第20話 それでも惨敗
「スクリムお疲れさま」
全4試合、役2時間のスクリムが終わえた彼女たちに労いの言葉をかける。途中途中スクリムの合間などで会話はしていたものの、ここからが俺の本当の仕事が始まる。3人が課題意識を持った状態で練習するのは今回が初めてであったが、中々に収穫があったのではないだろうか。
「いやー、今日も見事全敗か~」
「上手くいかなかった」
「そうねぇ」
結果は再び全敗。
恐らくこれで、スクリム内のレーティングは下がりTier3に降格になることは間違いないだろう。彼女たちはその練習での勝ち負けにこだわっている様子を度々見せる。だから、Tierが下がることを嫌っている。
確かに練習相手のレベルが高い方がいい練習ができることは否定しない。しかし俺からすれば、あまり気にするほどのことではないと思っている。実力が上がれば自然と上位の練習に参加できるし、これはあくまでも練習であって本番ではない。大会で勝てなければ意味が無いのだから。
「これはあれだね。指導者が良くないね」
椅子に座りながら腕組みをして責任追及をしてくる彼女は、先日は負けたことにあれほど苛立ちをみせていたのにも関わらず、今日にいたっては特にそんな様子は見せない。
スクリム中の声には迫力もあったし、決して不真面目にやっていたわけではないように見えた。
「コーチはどう思いました?」
トモさんの話を完全スルーしてISAMIさんが俺に感想を尋ねてきた。ちょっと珍しいなとも思ったが、もしかしたらこれが普段の彼女らなのかもしれない。そうなればなおさらお姉ちゃんたちに構ってほしい末っ子のように見えてしまう。
「前回よりも格段にいいマッチが多かったですよ」
ここでぬか喜びをさせるようなその場しのぎの言葉を選ぶ必要はない。これはいたって俺の本心であった。やはり俺とは違い元の素質の高さが分かる。言われたことを頭で理解してそれを実際の動きとして示すことは、想像以上に難しいことだ。
俺は、自分が下手なことを理解していたため座学は死ぬほどやって来た。しかし俺にはそれを試合中にパフォーマンスとして出せるだけのプレイスキルを持ち合わせていなかった。
「それは私も思いました。ハクさんがスクリムの合間合間に意識することを改めて伝えてくれるから、ちゃんと意識できていたと思います」
「うん。自分で思っているだけよりも、人に言葉として伝えられた方が意識はしやすいかも」
「トモもそう思う」
邪魔するのを諦めたのかトモさんも輪の中に入ってきた。
それにしても、俺が初めて彼女たちにしたコーチングもしっかりと受け入れてもらえたようで何よりであった。初めから転けては話にならないし。
「前回の試合よりも接戦でしたし、全部勝っていてもおかしくない試合でした」
「レーティングが下がったものの前進してるってことですよね?」
このゲームはゲームの性質上引き分けと言うものが存在しない。それにゲーム自体の設定でどんなに長引いても1試合20分ちょっとで勝敗が付くように設定されているため、泥沼の戦いをすると最後は運が絡んできてしまう。
そのため、どのチームも運負けをしないためにそれ以前に勝敗を決めるように積極的にキルを取りに来る編成が今のメタである、と言うのが今の俺の所感である。
「そう考えると嬉し」
「今日のひまちゃんとISAMIは戦っていて凄い傍にいる感じがした!」
それはトモさんがIGLをしているからこそ気づく点であるのかもしれない。指示出しをしてから、それを遂行できる場所との距離があればあるほど遅れが出てしまう。しかし、味方がそばにいると感じられるのは、自分が認識している場所と本人たちがいる場所に差異が少ないということ。
それは、3人が他の2人を見て行動できている何よりの証拠であった。
「この間とは違ってまとまって動けているってことだね」
戦法によってエリアを広くとるのか、まとまって行動するかは変わってくるが、今現状を見ている限りは先行するトモさんの後を2人が付いていくという形だ。それがいい悪いはさてき、その動きをするのであればもう少しフォーカス意識を持ちたいところではある。
「今日の試合は見直してみて。自分たちの声かけとか行動とかこの間までと別人のようだから」
「そんなに変わってますか?」
「全然違うよ」
「分かった見てみる」
しかし、それはまだ先のことで良いだろう。
「それで。今日の反省会はいいとして、次の課題は?」
「そうだね」
まさか、トモさんから俺にそんな話を振ってくるとは思っていなかったから少し驚いた。そして、それが茶化しでもなく真剣に聞いてきていることも声のトーンを聞けば分かった。
「どういう戦略で戦っていくとしてもやっぱりファイト力は必要だよね」
ヘッドホン越しに「うんうん」という声が聞こえる。
「それってトモたちがずっとやって来たことと同じじゃなくて?」
「うん。目標は同じだけど……」
「過程が違うってことですね?」
「そのとおり!」
俺がなにを言いたいかを察したひまりさんが俺が用意していた答えを先の言う。
到達地点が同じだとしても、その道のりが遠回りなこともある。体を動かすスポーツと同じように、esportsの世界も勝つためにより理論値に近づかなければならない。しかし身体的限界が分かるスポーツとは違い、esportsの限界は分かりづらい。
だからこそ、より高みを目指し続ける必要がある。
「そのためのパターン練習をしたと思ってる」
「「「パターン練習???」」」
通話による遅延があるにも関わらず3人の声が重なって聞こえてきた。まさかこういったところからフォーカスの練習をしてくるとは、やはり彼女達の向上意識が垣間見えた瞬間であった。
「うん。個人のエイム練習とかキャラコン練習は前提として、パターン練習っていうのは、に全員で同じ行動をとれるようにするためのもの」
「全員で同じ行動ってそれ当然のことじゃないの?」
「例えばだけど見える視点が全員違うから戦闘中に意見が分かれるよね?」
「はい。そういう時はトモちゃんに合わせるようにしています」
「それはある種の正解ではあるんだけど、それとはちょっとちがうんだよね。その話もしたいけどまた今度にしよう。話を戻すね。」
トモさんが2人に比べて実力も経験もあるため、その考えに至るのは当然のことであるが、俺は少し違う意見を持っている。しかし、これを彼女達に伝えるかをシンプルに迷っている。それは、俺が選手の時の引きずった後悔を押し付けようとしているのではないかと思っているからだ。
「このゲームって後半キルした後のリスポーンが早くなるから、どうしても後半は戦況がごちゃごちゃしてきて頭の処理が追い付かなくなることが多いから、そういった時のためにあらかじめ行動するパターンを決めておくんだ」
「それって、凄い難しいことじゃないんですか?」
「ISAMI。難しいってどういうこと?」
「だって、戦況なんて毎回違うし分かり状況なんてそうそうないし、それこそ分かりやすいなら皆が同じ行動をとれるでしょ?」
「確かに」
俺がきっかけを与えたことによって、皆が自分の頭を使って色々考えるようになってきている。こんなにもすぐに変われることにシンプルに驚いている。
ISAMIさんはこういった分かりずらい話でも早い段階でその本質を見抜く力が鋭いようだ。戦闘中はあまり自分から声を発することは少ないが、それはプレーに集中してそこまで頭が回っていないからだろう。これで、瞬間的思考も兼ね備えてくればかなり面白い選手になりそうだ。
「そうその通り。だから、パターンを探すところから始める必要があるってこと」
「探すところから……ですか?」
「絶対に3人の動きの癖っていうものはあるからそれを分析するってこと」
「それってつまり……」
「自分たちの映像を見ようね」
「やっぱりー!!!」
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