第26話 兆しは見えず、嵐は過ぎ去る
「まあ、今日はこんなもんだろうな」
スクリムが終わりまたもや全敗で終わった。この発言は決して彼女達を信頼して伊那から出た言葉ではない。新しい試みでがいきなりぶっささると言うことはなく、順当な結果だった。まだ、この作戦を遂行するには事前知識が足らなすぎるから、成功しなくて当然である。しかし、その状態で戦ってみて知識があるのと比べてもらいたいと考えていたからあえて今日はそのままやってもらった。
「お疲れ様」
俺がミュートを解除してスクリムを終えた彼女達に声をかける。
「う~んっ!」
「どうだった?」
スクリムを終えた後はいつも一番最初に口を開き率先して反省会やよかったところを言うトモさんが、珍しく唸り声をあげている。
恐らく彼女なりに色々と思うところがありつつも、まだ決めつけるには早いと思ったりと色んな考えが巡っているに違いない。彼女は言動は荒々しいものの、頭の回転が速く色んなことを人一倍考えて発言していることがよくわかる。
よく考えた上で普段からの俺へのあの発言なのは、考えなかったことにしようと思う。
「ごめん。ほとんど当たらなかった」
「そんなことないよ。ISAMIちゃん。いいエイムだったよ」
もともと一定のトーンで話すISAMIさんだが、今はテンションがダダ下がりなのが分かるほど元気の無い声をしている。トモさんみたいに体を先に動かすタイプとは反対の頭で考えて理解することを優先するISAMIさんからすると、今日は中々にダメージが大きかったのかもしれない。
自分ができる努力を十分にすることで自信を持てるタイプに見える彼女に、いきなりぶっつけ本番をやらせたのは、少し強引だったかなと思いつつも、すでにそんな悠長なことは言っていられない状況である。
俺は何としても一か月後の予選までに彼女達を、最強に仕上げるところまでいかなくても予選を突破させるだけの力を与えなくてはならないからだ。次のステップに上がらなければ、未来は無い。
「そんなことない。今日のひまとトモの2人は最強だったのに、私がいないも同然のことしかできてなかったから勝てなかった」
ISAMIさんは自分を卑下して言うことは、ある意味正しいことでありこの作戦の本質をついている。そして結果負けたとしてもこの作戦の意義をきちんと証明してくれた。
今日のトモさんとひまりさんの2人はこれまでのスクリムとは違い、格段に実力を上げていた、ように見えた。それは、ISAMIさんの援護射撃があったからと2人の行動意識が揃っていたことが何よりも大きい。しかしなが、それもほとんどの場面でひまりさんがトモさんに合わせるだけだったので、ここにもまだ改善の余地はある。
「命中率って言う面でみれば確かにあまりいい数字ではなかったけど、そうじゃない活躍は十分にしてたよ」
「始めに言ってた射線誘導の話ですか?」
「そうそう、初めての割にはいい感をしてたよ。そのおかげで2人が動きやすくなっていたのは事実だから」
試合中や終了時に見える、与えたダメージやキル数キルされた数など可視化できる数字にとらわれやすいが、なによりも大事なのは可視化しにくいものをどう評価して、活かすかだ。
今回のISAMIさんの役割は、スナイパーでガンガン抜いていくようなことが無ければ非常に地味で役割を認知しずらいのは確かである。派手なほうに目が良き賞賛されてしまうのは、どこの世界でも仕方がないことだ。
「これは、前線にいる2人だけじゃなくて3人の意識が合っていることが何よりも重要だから、お互いがお互いの存在を意識することは忘れないようにね」
視界に映らない味方を意識する事は案外難しいことだ。
「ハクさん。私とトモちゃんの動きはあれでよかったんでしょうか?」
「そうだね。基本的には。でもやっぱり瞬時の意見が食い違ったり、別々の行動をしている時が多々あったから、そこを重点的に対応できれば問題ないと思うよ」
その原因のほとんどがコールを忘れていたり、目の前の敵に夢中になり無言になってしまっていたのが原因だ。こういった内容は意識することは簡単だが、それをすぐに直すことは中々に難しい。それは、無意識下でも喋り続けてくださいと言って何人の人が出来るかと言うことである。
「ありがとうございます。あとで今日の試合見直してみます」
まだまだ、具体性や最善案など足りないところはあるものの、みんな前向きに反省会をするようになってきた。自分のことを客観的に見ることに慣れていなかった彼女達からすればこれは大きなことである。
今のところは毎日俺が来られてはいるものの、この先俺がいないでスクリム練習をする日もくるだろう。そうなったときにも彼女達だけでもこういった話し合いができるようになってほしい。
「じゃあ、今日はこれで終わりかな。ISAMIさんには後でスナの練習方法を送っておくから」
「……ありがとうございます。頑張ります」
「今日は私も落ちますね。お疲れさまでした」
「お疲れさま」
退出音が重なり、今日の一日の日課が終わった。
新しいことに挑戦することの難しさを改めて実感した。これが選手から言い出したことならまだしも、プレイしないコーチからの意見をすぐに聞き入れるのは、相当な信頼関係が無ければ成り立たない。浮き彫りになる課題があることは、喜ばしいことかもしれないが、それの対処法でコーチとしての素質が試されているようで胃がキリキリと痛んでくる。
俺自身コーチとしてはまだまだひよっこなのだから、大目に見てほしいとおもいつつも、そんな甘えを言っていいわけがない。
「みんなまだ、信用しきれていないよな~」
「そりゃそうだろ」
「え!?」
誰もいない部屋から突然、女性の声がした。
「なんだよ!?」
「あ、トモさんかビックリした」
全員抜けたと思っていたら、トモさんだけがまだ残っていたようだ。俺の自身の無さの独り言を聞かれていたと考えると、顔が熱くなってきた。
「あんたさぁ」
「はい」
「ISAMIのことを足手まといだと思ってんの?」
「はい?」
トモさんが口にした言葉が俺の予想していた物とは違い、思わず変な高い声を出してしまった。てっきり俺はこの作戦のダメ出しや作戦変更を伝えられるものだと思っていた。
「まさか、そんなわけないでしょ」
「じゃあ、なんであんな期待してないような言い方するの?」
「え? そんな言い方してたっけ?」
むしろ俺は褒めている方だと思っていたのだが、自分で気が付いていないだけで失礼なものの言い方をしてしまっていただろうか。
「ISAMIは確かに私とかひまちゃんよりもゲームが上手くは無いけど、私が3人で勝ちたいと思った仲間なんだから」
「うん。俺もISAMIさん合わせた3人を勝たせるために頑張っているつもりだけど……」
ああ。なるほどトモさんが言いたいことがなんとなく理解できた。俺は3人の適性を見てあの戦略を立案したが、トモさんは俺がISAMIさんの対面力が弱いからスナイパーを持たせてデス数を減らそうと考えていると思ったようだ。
確かに結果的にそう見えなくもないような気もするが、それは全くの間違いである。
「大丈夫だよ。トモさん。俺はずっとのけ者として選手を続けてきた身だからね。戦力にならないと陰で言われる辛さは知っている。だからこそ、ISAMIさんが自身の力を最大限活かせる方法を探すし、その手助けはする。それはもちろんトモさんもひまりさんも同じで」
「うるさい。ISAMIをあんたと一緒にすんな」
「えっ。ええ……」
「まあ、分かっているならいいよ。頼んだよ。じゃっ。お疲れ」
そういって彼女は嵐が過ぎ去る様に消えていった。
再び俺の心を抉っていきながら。
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