第17話 変な目をしている顔ってどんな顔?

「おはよう。早起きだね」


 サーバーに入るなり開口一番そんな的外れな挨拶をしてしまった。この時間に起きていることはなんら早起きでも何でもない。


「は? こんな時間で早起きだなんてお前やっぱりニートだろ」


 案の定鋭いご指摘が入ってしまった。

 それよりも、トモさんがこの時間に家にいることの方が問題ではないだろうか? 今日は何かの振り替え休日かそれとも家から学校近いのか。どちらにせよ、センシティブな部分に触れる可能性があるのでそれはスルーすることにしよう。


「それでどうしたの?」


「……お前昨日はひまちゃんとISAMIとあのままやったのか?」


 俺の問いに少し間を置いてから、声のトーンを押さえながら聞いてきた。

 あの場に残された俺たちにとっては、あれが必然の選択ではあった。しかし彼女からすれば自分が居なくなった後に残された人たちが楽しく遊んでいたら誰でも嫌な気持ちになるのは当然のことだ。


「そうだね」


「変なことしていないだろうな」


「変なこと……というと?」


 色々な話をトモさん抜きでしてしまったことを言っているのだろうか。俺側の目線で言えばコーチなのだから、それが仕事でありチームの誰かに断りを入れてからコーチをするなんてありえないと思ってしまう。ただ、彼女目線からすればその主張も理解はできる。ここまで1人で引っ張て来た仲間をいきなり来たコーチにかき乱されたらいい気分はしないだろう。

 さらに言えば、彼女は俺が2人と個別で話をしていることも知らない。それを知ったらさらに激怒してもおかしくは無い。

 さて、どうしたものだろうか。


「お前が2人を変な目で見ているんじゃないかってことだよ!」


 ………………。


「は?」


 彼女が次に発する言葉はほぼ予想が付いていた。「勝手なことするな」とか「邪魔するな」とか新参者の癖にでかい顔している奴に投げつける良い言葉がいくつもあるだろう。

 しかしトモさんはゲームの才能だけではなく、思考回路ですら凡人の俺には追いつけないものを持っていた。俺が想像していたものとはあまりにもかけ離れたものが出てきて、俺の思考は停止した。


「えーとっ。なんでそうなったの?」


 頭の中でトモさんの言葉が何度も反響してようやくその意味を理解することができた。


「ひまちゃんは優しくて面倒見もいいから好きになっちゃうのは分かるし、ISAMIはちょっと何考えているか分からないところあるけど、それを自分を好いていると勘違いされやすいし。それになにより…………。お前2人のことをへんな目で見ている声してるから」


「なんだよ変な目で見ている声って!?」


「その声だよ」


 そ、それは酷いんじゃないかな。


「それはあまりにも酷いんじゃないか?」


「だってお前モテなさそうだし」


 その言葉を投げつけられれ傷つかない男性はいないんじゃないか?

 俺の場合は……事実だが。


「モテない男が急に可愛い女の子に囲まれた嫌でもそうなるだろ」


 なんとも鋭い言葉がズバズバ俺の心突き刺さるが、意外にもそこまでのダメージを負っていない。こんなこと彼女に言っては失礼かもしれないが、歳の離れた子どもが騒いでいる程度にしか感じられない。


「まあまあ、俺がモテるモテないは置いておいて、3人にそんな感情を抱くことはないよ」


「本当か〜? 10人いたら10人そう言うからな」


「それはそう」


 なんだか最初の時よりも彼女の声が若干明るくなったような気がする。

 こうやって悪態をつきながらも俺にコンタクトを取りに来てくれているだ、これを無下にすることはしてはならない。


「やっぱそういう自覚あるんじゃねーかよ」


「トモさんどうにも言葉が強すぎるよ。おじさんには突き刺さりすぎるよ」


「そうやって世間から見たらまだまだ若造の癖して年寄りムーブするやつ好きじゃない」


「辛辣!!!」


 柔らかくよく突き刺さる俺を見て楽しんでいるようだ。彼女の言うことに1つ1つ説得感があるのは、おそらく嫌いな人の人物像が彼女の中ではっきりとしているのだろう。頭の中でイメージできているからこそ、言語化もスムーズに行えている。何に対しても頭に思い描いているものを言語化することは容易ではない。

