第33話 晴れ舞台
「ううう~! 緊張する~」
普段のトモさんからは考えられないような、濁点のつくような声を出す。先日彼女が極度の緊張しいだということが発覚して、多少の心配は覚えた。しかし、それはその後のスクリムで杞憂であることが分かり胸をなでおろしたのだった。
「トモちゃんなら大丈夫自信もって!」
「そろそろ1試合目が始まる」
IGLである彼女が緊張から普段の実力を発揮できないことは、負けに繋がる一番の要因だったからだ。だが、トモさんにはそれは当てはまらず、ゲームが開始すればそんなことすぐに忘れ、普段通りのキリッとした姿に戻る。プレイに悪影響を及ぼす心配は一つもなかった。
「違うよ、ひまちゃん自信は満々なんだよ」
彼女のような底知れない自信を持っているのならば、試合前の緊張はちょうどいいものであろう。もちろん、ひまりさんもそれを分かっていつつも、何も言わないわけにはいかない為なだめているいるが、それも分かった上のことだろう。
そのため、ISAMIさんは全くの無視でありそれについてトモさんが言及するものの、結局同じことの繰り返しのためなにも言わなくなった。
そんな数日間を凄いしてきて、今日ようやく大会本番だ。
「自分たちの今の実力を十分に感じてきて欲しい」
今日負けてしまえば元も子もない。来週の本選には進めないしその次の決勝リーグにも出られない。しかし、そんなことを心配している選手達ではないことは十分に分かっている俺は、強気な言葉で彼女達の背中を押し続けるのが今日の仕事だ。
「ま、まあ? 今日負けてるくらいじゃとても本選なんか行けるはずないし、一回も負けないくらいの気持ちでいくよ」
すぐに調子に乗るというわけではないが、褒められることはたいそう嬉しいようだ。俺程度の言葉で彼女の精神が安定して、背中を押せるのであればこれほど簡単なことは無い。ただ、多用は禁物だということを忘れなければ。
「そこまで気負いすぎなくともいいけど、それほどの実力はあると思ってる」
今までスクリム以外では自分たちのレベルを推し量ることができなかったからこそ、3人とも不安を抱えていることは分かっていた。
しかも、そのスクリムも大会ではあてにはならない。それぞれのチームが試行錯誤しながら最善を模索しながら戦っていれば、負けこんだりその逆で連勝続きになることなどはあって当然だから。
少女たちもそれが分かっているからこそ、初めの一戦が何よりも重要であると感じているようだ。
「あんたは画面の前で偉そうに腕組みしてればいいんだよ」
「後方コーチ面」
「ISAMIちゃん。コーチ面って……」
「本当にコーチですけどね? それだと偽物みたいに聞こえるんだけど」
俺のことを全くもって信用していないから出る発言なのか、それともまだまだ俺の出る幕ではないということなのか。俺に自分への自信がないのは確かだが、彼女達から全くの信頼を得ていないなんて、不安になることはもうないだろう。
それほどまでに、短い期間であったものの俺たちは濃い時間を過ごしてきた。
「なにも言わないコーチって存在意味ないね」
「置物」
「2人ともそんなこと言わないの!?」
なんだか、トモさんとISAMIさんが妙なテンションになっているものの、いじられ役までこなせるなんて、多用な使い方ができるコーチもいたもんだな。この状況を見れば、コーチに求められるものがゲームの実力でないことは明白だろう。
しかしながら、気張りすぎるでもなく慢心しているでもない、絶妙に肩の力が抜けている様子を見る限り、プレー面への影響はないであろう。
「お! そろそろ始まるね」
運営からのマッチ開始通知が届き、いよいよ決戦の時が来た。
「じゃあ、がんばろっか!」
緊張で強張っている体をめいっぱい伸ばしながらトモさんが言う。チーム最年少ながらも皆を引っ張る立場でもある彼女は、既に戦闘状態であった。
「うん」
「頑張ろうね!」
それに続く2人も数か月前の自信の無さが前面に出ていたころと比べると別人のようだ。
「じゃあ、俺はVCから抜けないとだから出るね。NeoFrontierの晴れ舞台楽しんでみてるよ!」
「任せて!」
「うん」
「はい!」
彼女達の返事を聞いてから俺はVCを退出した。
「なんだか不思議な気分だ」
これから試合が始まるのに俺はその場にいない。気持ちは戦闘態勢にはいっているものの、これ以上俺に出来ることは何もない。分かっていたつもりではあるがこの妙な感覚にもいつかは慣れが来るのだろうか?
選手達3人の配信画面を映す作業をしていると意外にも疎外感が無いことに驚く。今日くらいは戦略を盗み見られることもないだろうと、満場一致で配信をつけることに決めた。
当初の俺は戦略がバレることを危惧して自分からはその話題に触れなかったが、選手からその話をしてきたのだ。むしろ、俺が嫌がると思っていたらしい。最終的な決定権や方針は実際に戦う選手に任せるつもりだったため、すぐさまそれを了承した。選手たちが目の前の勝利だけでなく、チームに所属している意味を考えて行動できていることに誇らしく思う。
「オーナーも泣いて喜んでいるだろうな」
今日はどうしても仕事の都合が合わないために、リアタイ視聴はできないらしい。あとから結果を見ることが、とても悔しいと言っていた。都合が合う日があれば一緒に見ませんかと誘った所、俺の仕事の邪魔をするわけにはいかないし、選手たちも試合間のコーチとの会話にオーナーまでいたら嫌だろうと言って断られた。
そんなことはないだろうと思ったものの、それもオーナーなりの心遣いだと思ったためそれ以上無理強いすることはしなかった。
そんなことを考えている内に試合が始まった。
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