第29話 Neo Frontier

「なんとなくまとまって来たかな~」


 さっきISAMIさんと練習したのも参考にして、上からのスナポジと範囲がだいたい固まってきた。あとは、相手がこれに対して対策を取ってきたときのことを考えれば、この一つの作戦は完成するだろう。ここまでが俺の仕事で後は彼女達に託し練度を上げてもらう。


「ここまで一つの作戦を細かく構築することは、あまりやってこなかったけど案外穴だらけではあるんだよな。まあ、完璧な作戦なんてあったらそれをするだけで勝っちゃうんだから当然のことでもあるけど」


 将棋などで定石通りの指し筋をしていると絶対に片方が負けるため、必ずどこかで違う手を指さなければいけないというのを聞いたことがある。どこかで強引に展開を起こす必要があるということだが、それはesportsも同じことが言えるだろう。


「そもそも戦時中に軍に戦術指南をしていたのはプロ棋士っていう話があるくらいだからな」


 本来であれば俺が考えているよりももっと、事細かく緻密にパターン化しなければいけないのだろう。しかし、文字通り先の見えない実践でも試せないうちでは、どこを目指すべきか分からなくなってしまう。

 せいぜいこれが通じるのは予選までだろう。そして、本選以降はそこで新しいメタが生まれるだろうから、それを見てまた新しい戦略を立てなければいけない。今ですら本当に忙しいが、本選に進めば戦うチームが固定されるため、そのチームの研究などもしなければいけないとなると、俺の労働は果てしない。


「おい!」


「うわっビックリした!?」


 イスの背もたれに全体重をかけて1人で考え事をしていたら、突如女性の声がして、ダブルの驚きのあまり後ろに倒れかけた。


「なにやってんの?」


「研究だよ」


 その声の人物はトモさんであった。

 俺はISAMIさんとの練習の後サーバーにいたままだったので、いつでも選手が入ってこられる状況ではあった。しかしそれでのトモさんの来訪はいつも突然だ。


「暇なの?」


 そして言葉のナイフは鋭い。


「コーチとしての仕事をしているのに暇な訳ないでしょ?」


「そっか。暇なのか。よし」


「人の話聞いてた?」


 いつも彼女にはペースを崩されてばかりだが、これも彼女の良さなのだろう。嫌な気分は一切ない。


「ひまちゃんとゲームするから一緒にやろ」


「初めからそう言ってくれよ」


「2人は仲良しですね」


 俺とトモさんのやり取りを見て、微笑みながらそう話す。ひまりさんもいつ入って来たのか分からなかった。入室音は鳴るようになっているはずだが、そこまで集中していたのだろうか、全く気が付かなかった。


「そう見えます?」


「はい! とっても」


 おかしいな? 俺の方が年上にも関わらずひまりさんの立ち位置は喧嘩をしている弟と妹を見守っている姉のようだ。


「ひまちゃん。違うよ。こいつにかまってあげてるだけだよ」


 俺も段々とトモさんの扱いが慣れてきたようで、この会話に付き合っていると一生話が前に進まないことを悟った。それはそれでいいのかもしれないと思いつつも、せっかくの彼女達の貴重な時間を無駄にするわけにもいかない。


「ランクで良いの?」


 とりあえず、全員がロビーに集まりマッチスタートする。なにげにこの3人でゲームするのは初めてだった。そもそも、俺が彼女達と直接ゲームすること自体がかなり稀なことである。

 他のチームにも恐らくコーチはいると思うが、このゲームのプロを経験したことのある人は誰もいないので、コーチ自身も選手に負けないくらいこのゲームをプレイしているには違いない。それを思えばいかに俺のプレイ時間が少ないかを痛感する。


「うん。というかさ。聞きたいことあったんだよね」


「なに?」


「キャラピックどうするの?」


「ああ。それね」


 トモさんが尋ねてきた内容は、なぜ今まで誰もその話に触れてこなかったのか謎であるほど一番重要な話であった。各キャラが戦況を変えるスキルを持つこのゲームは、チームの個性を出すという点では一番重要視されるものである。

