第11話 結成秘話は

「お疲れ様です。すみませんお忙しい時に」


 俺は昼休みになると慌てて普段は使わない会議室を勝手に借りて通話をかけた。1時間という短い間で聴きたいことを全て聴き切らなければいけないのだから1秒たいとも無駄にする時間はない。帰ったらすぐに彼女らと昨日の反省会から始めなければいけないためだ。


「いやいや私は一向に構わないよ。それよりハク君の方こそ今勤務中じゃないのかい?」


「はい。なので昼休憩中の時間のみになってしまうんですが」


 オーナーは多忙ではあるものの比較的時間は自分で都合をつけられるようで、言葉の通りいつでも通話に出てくれるようだ。なんとも羨ましいことこの上ない。雇われサラリーマンでは到底得られない自由さである。かといって自分に会社を辞め起業する度胸もなければ力もない。

 だから、こんな忙しい思いをしながらも安定を求めて働いるのだ。なんとも度胸がない人間である。


「君がそんなに熱心にやってくれることが1番は嬉しいよ。最初はノリ気じゃないかと思っていたから」


 スマホ越しから心底嬉しそうな声が聞こえてくる。オーナーも俺のことが不安だったようだ。それを知れば尚更連絡をとって正解であった。双方不安なまま遠慮し合うことほど無駄なものはないから。


「やるからには本気ですよ。ただでさえなんの実績もないのですから、せめて心意気だけでも認めて貰わなければ彼女たちに受け入れて貰えませんから」


 口だけの人間に着いていくものなど誰もいない。それは、実体験からくるものもあるが、そんなことは誰でも知っている。ただ実践できるかどうかは別の問題として。だからこそ、有名選手や実績を残した選手がコーチになるのが、手っ取り早いのである。それが良いか悪いかは別として。


「うんうん。ビジネスと一緒だね。目先の利益がないなら、まずは信頼関係。ハク君を選んで正解だったよ」


 うんうんと大きくうなずいているに違いない。


「そんな、取れる選択肢がないだけですよ」


 だからこそ、今はとれる選択肢を増やすことに専念している。それは、少女たちにも言えることだ。頭で戦える力がそなわっていなければ、常にとれる選択肢が腕力しかなくなってしまうからだ。


「いやそれは違うよ」


 急にオーナーの声が鋭くなった。さっきまでの柔和なものから一変すると声しか聞こえない状態も相まって心臓が大きく跳ね上がった。


「オーナーが1番は嫌うことはなんだと思う?」


 突如落ち着いた大人の男性の声が聞こえると、その単純明快な質問に少し困惑する。


「勝てなくて知名度が上がらないこと?」


「それもあるが、一番じゃない」


「じゃあなんですか?」


「選手がすぐに辞めてしまうことだよ」


「……あ〜」


 なんとなく分かるような気がする。しかし、勝てないことよりもチームを離れてしまう方が嫌なのか。それは俺が思っていたことと少し違った。プロと呼ばれるすべての人種は勝つことを一番に考え求められているものだとばかり思ったいた。


「どんなに手塩をかけても裏切られるような形でチームを離れられてしまうことは多々ある。それがチームにとっては一番の痛手なんだよ」


「オーナーって全くの素人かと思っていましたが詳しいですね?」


 そんな話はよく聞く話ではるものの、どこか実体験が含まれていそうな苦痛の叫びのようなものを感じた。


「新参オーナーであることは正しいよ。ただ、その前にesportsチームで働いてはいたけどね」


「そういうことですか」


 やはり、俺の予想は正しかったようだ。


「騙していた訳では無いが、あえて言わなかったことを謝罪するよ」


「だったらなおさら疑問なんですが、なんでその大事な選手を僕に一任するようなことをするんですか?」


 俺とオーナーは出会って数日も立っていない。オーナー自身は俺のことを前から知ってくれていたようだが、外から見るだけじゃその人物の本質なんて分かるはずがない。それは、大人であれば大半の人が理解していることではないだろうか。

 そんな過去を持っていながらも、大事な選手を。ましてや俺は成人済みの男性で選手は女の子ときたら色々と不安材料も多いと思うのは俺だけではないはずだ。

 いや、絶対に変なことはしないし、起こらないと俺は思っている。それでも、それを完全に信用しきることは難しいのではないだろうか?


「え? だって必要以上に裏方が出しゃばってたら嫌じゃない?」


 なんとも、簡潔な答えが返ってきたことに驚く。


「いやっ! オーナーは裏方かもしれませんがそれはいいんじゃないですか?」


 実際にその場で戦っていないければ分からないことなど多々ある。それは、ゲームの世界でも同じで、コンマ何秒の争いをしている中で全ての選択を正しく行える場面は少ない。だからこそ、外から見ると口をはさみたくなる気持ちはよくわかる。

 実際に前のチームのオーナーは試合を見てくれてはいたが、やたら結果論である口出しが多く嫌気がさしていた時があった。


「でも、最初に言ったように僕が言ったことが答えになってしまったら、僕の想像している並のことしか起きないんだよ。いくらスタッフとして働いていたとしても競技のことは素人なんだからプロに任せるべきと」


