第8話 目の当たりにする実力は……

「今日はこの後スクリムだよね?」


 オーナーが抜けてすぐに話を切り出した。ここで無理してでも話を続けなければ本当に無言の状態で終わってしまう。初めて経験するコーチとはどのようにあるべきなのかに戸惑っている時間は無い。


「はい」


 伊藤斎藤さんが短く返事をする。


「じゃあ、とりあえず今日はいつも通りやってみて。俺はミュートでいるけどなにか聞きたいことがあったら声かけてくれれば応答するよ」


「えー、出ていってくれていいのに」


「まあ、普段と同じってことでしょ」


 トモさんが拒絶して、ISAMIさんは空気として扱うようだ。

 つまり俺に聞きたいことは何もないということか。恐らく今の俺を鏡で見たら最大の苦笑いをしているに違いない。でも、さっきISAMIさんの返答に即答できなかった俺が悪いのだから仕方がないことだ。


「とりあえず今日も頑張りましょうか」


 昨日のハイライトを見るだけじゃ誰がどのロールをしているかまでは分からなかったが、伊藤斎藤さんが最年長だけあってまとめ役のようだ。トモさんの方が競技歴はながいと思っていたが、そんなこともないのだろうか?

 まあ、始まってみれば分かることか。


「じゃあ、頑張ってね」


 俺は一声かけて音声をミュートした。その後3人がミラーリングしてくれるのを待つ。


「今日もいつも通りでいいの?」


「そうだね。今は地力を上げるためにファイト練習に趣を当てよう」


「うん」


 今のやり取りで分かったが、やっぱりリーダーはトモさんのようだ。この感じだと恐らくILGも担当しているだろう。ゲームにおける実際に体を動かすスポーツとの違いは、ほぼと言っていいほど知識が共通するところだ。知識が多いことはそれだけで利点になる。経験値が長いということは大きな利点なのだ。それにプラスしてまだ彼女は若いから将来が有望視されている。


「キャラはなんでもいい?」


「いいんじゃない」


「ひまちゃんなに使う?」


 このゲームには固有のスキルが仕えるクルーと呼ばれるキャラクターがいる。戦況一つ一つに大きく左右するため、自分たちの戦略にあったキャラを駆使する必要がある。クルー選びから戦いは始まっているといっても過言ではない。

 これは俺がやっていたゲームでも同じことであった。


「ん~。私はいつも通りシィーブかな?」


 伊藤斎藤が上げたキャラは、いわゆる防衛キャラで任意の場所に壁を生成する事ができるキャラだ。


「トモは九郎」


「じゃあ自分はルークで」


 これで全員が自身の使うキャラをピックした。トモはキャラコンに秀でている人が好んで使う九郎というクルーで数秒間壁を走れたり2段ジャンプができたりと戦場を駆け回れる爽快感あるキャラクターだ。ISAMIは結界を張り壁越しでの相手を視認できるサポートクルーだ。


「ファイト練習だからクルーはなんでもいいと思うけど、結構チグハグだな」


 彼女らには聞こえないが独り言を言う。ファイト練習と言いつつも、伊藤斎藤さんは明らかに防衛キャラで積極的に攻めていくのにはあまり適さない。ISAMIさんのキャラも、スキルの効果時間が一定のため使ったらクールダウンを待たなければいけない。そのためエリアを制圧するときなどの勝負所での使用が多いキャラだ。どちらも常時戦闘を繰り広げるキャラとは到底思えない選択であった。


「でも、業界からすれば珍しいことなんだからオーナーももっと押し出していけばいいのに。そうすれば俺じゃなくてもっといいコーチを呼べただろうにな」


 女子Esports選手は本当に少ない。プロチームに所属している女性ストリーマーは今では珍しくない程度には多くなってきている。ただ、競技一本でやっている選手は他のゲームタイトルを含めても男性との比率を考えればほぼいないと言ってもいいだろう。過去に女子リーグを立ち上げたタイトルがあったもののあまり人が集まらずに、注目を集めることなく終わっていった。

 人が集まらなければ、注目も浴びないし、実力も上がっていかないためずっと負の連鎖だ。


「まあ、もしかしたら周りも女子選手ってことを知らない可能性はあるな」


 実際に今も出ているスクリムは、プロアマ問わずに登録すれば誰でも出られるスクリムで、強さでランクが分かれており独自のポイントシステムで振り分けをしている。そのため、今日彼女らが戦っているチームはプロチームの一つだ。


「行くよ!」


 どうやら試合が始まったようだ。さきほど話し合っていたクルーを使い3人が動き始めた。ファイト練習と言ってもなにに趣を置くかで変わってくるが、この3人がどんなことを考えているかを確認できるいい機会ではある。

