第32話 励ましの行為は悟られぬように
「お疲れ様です」
「お! お疲れ様! いや~いよいよだね。なんだかオーナーの方が緊張しているかもしれないよ」
いつもテンション高めなオーナがさらにそわそわしている感が伝わってくる。この時期は本職の仕事の方も忙しくなってくるような話も聞いたので、その影響もあるだろうが、それ以上に自身のチームの晴れ舞台に興奮しているようだ。
俺はと言うと、選手時代はあまり緊張をするタイプではなかった。昔から冷静でいられるタイプではなかったが、本気で勝ちたいと思い努力するようになってからは緊張とは決別していた。
とことが今はどうだろうか。緊張と言うよりも不安と言うべき感情が渦巻いている。
「ええっ? 意外ですね。オーナーはそういったとき冷静に見定めているようなイメージありましたけど」
新規チームを持とうとする多くは、まだまだ未発達なこの業界にビジネスチャンスを求めてくるというよりも、純粋にゲームが好きと言う思いで立ち上げていることが多いような気がしている。オーナも例外ではなくゲーマーだ。そのおかげで俺がこのチームに入れたのだから。
「そうかい? 自分のところの選手の活躍するところを冷静に見ていられる気がしないよ」
会社は家族。日本企業が掲げる社員一丸となるための合言葉のような言葉ではなく、オーナーからすれば、選手は自身の子ども同然なのだろう。
これはさながら、子どもの運動会前にはしゃぐ父親のようだ。
「そういえば、支援物資ありがとうございました。急にあんな図々しいお願いしたのにも関わらず、すぐに手配してもらえるなんて」
そんな中に俺も含めてもらっているのだ。
俺は選手に送ってあげて欲しいとお願いしたのだが、なんと俺のもとにもそれらが届いた。ネット注文などしていなかったにも関わらず宅配がきたことで初めて分かった。まさか、コーチである俺にも送ってくれるなんてきちんとチームの一員だと認められたような気がして嬉しかった。
「あれくらいどうってことないよ。むしろこっちが気が回らなくても申し訳ないくらいだよ」
ここまで献身的にサポートしてもらっているのに、これでもオーナーからすれば少ないと感じていることに驚く。しかも支援するだけではなく、きちんと近況を尋ねてくれているため、放置と言うわけでもない。
忙しく若い選手からすると、面倒に感じる部分もあるかもしれないが社会人としてはそれがどれほど重要なことかを理解できる。
「どうだい? 選手達の様子は?」
「僕の想像を越えるほどの成長をしましたよ」
これは心配性なオーナーに期待を抱かせるための嘘ではなく、紛れもない事実だ。当の本人である俺が一番驚いているのだから。
「そっか。やっぱり君にお願いして正解だったね」
先ほどまでの少し興奮気味の声とは正反対の、トーンが下がった声でそういうオーナーは自分のやってきたことが正解だったことを再認識しているようだ。
しかし……。
「いえいえ、選手達の頑張りですよ」
実際はオーナーが思っている物とは正反対だと言えるだろう。彼女達の素質が良かった。ただそれに尽きる。どんなに磨き手が良くても石ころはダイヤにならない。その逆で磨き手が悪くてもダイヤの原石ならば、ある程度形にはなるだろ。
「それは謙遜だよ。彼女達があのまま3人だけで戦っていたとして、そこまでの成果が見込めたと思うかい?」
オーナーも過去の彼女達の現状を正しく理解したうえで俺に声をかけたようだ。しかし、彼女達に一番必要だったのは選手以外の第三者であったことは俺が一番理解している。
「それは難しかったと思います。だけど、僕のコーチとしての実力が追い付いていなかったのも事実です。もっとできることもあったはずだと思わずにはいられません」
「それは、ハク君が彼女達と一緒に成長していった証だよ」
どこまでも優しく、どこまでも選手含め俺のことを信頼してくれているのだろうか。その期待に応えたくてともに頑張ることを決めた。しかし、ここまでやってきて、ここまで選手と共にしてきて俺は少し前に決めたことがあった。
近い将来Esports業界を背負うであろう彼女達にとって一番良い道は何だろうかと考えた末に出た結論であった。
「俺も成長できましたかね……? だと嬉しいです」
「それはそうだよ。でも、それは君自身の努力と決意の表れだよ。決して自分を卑下するようなことはしてはいけない」
決意はあった。努力もした。しかし、勝てなければ意味がない。
勝たなければ次の道は開かれない。負け続け結果も残せなかった俺にゲームの神様が最後のチャンスをくれたのがこの場所だった。だから、俺が一番費やせる時間を全て使った。
「劣等感は人を一番奮い立たせる原動力だと思っています。もちろん、それが向いている人そうでない人はいますが、僕はまぎれもなく前者です。だから頑張れるんです」
「彼女達が結果を残し、君が報われることを僕が一番願っていることだよ」
「やってくれますよ……。必ず」
噛みしめるように呟く俺の声に、自信の無さを感じなかったかと不安になる。コーチの自信の無さが選手に伝わってしまっては、元も子もない。こんなみっともない姿は今だけにして、明日は誰よりも、選手達よりも自信満々の姿を見せ続けなければならない。
「遅くにごめんね。明日は正午からだったよね? 彼女達をよろしく」
そういってオーナーとの通話は終わった。
オーナーなりの俺への励ましだったのだろう。自分がしたことを俺がそのまま選手にやってくれると信じて。
「さてさて、最後の仕上げでもやりますか」
俺はそう言葉にしながら、選手の試合アーカイブを3人分付け直した。
ぎりぎりまで自分の出来る限りのことを尽くそうと思い。
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