第14話 コーチって後ろで偉そうにしてるだけじゃないの?
「え? ハクさんがですか?」
2人が同時に驚きの声を上げた後に、ひまりさんが怪しいものを見ているかのような口調で話す。
「大丈夫……なの?」
ISAMIさんに至っては何について大丈夫か尋ねているのかすら分からない。いくら無名だからと言っても、そこまで実力の期待をされていないとは思っていなかった。
「まあ、この間インストールしましたし、トモさんの変わりとはいきませんが2人の練習の手伝いくらいにはなるかと」
実際の所このゲームの面白さに気づいてしまったためもっと触れたいというのもある。自分で体験してみなければ分からないこともあるし、やっぱりずっと競技を続けてきた身としてはスクリムでの強い相手との真剣勝負ほど面白いものは無い。
「私はそれでもいいですけど……」
「自分もどっちでも……でもせっかくだからやりますか」
これで断られていたら、俺の心はズタボロに折れていただろう。
「でも、あれですね。こんな言い方あれですけど凄いやる気ですね」
「うん。自分もそう思う。コーチって後ろで偉そうになんか言っているイメージしかなかった」
「俺は選手が強くなるためならなんでもするつもりで着てるから」
ただ、俺もコーチを持った経験がないため実際に見てきているわけではないが、これが普通ではないだろうか? そのチームがなにを必要としているかによってコーチに求められるものも変わってくるものの、ゲームの知識が豊富な人達と言うことには変わりはない。俺が真に彼女らに求められていることが少し透けてきたような気がする。
それにしてもEsportsというものにコーチが浸透してきっていないことを痛感する。名ばかり先行していてコーチ自身も選手もその存在理由を明確にできていないような気がしてならない。
「心強いですね」
「お手並拝見」
「いやっ! 期待はしないで! 実力が足りなくてプロチームクビになった程度の男だから」
しかし、考え方を変えればこれほどまでに俺のプレイスキルに期待はしていないにも関わらず、きちんと俺をコーチとして向かい入れてくれていることに感謝しなければいけないのかもしれない。
「でも、私とISAMIちゃんはオーダー出来なくて……」
もう一度ひまりさんが不安そうな声を出す。
「私はそこまで頭が回らない」
それにISAMIさんも続くが、やはりここでも違和感を感じてならない。
スクリムとは練習であってこれの勝ち負けは試合には影響しない。あるとすればスクリム内のレートが下がり、上位チームと当たることが無くなるくらいであるが、それは実力が付いてきたら自ずと上がっていくものだ。
2人にとってトモさんに絶大な信頼を寄せているのだろうが、それによって自分たちができることを狭めて言っているような気がしてならない。
「じゃあいい機会だからちょっと体験してみようか? 全部で3戦がだからちょうど1人づつ順番でやろう」
「ちょっと自信ないかな〜」
「自分もできる気がしない」
俺が提案することに、ひまりさんはやんわりと否定し、ISAMIさんは完全拒否。
う~ん中々に出来ないというこの感情を取り除くことは難しいようだ。
「なにも完璧にこなせとは言ってないよ。そこまで深く考えるんじゃなくて、戦闘中物事を考える練習だと思ってやってみよう」
「なるほど?」
「そう。まずは喋る練習」
「喋る練習?」
もっと簡単なことから初めていこうと考えた俺は、急遽話を方向転換してすぐに実践できることを提案する。確かに全くのオーダー初心者がいきなり、試合全てをコントロールしろと言われても無理な話であった。ただでさへ、彼女らは競技歴もゲーム歴も短い子たちなのだから。
「ゲーム中ってつい夢中になって話すことを忘れがちでしょ? でも競技において情報共有ほど大事な事はない」
「情報共有ってこの相手ローとかってやつ?」
ここでずっと後ろ向きだったISAMIさんが食いついてきた。なんとなく俺もやり方が分かってきたような気がする。
「そう無意識にやっていると思うけど、簡単なものだとそれだね。だけどそれをもっと細かく自分の視点を全て言語として伝えるくらいの勢いでそれをする」
大体の人は自分で喋っていると思っている量と実際の量では差異が多い。試合中ともなれば早口にもなるため、味方に聞き取りやすく且つ正確な物事を伝えるのはきちんと意識して練習しなければできないことである。
「頭パンクしそう」
「人によっては、必要のない情報まで入ってくる事嫌い人もいるけど、取捨選択はまず量がなければ選択することもできないから」
それを極端に嫌うのは今のこのチームのようなトモさんのワンマンチームである。しかし、俺の経験上そういったチームは良いところまではいくものの頂点を目指すには、どうしても足らない部分が多く見えてきてしまう。
今からそれを矯正するために、二人にも日頃から意識づけていってほしいのだ。
「それに恐らくトモさんは耳には入るタイプだと思う。それを彼女が頭の中で構築できるようになれば、このチームはそれだけで強くなれるよ」
「トモちゃんの手助けを私たちができるってことですか?」
やっぱり、かなり自分とトモさんとの差を感じているようだ。
外から見ている分にはそこまで差があるとは思えないが、彼女たちの間では明確に感じる何かがあるのだろう。
「そうそう。オーダーをやっている人間からすると判断する内容は多ければ多いほど曖昧な決断はせずにきちんと自信を持って指示を出せる。それは出す方受ける方双方にとってプラスなことなんだよ」
「指示を受ける方……ですか。今まで考えたこともなかった」
会話だけでここまで気づきを与えられていることに、俺自身も驚いている。彼女たちは始めはできないと否定するが、きちんと理由までセットで話をすれば正しくそれを受け止めてくれている。
なによりもそれが一番の能力かもしれない。なんでもかんでもコーチである俺の言う通りにしろとは思ってはいないが、いったん受け止めてくれることはとても重要なことだ。
「人によって無意識でも出来ることが違うんだよ。例えば弾を当てる方ができるとか、ひたすらしゃべり続けることができるとかね」
これに至っては数をこなして身に着けていくしかないことである。
「つまり、それを意識してどっちをより意識すべきかを分かるようにすることが大事なんですね」
「そう! そういうこと!」
これで今日やるべきことの指針が決まった。
「じゃあ、やっていこうか」
「「はい!」」
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