはっきりと出たことをより強く納得させられた。
他にも配信している人はいないかと思い、各配信プラットフォームで大会名のハッシュタグを検索してみて回る。プロ選手はうちと同じ考えが多いのか、今日にいたってはほとんど皆配信をしている。恐らく、明日以降は激減するだろう。
やはり本気で準備してきた人とそうでない人との間では、かなりの差があることが見受けられる。参加者ごく一部が本気でプロリーグ入りを目指し、その先にあるであろう世界大会に照準を定めている。そして半数が運が良ければ上がれると淡い期待を抱いて、そして残りがエンジョイで大会に出場。あらかたこんな感じだろう。
これは決して悪いことではなく、競技人口が多いことはそれだけゲームが盛り上がっている証拠で、これに見る専もついてくれば本当に覇権ゲーの完成だ。
恐らく俺もコーチをしていなかったら、タケルを誘って出ていたに違いない。
「あ、そろそろ始まるみたい」
パソコン内の機械音通知で運営からの連絡が来たことに気が付く。
「もう? 結構早いね」
「うちほどじゃないけど、結構ワンサイドゲームになってるところ多いね」
「自分たちだけじゃないんだ」
「私たちが戦ってたG1の人たちも出てるんだから、そんなに甘くは無いってことですよぇ」
3人はすぐに練習を止めて大会ロビーに移っていった。
「よっし! じゃあ2試合目も頑張ろう!」
「うん」
「おお~!」
改めて気合を入れ直す3人をよそに、俺は1人チャットから抜けていく。
彼女達はその日、全9試合のうち全勝で見事予選リーグ2日目に進むことになった。
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