「なるほど。なんだかオーナーの言うことには説得力があるんですよね」


 この人と初めて話した時から感じていた、その正しさの正体は経験と思考の果てによるものだったようだ。俺は初めそれを口の上手さや、年の功によるものだと思っていたが、その失礼を詫びたいほどである。

 信用で成り立つとか自分で思っていながらも、まず俺が信用をしていなかった。


「だったらなおさら頑張らなといけませんね」


 言葉にするつもりは無く、自分の心の中に留めておこうと思った想いが気が付いたら口に出ていた。


「ちょっと長くなってしまったけど本題に移ろうか? 聞きたいことってなんだい?」


 気が付けばこの話だけで数十分が経っていた。決して無駄話ではなかったもののこれが目的で時間をとってもらったわけではない。


「えっとですね。チームを作った理由と言いますか、彼女らが結成した理由をしりたくて。どんな想いで、どんな目標を掲げて集まったのかを」


「う~ん。なるほどね。確かにそれは初めに話しておくべきことだったかもしれないね」


 いつも、言葉がすんなりでてくるオーナーだが少しばかり言葉に詰まったようで沈黙が続く。なにか壮大な話が隠されている。ということも中々ないだろうが何事も言葉にしずらいことはあるものだ。


「もともとはトモ君だけがうちにいたんだよ。君も彼女のことは知っていたかい?」


「はい、このチームにいたことは知りませんでしたが、彼女個人のことは知っていました」


 一時若き天才少女と業界では結構話題になっていた。Esports業界は比較的若い層が強いとされている。20代半ばまでいけばもう老兵扱いだ。ちょうど俺くらいの歳だ。それほど若者が活躍する場面が多い中で彼女は、当時13歳で名をはせていた。


「若く才能にあふれる彼女はちょっとした有名人だったからね。私からは詳しくは離さないが彼女が傷心したときに向かい入れたんだ。そこでうちのチームが設立された。まあ、その時は名前もなかったからチームと言えたかどうかは分からないがね」


「そうだったんですね」


 一度姿を消して、もう業界には表れないと思っていた。だからこそ、このチームを見た時に彼女が在籍していたことに驚いたのだ。過去に消えた天才などどの業界に居ても存在するものではあるが、彼女はそれでもまだ若く将来有望な選手だ。


「それで、彼女がもう一度選手として競技をしたいと言うので、彼女にメンバー集めをお願いしたら、ひまり君とISAMI君が来たわけだ」


「じゃあ、みんな望んでのことなんですね?」


 一度は身を引いた世界にもう一度戦いを挑んでいるのだから並大抵の覚悟ではないはず。

 しかしだとしたら……。


「そうだね。ただ」


「ただ?」


「年頃の少女たちには色々な葛藤があって当然だ。だから、君が感じているいびつ感の正体はそれだよ」


「……気づいていましたか」


 俺が本当は何を心配して通話をかけてきたかはお見通しだったようだ。


「私は一歩離れた空から見ているようなものだからね」


 急に明後日の方向を向きながら語り始めたオーナーは、自身の立ち位置と意見を明確に示そうとしてくれた。


「だけど、悩みを抱えたままでもいいんじゃないかと私は思っているんだよ」


「え?」


「それにはチーム名である、Neo Frontierという意味が由来している」


 純粋にカッコいいチーム名だとしか思っていなかったが、なにか熱い想いが含まれているようだ。そういった命名が得意ではない俺は、会社などの名前にも一個一個意味があることなど想像することが少ない。


「日本語に訳すと新しい境界線。つまり自分たちが今いる場所が、最先端であり、その先はいまだ未開である。先がわからない恐怖に負けるのではなく、自分たちが先頭を歩き開拓していく。未開の道はつらく険しいことかもしれないが、舗装された道よりもはるかに価値のあるもの。道は自分で作り歩むもの」


 俺はスマホを耳に当てた状態でその話を聞く。その意味するものは「カッコいい」で済ましてはいけない、望む未来に向けて歩んでいく者の背中を押す言葉であった。そして、その押される一人に俺は含まれている。

 なんだか胸が熱くなってきた。


「そういった意味が込められている」


「壮大ですね」


 言葉を紡ぐだけなら簡単だ。しかし、それを実行していくことは並み大抵なことではない。それを知っているからこそ、俺はその言葉を胸に頑張らなければならないと強く感じた。


「そんな道を歩もうとしているのだから、悩んだり立ち止まったりする方が当たり前って考えているんだよ」


「なるほど、やっと分かりました。オーナーの言葉の本当の意味が」


「それはよかった。結果が出るまで自分がどんな道を進んだかなんて分からない。みんな結果を求めるのが早すぎるんだ。長い目で見ることも時には必要なことなんだよ」


 そんな思いの元で俺を呼んでくれたことに思わず、ありがとうございますと言いたくなってしまった。

 しかし、オーナーもそんな言葉は欲していないだろう。それは俺が結果で示したのちに伝えなければいけないものであるから。


「だけど、そこには本気であることが条件だけどね」


オーナーはそれだけは忘れないでねと言わんばかりに最後に強調してそういった。それは当然のことだ。本気でやらなければ満足いく結果が出るわけがない。


「オーナー! この話は俺にとって重要な指針になりました。お時間ありがとうございます!」


「うん! じゃあ、よろしくね」


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