第9話 初のコーチング
「お疲れ様」
一度抜けた後でもう一度グループチャットに入り直す。
「あ、お疲れ様です。すみません。既に何時間も付き合ってもらった後なのに」
すると、すでにISAMIさんが入っていた。所見ではドライな感じの印象を持っていたが、思いのほか礼儀正しく少し驚いた。
「いやいや、全然このくらい普通だよ。なんなら短いくらいだよ」
「……短いですか」
「あ! 今のはまだまだ出来るって意味で練習時間の話じゃないよ」
気にする必要はないよと言う意味で伝えたはずが、違う意味で受け取られてしまったようだ。まだ詳しいことまでは分からないが、なんだか負い目を感じているようなそんな感覚がする。
「いえ、自分達はまだまだ足らないんだと思います。事実全然勝ててないし」
明らかに先ほどまでの声よりもトーンが下がっている。
「勝てないこと気にしてる?」
「もちろんに決まってるじゃないですか? 勝負の世界に身をおいているんですよ?」
ちょっと、無神経なことを言ってしまった。彼女は俺が想像していたよりも、数段プロとしての意識が高いようだ。もともと負けず嫌いな性格はあるようだが、それ以上に何かを背負っているものがあるような気がする。
「うん。そうだよね。それで何か話があるの?」
このままヒートアップする前に、彼女の話を聞いてあげなければと思い、すぐに本題に持ち込むことにした。
「そうです。私達はどうしたら勝てるようになれますか? 私はどうやってたら強くなれますか?」
それは競技選手誰しもがもつ至極真っ当な質問であり、願いであった。その言葉で彼女が今壁にぶち当たっていることが分かる。きっと選手としての自分に自信が持てずに、もがいているのだろう。
「ISAMIさんは今なにが足りていないと思う?」
「全部です」
全部か。それは正解でもあるがそれを正解にしてしまうわけにはいかない。それは自分はこんな所で満足できないと言っている気にはなれるが、一切頭を使わない脳死状態と変わらない。
楽しむだけのゲームじゃダメな彼女にとってそれが一番の成長の妨げである。
「う~ん。じゃあは足りない物に対して何をしてる?」
これは一個一個ひも解いていかなければならない。なかなかに労力のいる作業だ。会社で働いていても分かるが、1聞いて10理解する人と10聞いてようやく10理解できる人のように理解力は人それぞれだ。自分だけ教えた気になって満足しても、伝わっていなければ教えていないのと同じ。
でも、理解できる能力とその後の遂行能力とはまた別のものになるからややこしいのだ。
「それがよく分からないので、とにかくエイム練習しています。エイムがあれば全て解決できると思うので」
まるで、力こぶを強調するかのポーズをしながらそんなことを口にする。それを胸はって言っているかもしれなが、俺の目は点になっているだろう。
「そっか。それは確かに大事だね。だけど、それだけじゃ足りないからそれを聞きに来たって感じか」
エイムが良いは一番分かりやすい強みだから、ついそこに目が行きがちではあるが競技をする上でそれがよほど左右することは少ない。なぜなら、プロとして戦っている人間は皆すべからずエイムが良いのは最低条件だからだ。
天と地ほどの差がなければ、差は開かず上に行けば行くほど絶妙な差しか出ない。確かにそれを埋めることが勝利への鍵である場合はあるものの、まだ彼女らはその段階に達していない。
「はい。そうです」
「自分のプレーって後で見返したりしてる?」
「いえ、ほとんどないです」
やっぱり。
「じゃあ、まずそこからやっていこうか」
「それってなんの意味があるんですか?」
この返答で理解できた。彼女たちに一番足りていないのは、競技と一般層との違いを意識できていないところだ。
「自分のプレーを見返すことで、その時見えていなかったことが絶対に見えてくると思うんだよね。それを自分で考えて気づけることで一個上のランクに行けるよ」
ただゲームを楽しむだけであるのならば、そんなめんどくさいことはしたくないだろう。それだったら数プレーするほうがいいと思うのが一般層である。でも、そういっためんどくさいことをやらなければ、いけないのがプロであるし研究を怠るプロが勝てるわけがない。
「それって遠回りじゃないんですか?」
「確かにそうい見えるかもしれなけど、実はそれが一番の近道なんだよ」
「そうなんですか?」
この反応を見る限り、めんどくさいことを怠っているのではなく本当に分かっていないのであろう。これに関しては、経験不足であるため仕方がないのであろう。
俺も初めはそうだったことを思い出す。
彼女たち3人がどういった経緯でチームを組むことになったかは知らないが、新規参入だと右も左も分からなくて当然だ。
「例えば、エイム練習って本当に日々の積み重ねで良くなっていくんだよ。多分その感覚はあるよね。今日練習したからって明日急によくなることは無い。だけど、立ち回りとかって今日から気をつけることができる」
「なるほど。そういうことですか」
彼女はしばらくの間無言になった。おそらく俺の言ったことについて考えているのだろう。ぱっと見感覚で動いているトモさんに対して、ISAMIさんは思考を繰り返して頭の中で理想を繰り返して答えを出すタイプのようだ。
「でも、それで強くなれるんですか?」
「間違いなく変わるとは思うよ」
「分かりました。やってみます」
なんだか、完全に納得のいっていない感じは出ているがこれを実践してくれることを願うだけだ。
「じゃあ、こんな所かな?」
「そうですね。ありがとうございました。また明日からもお願いします」
そういってボイスチャットを抜けていき、改めて今日のコーチングが終わった。
これが初めてのコーチングになったが伝えるべきことは伝えられただろう。俺も全くの初心者であるコーチも難しく考えずに、今まで得た知識を相手に伝えることを優先すれば、それなりのことはできることが分かった。
だが、早くも悩みも出てきた。それはあくまで強制させることはできないということだ。練習全部を見ることはできないし、頭の中を覗くこともできない。そんな中で自分で考えながら戦うことを習慣づけさせるには、どうするべきか。
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