第30話 決戦前夜

「ふぅ~っ!!! 寒っ!」


 仕事が終わり会社から出ると、既に日は落ち人工の明かりだけになっていた。風も冷たくなり、いよいよ冬到来と言う感じだ。


「なんだかあっという間だったな」


 シーズンが9月に終わり前チームをクビになったが、すぐさま今のチームに拾ってもらって初のコーチとして活動し始めた。慣れないことを続けるばかりの生活も気づけば2か月もこなし既に11月。


「いよいよ来週だもんなぁ」


 そして俺の予想通り予選は地獄と化した。

 別ゲープロやアマチュア、YouTuberなどがこぞって参加したため現時点で驚異の1000チームの応募があった。登録したけど出場しないチームなどがいるだろうから、当日に無作為に割り振られてリーグ戦を行うようだ。

 4チームでのリーグ戦を行い上位2チームが次に進み、32チームになるまで続けるため本選に進むだけでも5回勝たなければいけない。これをまさかの2日間の日程で行うため、計15試合をこなす必要がる。なんともゲームの実力のみならず体力勝負にもなる。

 リアルスポーツの体力とEsportsでの体力が男女によって差があるかはよく分からないが、俺でもやりたくは無いのが正直なところである。彼女達が途中で心が折れるとは考えずらいが、短期決戦や試合間の過ごし方など考えなければいけないことが増えた。


「本当に運が良かったというか、タイミングがかみ合いすぎていたな」


今現在覇権を握っているFPSゲームがない。それはカジュアル層も競技層も含めてどちらにも言えることであった。さらに、どのゲームでもオフシーズンがありどのタイトルでもその期間にチーム編成や補強がおこなわれる。しかし、あえてそのオフ期間予選を行うことで、別ゲーのプロなどもお試し感覚で参加している。

諸々の条件がそろったことによる今回の結果だ。


「とりあえず早期のエナドリ投入は控えさせて、後はブドウ糖だな。オーナーにラムネを送ってもらうように頼んでみるか」


 今日にいたるまでオーナーとは何度もミーティングしてきた。

 口出しはしないと言いつつも、色々と心配なようで度々俺に連絡をしてきていた様子を聞いていた。邪魔しないようにと直接選手に話を聞くことをためらっている姿はさながら思春期の娘とお父さんそのものであった。してほしいことがあったら何でも言ってくれと言われていたもののこれまでは、あまり頼むことが無かったためここでようやくお願い事をしてみようかと思う。


「だいぶ基礎も上がっていっていい感じだからマジでありそうだよな」


 選手たちの状態も過去最高レベルまで達しており、スクリムのグループも最高位に上がってからはキープし続けている。対策をされすぎることを嫌って、あの戦い方を毎回しているわけではないが、それでも勝てているのだから彼女達の実力だろう。

 それぞれのロールも確定して戦闘スタイルに安定性が出てきている。きっと自信もついてきているだろうと思っていたが、案外その辺の精神面はトモさんが一番弱いようで、既に緊張しているようで意外な一面も見れたりしている。


「とは言いつつも俺も内心焦りまくりなんだよな」


 今から新しいことをやることは控えている。いや、大会の日程が決まりあの作戦を結構することを決めた時から、真っ向勝負とあれの2択しか使う予定はなかった。そのため、選手の前では何も言っていないが、本当にあれでよかったのかを今でも悩み続けている。もっと他に出来ることがあったのではないかと。


「冬の寒さに負けてかそんなことばかりを考えてしまうんだよな」


 満員電車内は蒸し暑いため冬の寒い中でもあまり着こまないようにしている。そのため家から駅、駅から職場までが俺の寒さとの戦いであった。風が強い日となるとなおさらである。

 時々精神的に弱くなってきているのかと思うこともあるが、これも心境の変化なのだろう。今の俺はただ前を見て走り続ければいいだけじゃない。後ろも横も、隣を走っている人も、はたまたはるか遠くにいる人を想像することすら必要となる。


「オーナーがどう考えているかは分からないが、今回結果を残せなかったらいよいよこの業界ともお別れだろうな」


 駅から家までの寒い帰り道、周りに人がいないのを良いことにそんなことを口ずさんでしまう。いい関係が築けているとは思う。しかし、それとチームにいられることは全くの別だ。なんの成果も出していない実績も無い男に毎月5万も出してくれていること自体がありがたいことで、結果が付いてこないのであれば、変えるのが当然。

 選手たちはまだ若く、彼女達の続ける想いがあればチームに残り続けるだろう。


「いやー、夜道が暗いと同じ距離のはずが長く感じるな」


 自宅に着き、ドア横にある電機のスイッチを押すと眩しく感じるほどの明かりがつく。家の内装は真っ白なため、それはより強調されているように感じる。

 いつも通り、着替えを済ませすぐさま暖房替わりのパソコンを起動させてから食事をとる。最近は家で食事をしている最中に前日のスクリムの映像などを改め見直して、気になった所をクリップにして簡単な注釈をつけグループに送るということをしている。これは、職場での昼休憩にも同じことをやっている。

 これは案外好評で、長々と喋り続けるより頭の中に残りやすいようだ。ただ、俺の負担が莫大に増えることを除けば。


「まあ、全然大したことないどころか、足りないくらいだけどな」


 選手たちの前では言わないが、予選を抜けることはできるだろう。今の彼女達の実力から考えれば真っ向勝負で叩き潰せることも。しかし、本選は今スクリムで戦っているチームも出てきて、実力は揃いの中どこまで自力が通用して、どこまで例の作戦が通用するだろうか。

 本選に進むと、公式の本配信もあるため個人で配信していないチームも戦術がバレる。それがうちのチームであり、相手を研究するチャンスでもある。

 心配なのが、俺が相手チームの分析を対戦までに間に合わせることが出来るかだ。


「まあ、有給もとったし準備万端だけどな」


 日常生活が全てゲームでまわっている社会人は、予定などないため有給消化は、基本的に無理やり取らされる以外では大会等のとき以外には使わない。

 そのため本戦がある土日の2週間の間に4日間ねじ込んでおいた。基本的に週初めと月末以外は忙しくないため、ちょうど期間的にもちょうど良かったのだ。

食事を終えサーバーに入ると既に彼女達は集まっていた。


「おつかれ~」


「今日も始めますか」


















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る