 それをこれだけ出来るのだから、ゲーム脳でも意識すれば簡単に出来るようになるだろう。まあ、悪口だからここまで言えているのもあるだろうが………。


「トモさん昨日は」


「昨日は悪かったね」


 止まることを知らない俺への悪口が尽きてしばしばの静寂の後に俺とトモさんの声が被った。俺は昨日のことは直接謝罪しなければいけないと思ってのことであったが、どうやら少女の方も同じであったようだ。


「いや、昨日のはどちらかと言うと俺の伝え方の方が問題であって」


 昨日も反省したが物事には伝え方次第で良い方にも悪い方にも転ぶ。誰だって上から頭ごなしで批判されたら、それを素直に受け入れることは難しい。特にこのくらいの歳の子ならなおさらだ。年寄りムーブではないが、年長者の俺がその辺を失念していたことが原因だ。


「トモの方が早く言い切ったからね。これでトモが自主的に先に誤ったことになるから」


「…………なにそれ?」


 やはり彼女はどこまでも俺の予想の上を行くようだ。

 想像もしていなかった言葉が彼女の言葉から続いたことに驚きと笑いがこぼれてきた。

 元々俺が知っていたトモさんは、若き天才ゲーマー少女であり孤高のまま消えていった。しかし、今の彼女はとてもユニークな存在であるとともに、負けず嫌いの年相応の少女であった。


「謝ったからもういいでしょ昨日の話は終わり」


「トモさんがそれでいいなら、それでいいよ」


 半ば強引な彼女に押し込まれる形で俺たちはこの話を終わらせることになった。でも、若いながらもこうやって後腐れを残さずにきちんと区切りをつけようとするその考え方は素直に尊敬できるものであった。

 なにを隠そう俺がそういったことがかなり苦手なタイプで、ゲームを挟まなければ自分の意見を相手に押し付けるなんてことは到底できない人間だからだ。もしかしたら彼女は俺のそういったところをなんとなく見抜いて、コーチとしての頼りなさを感じていたのかもしれない。

 そこは完璧に俺の落ち度である。


「昨日2人にどんな話をしたのか分からないけど、ちゃんとできたの? とてもお前がコーチとして優秀だとは思えないんだけど」


 やっぱり俺への不信感からくるもののようであった。

 しかし、こればっかりは俺がどんなに口で話をしても一生信じてもらうことはできないであろう。


「一応2人は満足していたように見えたけど」


「お前がそう思っているだけかもしれないだろ? あとで聞いてみないと」


 それはごもっともです。


「オーナーもなんでこんな頼りなさそうな男を呼んだんだか? 他にいくらでも実績のある人はいただろうに」


 それもごもっともです。

 だが、1つ引っかかった。能力のあるやつと言わずに、わざわざ実績のあるやつという表現をしたあたり俺のことを全く信用していないわけではないようだ。選手の3人はとても仲が良く見える。お互いのことを信用もしている。そのため、他の2人が拒絶せずに認めているということは、それだけで彼女にとってはプラス評価なのだろう。


「あの~。どうやったら俺は認めてもらえるんですかね?」


 コーチが選手にそれを聞いてしまったら終わりだろうと思うようなことをつい聞いてしまった。


「認めてもらいたいなら見せつけなさいよ」


 なんとも簡潔で分かりやすい答えをいただいてしまった。

 大人も子どもも、男も女も分かれていないEsportsという勝負の世界で活躍しているだけのことはある。自分の価値を示すのであれば、それは実力で分からせるしかない。微妙な判定は無く、勝敗が何よりも変わりやすいEsportsは実力が全てである。

 そうなったら、彼女に俺自身の価値を証明するしかないな。


「とりあえず一緒にゲームする?」




















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