第28話 ダメな社会人と優秀な学生
「おはよ」
「おはようございます」
朝早く。とはいっても9時だが休日の俺からすればこれから寝る時間と言ってもいい時間だ。それか、昼過ぎまで寝ているかの2択だ。どちらにせよ、寿命を縮ませるほどの生活習慣の悪さである。
そんな俺がなぜこんな健康的な時間に起きているかと言うと。
「それでは、個人コーチングお願いします」
ISAMIさんとの練習を約束していたからだ。
今までは違う特殊なことをやろうとしている彼女は、この作戦を立案した俺から直接教えを乞う方が効率がいいと思ったらしく声をかけてくれた。もちろん俺もはじめからそのつもりであったし、ちょうど土日と言うことでしっかりとした時間が取れた。
平日だとどうしても俺も彼女も日中はできないため、細かい練習にまでは手が回らないことが懸念点でもあるが、そんなことを言い出したらキリがないため、出来ることをやるまでだった。
「学生は生活習慣が正しいから羨ましいよ」
寝起き数分で大きなあくびをしている俺に対して既にいつも通りキリッとしたISAMIさんである。休みの日も普段通りの時間に起きて勉強しているって話を聞いたきいたことがあるが、もしかして既に一勉強終えた後ってことは無いよな?
「社会人は違うんですか?」
「社会人は休みの前の日になると一気に崩れるんだよ」
そんな時くらい、生活リズムを壊して心の休息をしなければとてもじゃないがやっていけないからだ。
「そうなんですね」
「うん。誰にも怒られることは無いからね」
家庭によるだろうが、俺は一人暮らしのためなおさらだ。
「でも、私はたぶんそんなに変わらないと思います」
「そんなような気がする」
まさにダメな大人と立派な子どもの対比である。
歳を取れば立派な大人になれるわけではないことに気が付いたのは、割と最近のことであろう。
「とりあえず俺が送った簡単な資料は見た?」
「はい。全部目を通しました」
ゲームへのログインも済ませ、いよいよ練習開始である。
「あれはほんと基礎的な部分だから、後でもっと本格的な物を準備するよ。ただ、もうちょっと待ってて」
いい加減なデータは渡せない。そのためしっかりとした情報を集めるにはそこそこの時間を有してしまう。だからと言ってあまりにも時間をかけすぎてしまったら、それこそ彼女らの練習に支障が出てしまうた。そのため何としてでも日曜のスクリムまでには終わらせなければならない。
「ありがとうございます。他にもやることあるのに朝から付き合ってもらって」
「いやいや、どうせゲームしていただろうか全然。むしろこの予定のおかげで昨日は早く寝られたからよかったよ」
「それならよかったです」
ISAMIさんの性格上こういう会話になってしまうのは仕方がないことなのだろうが、コーチと選手の間に壁があることを好まない俺からするともう少し砕けてもらいたい気持ちはある。それこそ若いのだからトモさんくらいでも十分な程だ。
コーチなんて、選手が振り回すくらいがちょうどいいのだから。
「じゃあ、ひとまずデッキに上がって。俺がうろちょろしているからそれを狙ってみようか」
「分かりました」
カスタムモードに2人で入り、直接俺が的になり指導することにした。
主に戦闘が起きやすいであろうエリアポイント付近で俺はうろちょろする。
「まずは、その場所でどこまで見渡せるかをきちんと把握することから始めよう」
俺は2つあるエリアポイント付近の壁や建造物も含めこっち側から見てギリギリ見えるか見えないかの所を動き続ける。
ISAMIさんが弾を撃っているのは分かるが、未だ一発も当たってはいない。
「難しい……」
「ISAMIさん側から見ると絶妙な所って頭一つしか見えないから当てるのは難しいよね」
「はい。でも、これを当てられるようにならなきゃいけないんですよね?」
「それができるようになればもう完璧。言うことは何もない。じゃあ、ちょっと移動するからまた引き続き狙ってて」
全弾当てられるのであれば、弾50発で勝敗がついてしまう。そんなことはどのゲームのトップ層でもありえないことだ。
制圧と抑止力という面も十分に考える機会を与える方法も考えなければならないな。
「難しいかもしれないけど、この作戦の最終段階はISAMIさんが前線で戦っている2人に、指示を出せるようになることだから」
黙々と練習に集中するISAMIさんに、なんとなく今後の構想の話をしてみる。
「自分がですか?」
トモさんのIGLを見ているからこそ自分にはできないと決めつけていたのだろう。その驚きの声からは、自分なんかに務まるはずがないという意思が含まれているような気がする。
IGLといってもチームの方針によりやり方は変わってくる。恐らくISAMIさんとトモさんがするものは全くの別物になるであろう。しかし、今のチームの構成的には将来を見越すのであれば、間違いなくISAMIさんがやるべきだと俺は考えているのだ。
「そう。なんでこの役をISAMIさんにお願いしたかって言うと、一番マッチ中周りを見えているのがISAMIさんだからだよ」
「それは過大評価では? 自分に褒めるところがないからそう言っているんじゃ……」
確かにごちゃごちゃした状況では何をすればいいか分からなくなり、逆に冷静になる人もいるが、そうなった人は何もできずに棒立ちだ。
彼女の場合はどんな状況でもトモさんひまりさんの話をきちんと耳に入れながら、食らい付いていっているのだから十分なほどだ。
「いや、さすがにそんな甘いことは言わないよ」
「そうですか。甘やかしてはもらえないんですね」
「甘やかして欲しいなら耳障りの良い言葉だけ言うけど、それよりも欲しいものあるでしょ?」
「はい。そうですね」
ISAMIさんが小さく微笑んだのが分かった。
しかしながら、よほど自信を失っているのだろうか。それともはなから自信が無く、それを持つためにこんなにも必死になって練習をしているのだろうか。彼女達の心構えはトッププロ相応のものであるが、それでもまだ足りないのであろう。
まだ、これから大会を前にしている状態なのだから結果もなければ実績もない。焦ったり弱気になったりするのも仕方がないことだ。
「そこもサポートできればなぁ」
「はい?」
「あ、いや、なんでも」
思わず声が出てしまっていたようだ。
あまり精神的に弱っていることを悟られるというのは、人によっては気分が良いものではないだろう。ましてや、彼女達のような学生ならなおさらのこと。
しかしながらも、そういった所までサポートはできないし、出来たとしても歳の離れた女性ともなれば余計にだ。
「いったんこの辺にしておきましょうか」
2時間は過ぎただろうか。短い針が頂点に達しようとしている。
今まで長物を持った経験がなかった割には、後半の命中率は上がっていき成長の速さを感じる。
「了解。俺は今日はずっと付けていると思うから」
「いえ、この後は勉強するので夕方まではつけないと思います」
「そうなんだ。そっちも頑張ってね」
「はい。ありがとうございました」
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