 そんな時ふとパソコンの端に目がいき見ると一件通知が来ていることが分かった。それをクリックして開いてみると。


 伊藤斎藤:2人がひまちゃんって呼んでいるのは私のことです。本名が陽葵《ひまり》って言うので


「律儀だなぁ」


 ずっと気が付かないでいたが、俺が音声をミュートにした時にはすでに送られてきていたようだ。

 返信を返そうとも思ったが今試合が始まったばかりのため止めておくことにした。


「しかしながら、まあ」


 この子達は確かに上手いと感じた。

 だけど、俺がこの数分程度見ただけで圧倒的に足りないところが数多く見える程度には粗削りであった。


「ロー! ロー!」


「トモ付いていけてない!」


「壁生成したよ!」


「ああちくしょう! あとちょっとだったのに」


「時間あと半分!」


「とりあえずこっちの船から相手を追いだそ!」


 SANK


 ミラーリングで俺のパソコンに映し出された3人の画面に同時に敗北を表す沈没を意味する英語が映し出される。


「あれ? なんで?」


「キル数だよ」


「そんなにキルされてたの?」


 このゲームは時間内にエリアポイントを多く獲得することが勝利条件であるが、もう一つ一定のキル数をとることも勝利条件の一つになる。エリアポイントだけが勝利条件だと、試合が膠着しすぎるためアグレッシブな戦闘を求めて導入されたものだろう。

 しかし、普通に勝利を求めてやるのであれば、まずキル数で勝負が付くことは無い。エリアポイント獲得までの間に3人で50ダウンは中々の数字だ。


「う~ん。これ本人達は気がついていないのか?」


 少女達もここまで上手くなれたのだから馬鹿ではないだろう。だったらだめな点は分かっているだろうけどずっとこんな練習をしていたのか?。

 プレイ中の会話を聞いていても意思疎通が全くできていない。3人が3人とも別々の場所を向いているように見える。


「その割には、本気でやってる感じするんだよな。なんか感情だけが前に出過ぎてて行動に伴っていないような……」


 この違和感をすぐに言葉にするのであれば違和感だろう。




 その日の全3戦が終了する。

 結果は全敗。全ての試合を通して初めに得た感想と同じであった。


「クッソー! 今日も全敗だ! またレート下がるぅ!」


 トモさんが机を叩いて悔しがっている。その様子を見れば、負けていいやという精神でやっていないことは分かった。しかし、負けたという結果のことしか見ていなくその内容には一切触れることはなかっ

 た。


「そうだねぇ。また勝てなかったねぇ」


「昨日よりもエイムは良かった気がするんだけど」


 他2人も核心を突くような話は出てこない。

 これではまるで、仲良しグループで楽しくゲームをやっているようにしか見えない。


「お疲れ様」


 俺はミュートを解除して、労いの言葉をかける。


「ひゃっ!」


「お前急に出てくんじゃねーよ!」


「いるの忘れてたから、ビックリした」


 俺が声を出すなり、ひまりさんが驚きの声を上げ、トモさんは怒り、ISAMIさんは至って普通の反応だった。


「ごめんごめん。あの、一応聞くんだけどいつもこんな感じ?」


 俺は恐る恐る聞いてみる。


「そうだけど? 悪い?」


「反省会は?」


「してるけど勝てない」


「どんな感じ?」


「えーとですね……。エイムが悪かったり構成が悪かったりとかそんな感じですね。でも、最近は地力を上げるための練習に趣を置いているからあまり勝ち負けにはこだわらないようにって話はしています」


 トモ、ISAMI、ひまりの順番に話すがこれは本気で分かっていないようだ。これは相当なテコ入れが必要そうだ。


「なるほどね。まず自分たちの敗因をもう少し細かく分析していこうか……」


 なにから指摘するべきか迷っている中ではあるが、まず自分の実力を客観的に把握することから始めようと思った。

 1人づつ自分が感じたことを言ってってもらうとしたが、ふとモニターの右下を見ると、そろそろ日付を越そうとしていた。皆学生だからこの辺にしておいたが方がいいだろうか?


「それを、明日までに考えて置いてほしいかな。それが今日の宿題ね」


「宿題? うっ! 嫌な言葉」


「トモはほぼ学校行ってないから関係ないでしょ?」


「違うよISAMI〜。たまにしか行かないから大量に宿題だされるんだよ〜」


 俺に対する態度とは違い、ずいぶんと末っ子感溢れているが、これは俺がいることを忘れているのではないか?


「じゃぁ、今日はこれで終わりですね。また明日と言うことで」


「じゃーねー」


「お疲れ様」


「また明日〜」



 退出音が流れて全員が抜けたことを確認して俺も抜ける。


「さて」


 俺は机のホルダーに容れてある、帰り道にコンビニで買ったペットボトルのコーヒーの残りを全て飲み干し、ゲームを起動させる。

 俺もこのゲームの理解度をより深めないといけない。そのため彼女らの練習が終わった後は自分の練習時間に当てようと思う。


「ん?」


 ピロンという電子音とが俺にヘッドホンから聞こえたため一度ホーム画面に戻り確認すると、チャットが飛んできていた。


 ISAMI:今日は初コーチありがとうございました。もしよろしければ少し時間いいですか?

























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