第21話 時間に追われる生活だけれども
たった数日であったが、ゲームの世界から完全に追い出されてしまった期間はとてつもなく俺にとって辛い時期であった。子どものころからずっとなにかを頑張り続けてきた。勉強もスポーツも。頑張ることが当たり前だった俺にとって、今頑張りたいと思っていることから、不必要だと言われることは死を表していたのと同じであった。
大人になれば仕事をしているだけで惰性で生きている人の方が一般的に見たら普通だろう。しかしゲームに魅了された俺は、もう普通の生活に戻ることなど到底出来るものではなかった。
だからこそ、選手を続けたいのが本音であったがコーチと言う立場を選んででもこの業界にしがみついていたかったのだ。第一始める前は優秀なチームには優秀なコーチがいることがほとんどである現状を知りながらも、コーチなんて誰がやっても変わらないものだと思っていた。
優秀なコーチがいるからチームとして結果を残せるのではなく、強いチームが結果は残したことによりコーチの株が上がっているだけだと捻くれたものの見方をしていた。この考えをしているのはきっと俺だけではないはずで、コーチと言うポジションが一般的になった今でも、コーチの存在意義ややり方などを正しく理解している人間は少ないだろう。
周りにご教授願えるような人もいない中で俺はいったい何ができるのだろうか。
「いらっしゃいませぇ~」
元から真剣に仕事をやっている風に見せるのは得意で、今も心ここにあらずの状態で接客をしている。デバイスやPC関係のことならある程度条件反射で答えられるため頭の中では常にコーチングのことでいっぱいだ。
噂ではそろそろ、初の公式大会の情報が発表されるとのことだ。そうすれば、さらに各チーム動き出しが見えるだろうから、俺の仕事もより増える。
「全然時間が足らないんだよな~」
今俺がチームからもらっている金額は月5万だ。大会が開かれないうちは実績を残すこともできない為チームの名前を売ることもできない。そんな状態にも関わらず報酬を用意してくれていること自体がありがたいことではある。
しかし、家から出ずにパソコンに向かっているだけの生活をしている俺でも、さすがに月5万では生活が出来るはずがない。
「まさか、選手の時よりも時間に追われるとは思ってもいなかった」
仕事以外の全ての時間をささげているつもりではあるが、それでも俺が思いつくやらなければいけないことの半分くらいしかできていないのが現状だ。以前俺が所属していたチームはいなかったし、どれほどのことをやっているかなんて想像もつかなかった。これではやったことがある無いではなく、シンプルに出来るか出来ないかの問題である。
「せめてアナリストとかが居ればな」
コーチよりもさらに希少と言うかまだ知られていないアナリスト。データ収集を専門とするその仕事は今かなり注目を集め始めている。膨大なゲームプレイデータから、特定の条件下や様々な判断材料で、勝率などを割り出すことがでるらしい。
俺もあまり詳しくは無いが、フリーのアナリスト志望者がSNSなどでそのデータを一部公開しているを見たことがあるが、そのち密さに衝撃を受けたことがある。これがあることによって競技経験が未熟な選手でも、データによって経験不足を補うことができる。
なんなら、うちのチームにはコーチよりもアナリストの方が必要なんじゃないかと思うほどである。だからと言っても、データを扱える程度には実力が必要なため、そんな簡単な話ではない。
「さすがに今の現状じゃそこまで手が回らないからな」
もうそろそろ、仕事も定時だ。
たまには、家に帰ってゆっくり寝たいと思う日があるが彼女達が練習しているにも関わらず、俺が1人先に寝るなんて考えられない為いつも先送りになる。俺が仕事で疲れているからと言っても彼女達も日中は学校で勉強しているのだから、甘えたことは言っていられない。ひまりさんは確か受験生のはずだからなおさらだろう。どんな進路を希望しているかは知らないが、結構頭のいい学校に通っていて成績もいいと聞いたことがある。
トモさんもなんだかんだ言って、通信の学校に通っているようだし、学校に行かない間は配信をしてチームに貢献しようと努力している姿を見れる。ISAMIは帰ってきたらゲームをするために学校で宿題を終わらせてから下校するなど、皆が皆ゲームで勝つために自分たちでできる努力をしている。
そんな姿を見せられたら大人の俺が頑張らないわけにいかない。1人で頑張り続けることは難しいことだが、彼女たちが俺を頑張らせてくれているといっても過言ではない。
「弦巻さんそろそろ上がっていいよ」
突如俺の後方から声が聞こえてきた。心ここにあらずの状況だったため、一瞬ビクンッとしたした後に後を振り返るとそこには、同僚の姿があった。
「あ、はーい。じゃあお先に失礼します」
現実に一気に引き戻されて、心臓の鼓動は跳ね上がったものの平静を装いそのまま上がりの挨拶をしてバックヤードに向かう。いつも通り着替えを済ませたらすぐさま走って帰る。今日は途中で寄り道をする必要がないためまっすぐ家に帰れる。さして時間など変わりはしないものの、それでも意識していなければいつもの癖でそのまま駅のコンビニ入ってしまいそうになる。習慣と言うものは恐ろしいものだ。
自宅に着き準備が全て完了してパソコンを起動させる。
「おつかれ~」
なんだかんだ言って、今までは無かったチャットに入ると女の子の声が聞こえるこの異質な状況もだいぶ慣れてきた。普通に考えれば社会人と高校生が毎日通話しているだなんて、外から見れば犯罪ものである。
「おい遅いよ!」
「え? まだ一応時間前じゃない?」
既に3人とも集まっていたようで開口一番トモさんが強めな口調で俺の遅れに怒りを示すが、いたって遅刻などしていない。
昨日の砕けた感じは、あの時限定で通常営業に戻ってしまったようだ。それならそれで構わないと思う一方で、なんだか寂しさも同時に感じる。一人っ子の俺は歳の離れた妹ができたような感覚であったからだ。3人の年齢はほとんど変わらないものの、ひまりさんだけは大人びているからか、歳の差を感じられない。
「ついに出たぞ!」
「なにが?」
「公式大会だ!」
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