 しかし、俺たちはその話をほとんどしてこなかった。


「それねって、ちゃんと考えてるの!?」


「考えているよ。ただ」


 彼女達は俺が続ける言葉に注目していることが分かる。しかし、ここで1つ悩んでいることがあった。それは今俺が思っていることをそのまま率直に伝えるかどうかだ。なぜなら受け取り方次第では彼女達のことを信用していないということになりかねない。

 そう伝わってしまうのは俺としても不本意で、さらに関係への悪化にも繋がる。ようやくチームがまとまってトモさんも俺の話に耳を傾けてくれるようになった。ここでそれが元に戻ってしまったら、予選で勝つことは不可能になるだろう。


「正直に伝えるかを悩んでいたんだよ」


 だけど、俺はそれすらも全部話すことに決めた。


「なんで?」


「どうしてですか?」


 予想していなかった俺の言葉にトモさん、ひまりさん両方が疑問の声を上げる。使用キャラが変われば戦闘スタイルも変わるのは当然のことで、そんな重要なことを離さない俺に2人とも疑問に思っていたようだ。


「えーっとね。正直に言うとこの間話した作戦を受け入れてもらえるかも分からなかったし、それを本番でやれるかも分からない」


「それは、私たちの実力が作戦をこなせるレベルに達しない可能性があるってこと?」


「そう」


「だから、作戦が異なればキャラも変わる、そしてあれができないとなると俺は今すぐ戦略的優位が取れる作戦を用意はできない。そうなれば、皆には自力で戦ってもらうことになる」


 スクリムはあくまで練習だ。本番でいきなり奇襲をかけてくるチームもいるだろう。まだ、競技シーンが始まってもいない未熟なこのゲームにおいては、戦術が確立されていない。皆がみんな、暗闇の中手探りでその時の正解を探しさまよっている状態だ。

 これが成熟してきっているゲームであれば、いくつもある戦術の中から選手や環境に適したものを選びその練度を高めていくということになる。そんな拮抗状態にあっても新しいものは開発されていくところがEsportsの面白いところでもあるが大変な所でもある。


「なるほどね……」


 トモさんも俺の言いたいことを察してくれたようで、神妙な声で相づちを打つ。


「決して信用していないわけじゃないんだ」


「もちろん。それは分かりますよ」


 俺の言い訳のような言葉に、反応してひまりさんもフォローを入れてくれる。こういった大事な話の時に限って空気を読んでいるかのように、ゲームはマッチしない。


「それって結局ISAMIのことを信用できていないってこと?」


「いや、ISAMIさんだけじゃない。2人にも言えること。集団戦を趣を置いているゲームにおいて特別なことをしようとしていることは分かっている。だから心配なんだ」


 全てにおいて予想がつかないこの状況で、現実だけをみれば厳しい状況であるには変わりない。それは彼女達が一番分かっており、一番焦りを感じるのも彼女達である、それにも関わらず、俺までもが彼女達を信用していないかのようなことを言うのは心苦しかった。


「フーン」


「でも、それってやってみなければ分からないことですし、予選まであと一か月ありますから、その間に練度を上げればいいんですよね」


「それを信じているし、やってくれると思っている」


「そうですよね!」


 ひまりさんは、この暗い雰囲気をどうにかしようと妙に明るい態度をとっている。常にバランス役に徹している彼女だからこそ、とっさにとった行動なのだろう。しかし、それが逆効果になったのか、俺たちは流れで次の言葉を発することはなくしばらくの沈黙が流れる。


「……トモたちは負けないよ」


「うん!」


 決して大きな声でなかったが、これほどまでに力強い言葉を聞いたことは無かった。シンプルなその言葉は、それほどまでに大きな意味を持つものである。

 それは、彼女達がずっと掲げている目標であり信念であった。


「頼んだぞ」


「あんたも頑張るだよ?」


「分かっているよ」


 なんとも空気をよんだかのようにマッチが開始した。

 俺と2人はようやくゲームをすることができる。この先も彼女達と共に歩む道にはいくつもの壁があるのだろう。そしてそれは俺の力不足からくるものがほとんどだろう。


「だけど、それをこなしてこそこのチーム名にふさわしいよな」


「え?」


「いや、なんでも。やろうか」

























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