第13話 コーチの難しさ

「昨日の反省はしてきたかな?」


 集合時間15分前には全員が集まっていた。誰一人遅刻せずにやって来たため、こういった点は女性の方がしっかりしているのかと思ったが、この3人がしっかりしているだけだろう。俺はそのままサーバーにいたままであったが、ひまりさんはほぼトンボ返りのようであった。


「なんだったけ?」


「試合の反省だよ」


 俺の質問に最初に反応したのはトモさんだったが、本当に忘れているのかそれともとぼけているだけなのか分からない。

 そのため、宿題を忘れてきた生徒を叱るのではなく自然な声で内容を教えた。


「ああー、まあ今は地力を上げる期間だから勝ち負けはどうでもいいんじゃない?」


「違う違う。そういうことを言いたいんじゃなくて……」


 的外れな回答ときちんと昨日の話を覚えていたこと両方に対して、やっぱりなと思った。他の2人に比べてやはり俺との距離を作りたがっているようだ。

 こうなると、またもや俺がちゃんと実績を積んでいる選手だったらなと心のどこかでは思ってしまう。名選手が名監督になれるわけではないと言っても、当たり外れの確率で言ったら圧倒的に前者の方が当たりを引く可能性は高い。


「じゃあ、どういうこと?」


 この聞き方からするに本人は本当に分かっていないのだろう。彼女は今よりも若い時からPCゲームに触れていたその才能もピカ1だった。そのため、他の人よりも下積みがあるからこそ頭を使わなくとも勝ててしまっていた。

 だから、勝つために必要な本質を理解することなくここまで来てしまったのだろう。これの何が厄介かというと本人は、実績も過去の経験則もあるため俺の全く違う意見を受け入れづらくなっている所だ。


「地力を上げたいのは分かる。でも、エイムをよくするだけなら訓練場でいいわけで、わざわざ3人で時間をとってスクリムに参加する必要はないよね」


「……それはそうだけど」


「より実践的な練習をするためにスクリムに参加しているのであれば、それはただエイムを鍛えるって観点だけじゃ足りないんだよ」


「具体的にはどうすればいいんですか?」


 ここでISAMIさんが間に入ってきた。昨日の話からもトモさんよりは前向きに色々と考えてくれているのが分かる。

 ゲームを始めたばかりだと言っていたため、他の2人よりも知識が少ないことがプラスに働いているのか、きちんと俺の言うことに耳を傾けてくれている。本人にとってはそれが新鮮なのだろ。


「地力を上げるって言っても、チームファイト、連携、フォーカス、コール、戦略っていくつもの観点に分かれている。昨日のスクリムを見る限りだとバラバラに戦ってバラバラに死んでいるだけだから、あれじゃあ野良とやっているのと一緒」


「そっか。あまり意識していなかったな」


 まるでそれらの言葉を初めて聞いたかのように、考え込みながらISAMIさんが反応する。どうやら彼女らはプロとゲーマーとの違いを意識することなくここまで来てしまっていたようだ。

 本当に上を目指して勝利を求めるのであれば、これだけでは到底足らないほど多くのことを意識しながら練習しなければならない。


「3人でやっているんだから、3人でやる意味を考えてほしい」


 考えることを止めないでほしい。それが俺が一番伝えたいことであった。全くのプレイスキルを持っていなかった俺がなんとか縋り付くことが出来たのはこれのおかげだ。

 これだけ丁寧に説明すればきっと分かってくれただろう。俺がそんなことを思っていると。


「後から来たお前がなに偉そうなこと言ってんだよ! 外から言うだけなら簡単だ! バカ!」


 突然物凄い剣幕で怒鳴り声が聞こえてきた。八方ふさがりになった人間が力の限りに暴れまわっているようなその様子を俺は予想もできていなかったた。


「ちょっと待ってくれ。なにか勘違いをしてないか? 俺は敵じゃない。味方だ君たち3人に勝ってもらいたいから……」


「うるさい! もう今日はやらない!!!」


 そういった彼女はチャットルームから抜けていってしまった。

 彼女はなにか勘違いをしている。俺はコーチとして仕事をしているだけなのに、彼女は何をそんなに怒っているのだろうか。

 なにか気に障るようなこと言っただろうか? 言葉選びを間違っただろうか?


「最近は配信もしていなかったから、ああなったの久々に見た」


 突然現れて過ぎ去っていった嵐に全く動揺するそぶりも見せないISAMIさんはさすがと言うのか、マイペースと言うのか。それにしても、彼女がああいった姿を見せることは初めてではないことが分かった。


「前からあんな感じで、かん……いや。取り乱したりすることはあったの?」


 思わず癇癪と言いそうになってしまったが、それはあまりにも配慮がない言い方のため慌てて言葉を選び直した。


「いや、少なくとも自分らには全くないですね」


 普段から声のトーンがあまり変わらないISAMIさんが少し驚いている様子を見せている辺りそれは事実のようだ。


「トモちゃんは一生懸命だから時々ああやって爆発しちゃうんですよ」


 ここでもひまりさんはトモさんをフォローするような発言をする。この2人を見ているとトモさんは良き理解者を得ているなとつくづく思う。俺は競技歴が無駄にあるため、こういった修羅場を今まで何度も経験してきたため、どうと言うことは無い。


「でも大丈夫。明日にはケロッとなおってるから」


「本当に……?」


「多分。って言ってたし」


 トモさんが怒って出ていった去り際に言ったことでさへを信じているあたり、相互の信頼関係もばっちりのようだ。


「トモちゃんは人とのコミュニケーションをとるのが苦手なんです。自分のことを大事にしてくれていると思っている人には、年相応の子どもっぽさを出すんですけどね。きっとまだハクさんのことを警戒しているんだと思います」


「まあ、そうですよね」


 二人との関係を見ればそれはもう一目瞭然であった。

 俺も少し張り切りすぎてしまっていただろうか? 結局彼女の話を聞く前に俺が全て問い詰めるかのような話し方してしまった。


「私、チャット入れておくので心配しないでください」


 ひまりさんがそう言うと、ヘッドフォンからタイピングの音が聞こえてきた。俺も謝罪を伝えたほうがいいか悩んだが、恐らく俺がネットの中でも追いかけてきた方が彼女は嫌がるだろうから、止めておくことにした。


「ところで、今日どうするの?」


「そうよね。2人で出てもいいけどあまり意味ないよね」


「俺が出ましょうか?」


「「!!??」」

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