第12話 ひまりさんの悩みとは
「やばいやばい急がなきゃ!」
仕事が終わり最寄り駅から家までの間をダッシュで帰る。これのおかげで俺の運動不足は解消されているまである。そう考えれば悪くはないが、それでもこんなことはしたくはない。
なぜ、俺がこんなにも急いでいるかというと、残業終わりにスマホを見ると一1件のメッセージ届いていたからだ。その送り主はひまりさんであった。どうやら話したいことがあるそうで、全体練習前に時間を取ることになった。
こうやってそれぞれが、俺にコンタクトを取ってきてくれているのをみると俺が入ってきた意味があると実感できる。コーチという第三者が介入することでコミュニケーションが円滑に進むことを彼女達にも実感してもらいたい。
そうすれば昨日のような練習が続くこともないだろう。
「ふぃ〜やっと着いた」
玄関のドアを開けながらスーツを脱ぎ始める。なんなら鍵を開けている間に既に脱ぎ始めていただろう。同じ階の人がいたら変人を見る目で見られていたに違いない。
ドタドタとほぼ真っすぐの部屋をかけていき取り敢えずパソコンを起動させる。
その間にスーツはハンガーにかけ下着と靴下は玄関付近の洗濯機の中へと放り込む。シャワーに入りたい気持ちを押さえて、とりあえず部屋着を着ながらヘッドフォンを装着してボイスチャットに入った。
「お疲れ様です。お待たせしました」
「あ、お疲れ様です。すみません練習前に無理して時間取ってもらって」
「いえいえ、それが僕の役割ですから」
「二人も来ちゃうと思うので、さっそくいいですか?」
「はい、どうぞ……」
なんだか嫌な予感がするのだが……。大人で温厚な印象をもつ彼女に拒絶されたらなんだか心に多大なダメージを食らいそうな気がする。
「トモちゃんのことは、悪く思わないで上げてほしいんです!」
「!???」
俺が予想していた内容よりもはるかに、軽いものがきて逆に驚いてしまった。
「えっと……。それは僕がトモさんのことを嫌いにならないでくれってことですか?」
「そうです」
なんというか、こんな表現をしては申し訳ないかもしれながとんでもなくどうでもいい内容であった。俺が、自分の好き嫌いだけで判断するようならとっくの昔にプロなんて辞めていたと思うが、それを今彼女に話をしてもしょうがないか。
「トモちゃんはちょっと言葉とか態度とかがキツイから勘違いされやすいんですけど、とってもいい子なんです!!!」
「は、はぁ」
俺が見ず知らずの男だからっていうのもあるだろうが、特段誰に対してもああいう態度をとっている子ではないことはすぐに分かる。
しかし、言葉と態度が悪かったらそれはほぼ全てでは無いだろうか?
「心配しなくてもいいですよ。そんなことは絶対にありませんから」
「本当ですか!? それならよかった」
「なんで、そのことをそんなに心配しているんですか?」
「トモちゃんは誤解されやすい子だから……」
「な、なるほど?」
伝えたいことは分かったが、なぜこの話をわざわざ俺にしようと思ったのだろうか。選手とコーチの関係を上手くやっていきたいということなら、それは言葉ではなくとも伝えられるものだし、それに昨日の感じを見る限りそもそも受け入れる気は選手側にはなかったように感じる。
それでも表面上だけと言うのであれば、なおさら直接伝えてきた理由なんだろうか?
なにか釘を刺されているのだろうか?
「あの……」
「はい?」
「聞きたいことがあるんですけど……」
そうですよね。やっぱりこれから話す内容が本題ですよね。
「なんですか?」
「昨日の私たちを見てどう思いましたか?」
「と言いますと?」
元々こういう話し方をする人なのだろうか、急いでいると言う割には遠回りな話し方をする人だ。トモさんとISAMIさんは少し個性的な分ひまりさんはあくまでも、バランス役になろうとしているのだろうか。
「私たち3人で勝てますか?」
この言葉が出てきてやうやくホッとした。ようやく本当に聞きたいことを言葉にしてくれた感覚だ。俺はそっと胸をなでおろした。
それが分かった途端に猛烈に申し訳なさがこみあげてきた。きっと怖かったのだろう。この事実をつくようなことを聞くことが。それでも、勇気を出して声をかけ、そして今口にしてくれた。俺は、その勇気に応えなくてはならない。
「ひまりさんは勝てないと思っているんですか?」
「全然そんなことないですって言いたいですけど、はい。自信は無いです」
初めの否定の言葉は大きかったがその後は徐々に声が小さくなっていった。これが本心なのだろう。しかし、俺は自信がないことは特段悪いことだとは思わない。無いものを自覚できないほうが断然恐ろしいからだ。
「それは今スクリムで負け続けているからですか?」
直近のスクリムはほとんど負けていると言っていた。どんなに実力があろうともそれが結果として出ていなかったら不安になるのも当然だ。
「それもありますが、何と言うか先が見えないんです。これをこうしたらよくなるとか、改善することは多いんでしょうけど、それが具体的に分からないというか……」
彼女が抱える不安は、どれも首がちぎれるほどに共感できることであった。俺の首が自然と上下するほどに。
誰しもが通る道である。初めてから連戦連勝で戦い続けられる人間など他の分野を見てもそうはいない。そういった極々少数の雲の上のような存在を見つめていても仕方がない。ならば、身の丈に合った出来ることから少しづつ積み重ねていくのが、勝利への近道である。
「昨日の話だけど、スクリムって見直した?」
「はい」
「その内容は皆で集まった時でいいとして、率直にどう思った?」
「あっと、あの……下手だなって……」
この言い方からするに、外から見た自分と実際にプレイしている時の感覚のズレが相当あったに違いない。自分では完璧にできていたつもりや、その時には最善の選択肢をとったつもりでも後から見返したら最悪の選択をしていたなんことは多々ある。
「それが分かれば十分。だけど、それのせいで余計にどうすればいいか分からなくなっちゃったのか」
まずは、自分がぶち当たっている壁が何かを知ることが第一歩だ。
「そうなんです。私はもっと二人をサポートしてあげなきゃいけない立場なんですけど、サポートどころか足を引っ張り続けていて」
「そっか。ロール問題もあるのか……」
まだ分析できるほど彼女らのプレーを見ていないからなんとも言えないが、もしかしたら戦闘スタイルによる役割があっていないのかもしれない。
「じゃあ、今日はその辺を重視してみていくよ。とりあえず、焦りすぎてなにも見えなくなっちゃわないようにだけ気を付けて練習していこうか。ゆっくりでいいから一つづつ問題点を潰していこう」
「ゆっくり……ですか。分かりました。お時間ありがとうございます。いったん落ちてまた時間になったら来ますね」
そういってひまりさんは通話から抜けていった。
改めてコミュニケーションをとることは大事だな。話さなければ分からないことや見えてこないことなんてたくさんある。それを頭では分かっているのと、実際にやるのでは雲泥の差だ。
今思えば俺がプロでやっていたときなんて練習中以外の会話はしたことなかったな。俺のことを見限っていたのもあっただろうが、俺もそれに気が付いて必要以上のことはしようともしなかった。
今こんな偉そうなことを言っておきながら、俺がそれをできていなかったことがよくわかる。しかし、実体験があるおかげで今やるべきことが明白になっているのも事実である。もしあの時にコーチがいてコミュニケーションの仲介役いたのならば、結果は変わっていたのかもしれないな。
だからこそ、今は彼女たちに同じような思いをさせないべく、俺がしっかりしなければなと。
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